そこに青春は座る
三ツ葉は立ち上がって伸びをした。
「これ、数年後にさ」
相方は窓枠を通して映る青い海を見て呟いた。
「依利江とどこかで会ってさ、今日のこと語り合えたとしたら、今は青春って言えるかな」
青春。
そんな言葉久しぶりに聞いた。
もしかすると実際の声を耳にしたのは、初めてかもしれない。
「そんな、わたしたちもう20歳だよ。おばさんおばさん」
「20でも30でもいいよ。
旅から帰ってきたときに、そのときの話をいつまでもいつまでも話してやるんだ。
何度話したって盛り上がる。
何度繰り返したって飽き足らない。
何度だって思い出に浸っていられる」
三ツ葉は目をキラキラ輝かせていた。
もしも40過ぎになってこの夏休みの思い出を懐かしあえたら。
なんとも素敵な話じゃないか。
人生の折り返し地点のことを語らう……
語らえる人がいるって、実はとっても幸せなことなんじゃないかな。
「それ、すごくいいと思う」
わたしたち、もう20歳のおばさんだけど。
本当の青春時代に青春らしいこと、なにひとつしてこなかったけど。
三ツ葉となら……一緒なら青春にタイムスリップできるかもしれない。
「三ツ葉のさ、旅の醍醐味ってなに?」
「知らない景色との出会いじゃない?」
「ブレないなあ。わたしはおしゃべりだな」
「おしゃべり。いいよね。
見知らぬ土地で出会った地元の人たち。新しい発見もそこから生まれる――」
「違う違う。二人旅の、もう一方」
「え、じゃあ私との?」
「そういうこと」
「ええ、もったいないなあ」
「わたしにとっては醍醐味なの!
40過ぎても懐かしめるくらい楽しめたらいいなって」
「なるほどね」
この旅は、三ツ葉のことを知るための旅だ。
どうしてわたしをこの旅に誘ってくれたのか。
それはまだわからない。
けど三ツ葉がどんな考えのもと動いてるのか。
言葉でハッキリ言い示せはしないものの、なんとなくわかってきたような気がする。
「だからさ」
「ん?」
浴衣の紐をほどく相方に声を掛ける。
「思ったこと、ちゃんと口にしたほうがいいのかな?」
「どういうこと?」
「言葉にならなくても、いい景色見つけたらちゃんと言ったりさ。
考えることがあったら、考えたまま言ったりさ」
三ツ葉は2、3度まばたきをし、それから頭のうしろを掻いた。
「いいんじゃない? 依利江のそう言うとこ、好きだしさ。これ、朝食券ね」
三ツ葉は誤魔化すようにテーブルに置いてあった朝食券を投げて渡した。
コンベンションホールという巨大ホールでバイキングらしい。
昨夕の献立を思い出して、お腹が鳴った。
三ツ葉が大きな欠伸をしながら伸びをした。
それから浴衣を脱ぎ、今日の予定を口にする。
「気仙沼までBRTに乗るよ。今日は残暑が厳しくなるってさ」
8月23日、火曜日。
旅はまだまだ始まったばかりだ。
次回、気仙沼市篇です。お楽しみに!




