かつてのものを求めるわたし
「いつもここで出店してるんですか?」
三ツ葉が尋ねる。
「週に1、2回かな。女川の方にも行ってるときがあるから」
「女川ですか」
「そ。シーパルピア女川ってところ」
三ツ葉とお兄さんの会話を耳にしつつ、車の前に置いてある黒板を眺めていた。
オシャレな喫茶店の入口にあるような、イーゼルに立てかけられてる黒板だ。
都会風な飾り文字でメニューが書かれている。
石巻初フレンチトースト専門店、という煽り文句が書いてあった。
「もしかして、フレンチトーストもやってるんですか?」
わたしが疑問を抱く前に三ツ葉が質問した。
「ああ、それは本店の宣伝でね」
お兄さんはドーナツ焼き器のフタを閉じながら言った。
「橋通りにあるんで、もしよかったらそちらも」
橋通り。どこかで聞いた気がする。
「ちょっとごちゃごちゃした感じだけどね。
橋通りコモンってところにある、キャンピングカーみたいなお店だよ。
最近オープンしたんだ」
「あ、マンガロードのとこですね」
「そう。星の子チョビンがいるとこ」
星の子チョビンは石ノ森作品に登場するキャラクターだ。
マンガロードに、ソラマメに緑色のふさふさ髪を生やしたような子がいた。
あの子がチョビンだ。
目を泳がせていると、隣のテントが目についた。
あのかき氷を売ってる屋台だ。
ポケットラジオから流れてきた笑い声に耳を傾けていたら、裏手から白いランニングシャツ姿のおじさんがやってきた。
わたしはとっさに目を逸らしてしまった。
たぶん屋台主だ。
「ここって、前はどんな感じだったのか、知ってますか?」
わたしに構うことなく三ツ葉とお兄さんの話は続く。
「中瀬マリンパークのこと?」
その単語は初耳だった。
三ツ葉も聞いたことがないんだろうけど、「ええ」としれっと頷いた。
「いつできたんだっけなあ。
震災の2、3年前だったと思う。結構新しい公園だったよ。
岸に白い灯台が建っててね、女神の前に花壇が並んでたっけな。
四角く区画分けされてて、ボランティアが手入れしてたんだよ。
年に一回コンテストがあって、各花壇ごとに美しさを競ったんだ」
お兄さんは懐かしそうに目を細めていた。
「お詳しいですね」
「はは、実はね、高校のとき園芸部でさ、参加したんだ、ガーデニングコンテスト」
「え、そうだったんですか!」
「結果はダメダメだったけどね。僕が引退して次の年に、あれが……。
もう5年か。あの日は日和山からここ見てたよ」
「日和山、ですか」
「うん。川沿いの……小高い丘、あるでしょ」
お兄さんは下流の丘を指した。萬画館の展望喫茶から見えたあの丘だった。
「鹿島御児神社があって、眺めもいいんだ」
「そうなんですか」
関心あり気に頷き、三ツ葉は紅茶を一口飲んだ。
今、花壇であった場所には灰色の砂利が敷き詰められ、トラロープで区画分けがされている。
枠内に収まるのはお花ではなく自動車だ。踏み荒らしたって、なんの抵抗もない。
中瀬マリンパークは愛称で、正式には海事公園というらしい。
噴水があったり、平和の鐘があったりした。
横浜の山下公園や港の見える丘公園のような、異国情緒あふれた公園だった。
ウサギ小屋もあったようだ。
どこかに立て看板の一つでもあればここがかつて公園だったことに気付けただろう。
たぶん、このけもの道もかつてはもっと違ったなにかがあった場所なんだと思う。
ふと〈かつてのもの〉を求めている自分に気が付いた。
しがみつこうとしている、と言ってもいいかもしれない。
震災を通して、いや震災以前からかもしれない。
でもあの日からより一層、〈かつてのもの〉を欲求する。
これからなにが起こるのか、わからないって知ってしまったからだ。




