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イリエの情景~被災地さんぽめぐり~  作者: 今田ずんばあらず
南三陸町篇
42/110

はだけた胸、尻にほくろ

「この、胸を」


 その胸はつつましく、かわいらしい。

 火照って赤くなった乳房と、うっすら浮かぶ肋骨、張りのあるおなか、縦溝のおへそ。


「この貧相なお尻を」


 突き出た股関節から、引き締まった臀部(でんぶ)の曲線、

 白と小麦色の境界線を経てすらりと水面(みなも)に消える太腿をなぞる。

 内腿に一点、ビーズ玉サイズのほくろがあった。


「これだから、人に見せたくないんだ」


 恥じらう三ツ葉の輪郭が星空の光に照らされている。

 わたしは美術館に飾られた自然主義の額縁を見てるように、

 だらしなく口を開けてその裸体を眺めていた。


「私、背高いし。依利江くらいの身長がよかった」


 昔背の低さをバカにされたから靴で底上げしてる。


「皮と骨だけ。依利江はさ、腰回りの肉つきが女性らしくて自然体で」


 この肉は即刻吸引摘出したいくらい憎んでいる。


「どうしたら胸がおっきくなるのか、教えてほしいくらいだよ」


 これのせいで中学以降運動が嫌いになった。

 全部、三ツ葉には必要ない。正直言って理解不能だった。



 自分のお腹を見おろす。

 胸の肉で見えないけど、そこには鷲掴みできる贅肉があるはずだ。


 ムダの極みをなぜ理論家の三ツ葉が欲するんだろう。

 究極の完成形はわたしの目の前にあるのに、当の三ツ葉はちっとも気付いてない。


 減らそうとあの手この手を試しているけど、ここ最近の成果は芳しくない。

 気を抜けばすぐ増量しちゃうから困る。

 何度抵抗を諦めようとしたことか。

 でもなんとか諦めずに踏ん張っているのは、理想がそこにあるからだ。


 そんなあれこれが膨張した血流と一緒に頭のなかを駆けめぐる。



 贅沢言うな、わたしにはわたしの苦痛があるんだ。

 勢いに任せて口にしてしまうのは容易い。


 でもわたしが欲求するのは不満を三ツ葉にぶつけることではなかった。


「背中、流しっこする?」

「え?」


 三ツ葉は素のまま棒立ちになった。

 わたしも妙な発案をした気はする。

 ただ、誤りでない確信があった。


「わたしさ、一度三ツ葉のおなか、触りたかったんだ」

「おなかって……ぺらぺらだよ」

「いいじゃん、ぺらぺら」

「そもそもなんで流しっこ」


「だって三ツ葉、すごいスタイルいいじゃん。

 スタイルいい子の触りたいじゃん。ウィンウィン」


 わたしと三ツ葉は同じなのかもしれない。

 実感を持ったのは、今が初めてだった。


 わたしにとっての三ツ葉は理論で固められた完璧な人だった。

 膨大な知識が頭に詰まってて、論理的に考えられる。

 写真もうまく撮れて、たくさんの人と交流を持ってる。


 ――こういう話、興味あるでしょう?

 ――はい、あります。


 BRTで震災の話題が出ても平然としてる。

 震災を退けることなく、積極的に取り込もうとする。


 どんどん変わってくまちに対して、戸惑いを覚えていたのに、

 三ツ葉なんていとも簡単に「今は楽しみで仕方ない」と放つんだ。



 悩みなんてひとつもない。

 それはわたしの勝手な妄想で形作られた幻影だった。

 わたしからすれば三ツ葉の悩みなんて些細な悩みだ。


 些細な悩みで、当人からすれば深刻な悩みだ。

 それはわたしにも言えると思う。


「ウィンウィンって言うけど、私、骨っぽいよ」

「至宝だよ。そのまんまの三ツ葉でいいと思うけどなあ。格好いいじゃない」


「格好よさなんて、求めてない。いらないよ、そんなムダなもの。

 できることならさ、女の子でいたかった」


 くちびるを噛みしめ、顔を伏せる三ツ葉を見て、愛しいとさえ感じた。


「三ツ葉も充分女の子してるよ」



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