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啼く鳥の謳う物語

髪と紙

作者: フタトキ
掲載日:2014/08/25

少しだけ先っちょを切った。

だって、皆が僕を女の子と間違えるから。


チョキン。


多分、20本ぐらいが5センチ短くなった。


チョキン。


多分、10本ぐらいが3センチ短くなった。


……チョキン。


4本が2センチ短くなった。


…………チョキン。


髪が1本抜けた。


…………………………。



泣きそうかも。

でも、泣きたくない。

「……うう…………」

何で僕は髪を切らなくてはいけないのだろう。

女の子に見られたくないから?

でも、それって他人の視線気にし過ぎ?

机に広げた授業プリントに散らばる僕の髪。

「う……ぅぅ……」

視界がボヤけた。

金色がふわふわゆらゆらしている。

目尻が熱い。

泣くの?

泣かないよ!

僕は男だもん。

日本男児たる者……。


…………チョキン。


「あ……………………」


揉み上げ辺りの髪が……何十本、何百本……切れた。

脱力した右手がぶらりぶらり。親指と中指、薬指にはハサミが引っ掛かったまま。

僕の左の手のひらには髪。


僕の金髪だ。



千里(せんり)ー、化学のレポート出してないだろ。安房(あんどう)先生が出せって」

「………………あー……うん……」

「千里?……って!!お前、髪切るのか!?」

“髪”

の一言に僕は彼の存在に気付いた。

同室の(あおい)だ。

葵は僕に近付く……。

「そうだよ。もうすぐ夏だし、男は髪短くなくちゃ」

僕は掴んでいた髪をプリントの上に捨てて、ハサミを持つ手に力を込めた。

不思議と視界が晴れる。

だから、僕は顔を上げた。

隣からやってくる葵をいつも通り見る。

……見たはずだ。

「男だからといって髪短くしなくちゃいけないとかはないと思うけど」

表情を曇らせる葵。

だけど、そんなこと言ったら、男でもミニスカありになるよ。

公衆の面前じゃ犯罪だ。ならなくても、お巡りさんに肩を叩かれるよ。「ちょっといいかな」みたいな。

「暑いし」

「髪縛れば?」

…………葵はなんやかんやで、僕が髪を切るのを止めようとする。

何それ。

僕より男らしい葵に言われたくない台詞だ。

それで僕は躍起になったのだろう。

「え、いいよ。カッコよく切る」と、ハサミを反対の揉み上げに近付け、刃と刃の間に髪を挟む。

1本、2本、10本、50本……何十本、何百本…………。

さっきより短くなるけど、切るんだ。

もう女の子に間違われてたまるか!

てこの原理で簡単に奥から刃と刃が組み合わさっていく。

切るんだ、僕。

「千里、駄目だ!」

3本切れた時、葵が僕の腕を掴み、僕の指からハサミを奪った。

「何でさ!僕の髪を切るのは僕の勝手だろ!」

僕の覚悟をあっさり崩して嫌がらせ?

僕は葵にムカついた。

しかし、葵は僕の足元に置かれたシルバーの円筒形のゴミ箱を僕の机の上に置いた。そして、髪の毛の乗ったプリントを慎重に持ち上げ、僕が切った髪をゴミ箱に捨てた。


…………ゴミ箱に捨てられた。


「何するのさ!馬鹿!」

僕はゴミ箱に捨てていいなんて言ってない!

「馬鹿はお前だ!これ、レポートだろ!」

バンと突き付けられたプリントは……化学のレポートだ。

「出さないと留年するかもしれないぞ!てか、レポートまっさらじゃないか!」

「化学はムリ!実験だってあおがちゃっちゃとやっちゃうし!」

「それは……!」

葵が僕に何か言いかけて口をつぐんだ。

“それはお前が何にもしないからだろ!”

