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イリエの情景~被災地さんぽめぐり~  作者: 今田ずんばあらず
石巻市篇
20/110

親しみというもの

「――日和山からだったら、ここ見えるはずだよ」

「ちょうど中州にあるから見つけやすそうだよね」


「なんかね、呆然っていうか、ほとんど覚えてないんだけど、どこもかしこも白い煙が立ってたと思う」

「おばあちゃん泣いてたなあ。うち流されたわけじゃないんだけどさ」



 隣の女子グループの話題が震災に移っていた。

 彼女たちはランチを頼まず、ドリンクとアイスクリームを頼んでいるみたいだった。


 オレンジジュース、ウーロン茶、コカコーラ、

 それぞれが入ったコップがテーブルに置かれ、

 ソフトクリーム(たぶんメニューにあったゴマのミックスソフト)を片手に雑談している。


 よく見ると三人とも若く見える。

 わたしと同じか、あるいは2、3歳上か。

 萬画館には不相応なおしゃれ女子だった。


 おそらく大学生で、夏休みを利用して帰省しているのかもしれない。

 なんとなく、久しぶりに会った地元の友達、といった雰囲気を帯びている。



 日和山というのがどこの山なのか知らないけど、グループのひとりはそこに逃げたらしかった。

 かき氷を食べながら耳を傾ける。


「そっか、サチんちの実家、山の裏手だもんね」

「あの日からおばあちゃん、沈んじゃって。ずいぶん自虐的になっちゃった」


 たしか石巻駅への道中、仙石線の車内でも震災の話をしていた人がいた。

 優先席を占領した3人の高齢女性グループだ。


 お話をすると、心が落ち着く。

 当時のことを振り返り、心を癒そうとしているのかもしれない。


 単なる共通の話題、今日はいい天気ですね、程度のことなのかもしれない。

 あるいはこの石巻という地が、あの当時のことを話さずにはいられなくさせるのだろうか。


 そんなこと、わたしにはわからない。

 三ツ葉がいたらまたなんか違うことを思うのかもしれないけど、生憎席を立ってしまっている。


 わたしにとって石巻の顔は萬画館でマンガロードでエスタなんだけど、

 それ以外の顔だってあるに決まってる。


 知らない顔のほうが多いに違いない。

 あの小高い丘の向こうになにが広がっているのか。それすら想像がつかない。



「あ、あの銅像ってなに?」


 女性グループのひとりが言った。


「ああ、自由の女神的な?」


 自由の女神?

 なんとも不似合いな言葉が出てきたことに驚いた。

 どうも窓の向こうの景色について話しているみたいだった。


 中州の先っぽを指さしている。


「開国風味だしてるんだよ、きっと」

「へえ、こんな田舎なのにね」

「田舎だよね」


 そんな話が続く。


 わたしの位置から見える中州は、

 緑の人工芝の敷きつまった公園と遊具が見えるだけで、他はなにも見えない。



「そういえば、あそこの近くに友達が開店しようとしたお店があったんだ」

「あ、ヤマサンのこと? 地元で頑張るって言ってたよね」


「そうそう。自分の店を構えられるって、はりきってたんだけどさ、

 でも地震があって、それっきりみたいよ」


「まあ、ねえ」

「そこの草んとこ、前は遊具とかあったような」

「バスケのコートがあったよね」

「あったあった。小学生とか高校生とかが、もっと走り回ってたよね」


 女性グループは、今目の前にある公園とは別の公園を語っているようだった。

 なんとも不思議な気分がする。



 会話が途切れる。

 しばらくソフトクリームのコーンをバリバリ食べる音だけが続いた。


 結構長く感じる。

 1分くらいだ。

 ぺしゃっとかき氷のトンネルが崩落した。

 水っぽい氷をしゃくっと口にする。


「それにしても、本当ここ変わっちゃったよね。前はもっといろいろあったはずなのに」


「いやぁ……でも、変わったのってここくらいでしょ。福島らへんなんて、ほとんど変わらないっていうし」

「なか、入れないんでしょ。そりゃ、ね」



 福島。


 今回の旅に福島は入っていない。

 一度三ツ葉に訊いたことがあった。

 彼女の性格からしたら、真っ先に福島を探訪すると思ったからだ。



 ――福島にも行きたいのだけれど、

   政治的情報が錯綜(さくそう)している今行くのは勿体ない。

   今のままじゃ自分の目で福島を見るんじゃなくて、

   情報の裏取りのために行くことになってしまう。

   また日を改めて「観光」として行きたい。



 三ツ葉はそう弁明した。

 わたしはその手の話題は詳しくないのでなんとも言えないけど、

 震災で最も苦しい思いをしているのは原発事故によって故郷を追われた人たちなのだろう。


「あっちは大変だろうね」


 そんな話を聞きながら、ただ余ったかき氷を食べていた。



 被災地のこと、別の世界のことだって考えてた。

 三ツ葉もその気持ちがあったからこの旅を企画したんだと思う。


 でもそれって、わたしたちだけじゃなくて、みんな同じなのかもしれない。

 自分の周りで起こったことが、自分にとっての震災のすべてなんだ。


 それ以外は対岸の話。

 わたしにとっては津波だし、彼女たちにとっては原発事故。

 津波で家を流された人、玄関先で波が止まった人、高台の人。


 なにかしらの形で区切られていたり、仕切られていたりする。

 物理的に立ち入れなかったり、時間や仕事に追われて目を背けていたり。

 ただ漠然と、自分たちよりもっと辛い目に遭ってる場所があって、苦しんでる人がいる。


 そんなふうに思う。



 こうして悩めるってことは、石巻はもう自分のなかにあるってことなんだろうか。

 自分になにができるか。

 そんな大それたことを考えてしまう自分がいる。


 すぐさま答えが出るわけないんだけど。

 ただ、親しみを籠めて悩んでいる。

 それだけで充分来た意味があったんじゃないかって思う。


 これからたくさんの場所を訪れるけど、

 この幸せな悩みごとがどんどん増えていくんだって思うと、心がわくわくと弾む。



「ごめん、お待たせ」


 三ツ葉が戻ってきた。


「どうだった、ゴレンジャー?」

「え? ああ、なんとかね。

 そろそろここ出ようと思うけど、電車の時間まで結構あるんだよね」


「あ、そしたらさ――」


 行きたい場所がある。

 隣の人たちがお話していた、あの場所だ。



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