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イリエの情景~被災地さんぽめぐり~  作者: 今田ずんばあらず
南三陸町篇
47/110

一年と何ヶ月。

 ただ……これはきっと個性なんだと思う。

 大切なものを独り占めするのはなんかイヤだった。



「おはよ、三ツ葉」


 部屋に戻ると、胸がはだけさせた三ツ葉が横になっていた。


「にゃに……朝風呂ぉ?」


 呂律が回ってない。


「うん、朝風呂行ってきたよ」


 三ツ葉の布団の前で正座する。


「元気だねえ」

「日の出、見たよ」

「日の出ぇ?」


「すっごかったよ。

 すこしずつ東の空が白んでいって、星がひとつ、またひとつ、消えてくの。

 そんで、来る……そんな予感がして、それからオレンジの光が出てくるの!


 その瞬間時が止まった。

 いやいや、冗談に聞こえたかもだけど、ほんと、止まったように感じたんだよ!


 海はもやがかってて、それが陽を浴びて橙色を帯びるの!

 きれいだった、すっごく、きれいだった。

 カモメかウミネコがさ、飛んでるんだけど、それもオレンジに染まってるの。

 雲も、岸壁も、わたしの肌も!


 一枚の絵画。

 なんかね、今日が始まるんだなって!

 すっごくきれいだった」


 話し込んでるうちに、三ツ葉はいつの間にか枕を胸に抱いて胡坐をかいていた。

 前のめりになって、ぼさぼさの髪も気にせず話に耳を傾けていた。


「私も一緒に行けばよかったかなあ」

「そうだよ! すっごいきれいだったんだから!」


 正直、言っても言ってもあのきれいさは言葉にならないと思う。

 むしろ言葉で飾るほど美しさに泥を塗ってる心地になった。


 口走ってるという言い方が的確なんだと思う。

 わたしは朝陽の美しさを喋ってるんじゃない。

 朝陽の美しさに感動したわたしを表現してるんだ。



「旅誘って、よかった」


 小さな息と共に三ツ葉は背伸びをした。


「え、なにそれ。もしかしてずっと後悔してた?」


「若干ね。昨日、あんな辛そうにしてたしさ。

 どう声かければいいのか正直わかんなくて、変なこと言っちゃったかなって」


「あ……気付いてた?」


「当たり前でしょ。顔色悪かったし。

 『来なかったほうがよかった』なんて言われて、気付かないわけないっての」


「ごめん……」


「謝るのはこっち!

 私も依利江のことなにも考えてなかったわけだし……。

 また出直す?」


「え、続けたいよ。こんな旅、めったにできないし」

「ムリしてない?」

「ムリしてない! わたし、ちゃんと見たい。この目で。いろんなまちを!」


 わたしたちは睨みあった。

 こうして三ツ葉に強く意見するの、なかったかもしれない。

 今までは提案ばかりで、決定権は向こうに委ねていた。



「やっぱ、旅誘ってよかったよ。依利江の言葉で心動かされたの、1年ぶりじゃないかな」

「1年ぶり?」


「1年と何ヶ月前だっけ。初めて会ったくらいのときだよ。

 ほら、食堂で依利江がさ……ああ、それ今関係ないか」


「言いかけたら全部言おうよ」


「趣旨がズレるんだよ。

 言いたいのは、朝風呂行かなかったの、後悔してるってこと。

 心のフィルムに収めるべきだったんじゃないかなって。

 温泉ってさ、依利江の言う通り、いいところだね」



 いい話、みたいに締めくくられる。

 1年ぶりって言葉が気になるけど、訊くに訊けない。

 わたし、なんかやったっけ?


 昔のことなんて記憶にない。

 毎日毎日一生懸命で、記憶に割いてるヒマはなかった。

 大学で円滑な人間関係を構築するには、最初の数ヶ月が肝心だからだ。



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