と、言いたかったのだろう。

僕は実験がわけ分からないから、いつもノートに落書きをしながら見ているだけだ。

葵は僕のこんな意地悪に素直に反省する。


ま、いい気味だ。


「…………」

屑籠に捨てたお菓子の袋に混じる僕の髪の毛。金色の髪の毛。

「…………じゃあ、俺のレポート見ていいから。もう俺のレポートは返ってきてるし」

葵は自分の机の棚をがさごそと探し出す。

ホントは、葵は宿題とかはあくまでも助けるだけで、答えをまんま教えるのは嫌いなんだ。

そのことを僕は知っている。


がさがさ。

がさがさ。


振り返れば葵の背中。

ジーンズにちょっとシワの付いたワイシャツを来ている。

青っぽい黒髪。

自分のレポートを探す葵の傍らから見えたのは、小さな鏡。僕の知らない葵の友達が葵にくれたマレーシア土産の鏡。

僕の知らない友達からの鏡。

その鏡に映るは僕の顔だ。

白い肌と翡翠色の瞳。

そして………………不恰好な僕の髪。

変だ。やっぱり変過ぎる。

揉み上げ喪失でなんか不自然。


僕はぐちゃぐちゃのベッドに乗る帽子を深く被る。

黒い無地の鍔が付いたやつだ。

明日から三連休。

カッコよくして街にって……。

「あった!…………千里?どこ行くんだ!?レポート完成は!?」

煩い。

「用事!」

本屋で漫画を大人買いしてやるんだ。

「後にしろ!レポート!!」

僕は葵に捕まる前に、靴を履いて外に出た。





「まだ寝ないのか?眩しい……」

「今日はオールナイトなの!」

「泊まらせてもらって図々しい…………程々にな」

ベッドサイドの明かりに背を向けた洸祈(こうき)は、わざと効かせた冷房の中で毛布を手繰り寄せた。僕はというと、隣のベッドで毛布の中で温もりながら漫画だ。積み上げたシリーズもの全25巻を黙々と1巻から読んでいる。

今、18巻。

まぁまぁ楽しい。

が、

「あー…………」

なんかつまらなくなった。

でも、寝る気はない。

「………………」

洸祈のせいではないけれど……―

「洸ー、遊ぼーよー」

ゆさゆさ。

「……ん……………漫画……は…………」

「漫画は飽きたー」

ゆさゆさ。

「そー……か……」

唇が半開きのまま、熟睡に向かう。

「起きてよー!」

「安眠妨害……禁止」

こうなったら……脇腹だ!!!!

温かい布団の中に手を忍ばせ、パジャマ代わりのTシャツを捲る。

そして、つつく。

「ひゃっ!!!!」

洸祈が可愛い声して起き上がる。

面白い。

けど、

「安眠妨害すんな!」

「痛いっ!!」

洸祈に頭をぐりぐりさせられる。

容赦なく頭頂に。

「禿げる!」

「禿げろ!!」

酷い。

かつ、痛い。

「痛い!痛いよ!ごめんってば!!」

心から謝れば、僕の誠意を読み取ってくれたのか、解放してくれた。

「うう……禿げちゃう」

「お前は睡眠不足で直ぐ禿げるさ」

本当に?

「少なくとも、睡眠不足は体に悪い」

大あくびをした洸祈はエアコンの冷房を切ると、机の椅子にかかったパーカーを羽織る。

「洸?」

「ココア入れてやるよ」

台所に引っ込む洸祈。

………………洸は優しいなぁ。



隣り合うベッドに互いに腰掛ける僕と洸祈。

「切りたくなきゃ切らなきゃいい」

そうやって簡単に……。

「僕は……」

「俺はちぃのことを女とは思ったことがない」

嗚呼……洸は初めて会った時、僕を女だと思った葵に男だと言ってくれた。

「それよりも、今はその変な髪型に笑いを堪えるのが大変」

と、言っているそばからクスクス笑う洸祈。

「笑うなよ!」

「なら整えろよ。かなりおもろいぞ」

知ってるよ!

僕がむっつりしていると、洸祈は僕の頭をよしよしと撫でてきた。時折、洸祈の指が僕の髪を透く。

「綺麗だな……お前の髪は」

「僕の自慢」

「自慢なら大切にしろ」

「…………うん」

短くなった揉み上げをそっと耳に掛けてくれた。

僕はちょっとだけ照れくさい気分だ。

「あ……確か……」

立ち上がった洸祈は机を漁り始める。

僕はココアを飲む。

「あった。これ」

「?」

赤に緑の刺繍。

小鳥が花を運んでいる。

「リボン?」

「この前、鎌倉行った時に買った」

「僕に?」

「髪を束ねるやつなんだ」

「縛れって?」

「縛れとは言ってない。ただ、俺には使えないからやるよ」

綺麗なリボン。

僕は洸祈以外には見られないからと、洸祈にマグカップを渡して、僕は自分の髪を手のひらで束ねる。

肩に流れていた髪をずらし、指先で髪を透く。

洸祈が見計らってリボンを僕に渡してきた。

1回、2回……リボンを束ねた髪に巻く。

そして、蝶々結びにした。

「…………どう?」

「似合う」

ココアを僕に返し、洸祈は鏡を持ってくる。


鏡には僕だ。

束ねた髪が首に隠れて短く見えなくもない。

揉み上げが気になるけど。

「両サイド直すか?」

耳の回りで揺れるそれを手で遊ぶ洸祈が訊いてきた。

「洸できるの?」

「お前の注文通りにはな」

寝癖の付いた洸祈は瞳に真剣さを帯びていて、既に片揉み上げ(変な言い方だな)を失っていた僕は頼んでいた。





「これでどうだ?」

「うん。グッジョブ」

「そりゃどうも」

これなら許せる。

髪も残ってるし、見た目は短く見える。

「ありがとう、洸」

「どーいたしまして。じゃ、寝るわ」

「おやすみー」

洸祈はさっさと寝てしまうが、僕は洸祈の赤茶の髪をくしゃくしゃしてからベッドに入った。





「千里!」

起きたら葵だ。

ぷんすか怒っている。

「………………おはよ」

「“おはよう”じゃないだろ!勝手に逃げるな!」

なんて最悪な目覚めだろうか。耳が痛い。

洸祈を探せば、布団に潜って山を作っていた。

「………………逃げた」

「逃げたのはお前だ!千里!」

うう……キンキンする。

「レポートどうするんだよ」

葵の呆れた声。

と、心配する声。

「どうって……どうも……」

「お前、卒業する気あるのか?」

正直、ない。

卒業すれば僕は櫻の道具に戻ることになる。

この自由ともお別れだ。


もう君とも会えなくなるんだよ、葵。


「って……ん?お前、髪切った?」

「洸に切って貰ったんだよ」

「へぇ。洸祈が」

ぺろりと葵が洸祈の布団を捲ると、枕に顔を埋めて俯せに丸くなっていた。

「洸祈、今まで誰かの髪切ったことあった?」

「うちは璃央が切ってくれるからな」

「僕、洸の初の髪切り相手?」

クラフト鋏を駆使してくれた洸祈はきっとプロなんだと……アマチュアだったとは。実のところ、僕は散髪はこれが人生で初だったりする。

「問題なけりゃ初心者でもいいだろ?」

洸祈が眉間に皺を寄せたが、全くその通りだし、僕は不満などない。

「うん。ありがとう、洸」

「ん」

洸祈は葵から布団を剥ぎ取るとそれにくるまった。しかし、何故か葵がその怒り顔をむすっとさせてくる。

なんで葵が拗ねるのだろう。

「…………千里、安房先生に頼んで今日一日、実験室使用の許可を貰った。もし、レポートをやる気があれば、実験室に来てくれ。待っているから」

あんなに怒っていたのに、葵は肩を下ろして洸祈の部屋を出て行った。

ぱたん。

「………………あお……?」

「あーあ……しょぼくれたな」

「しょんぼり?」

「行ってやれよ、ちぃ。行ってやらなきゃあいつ、本気で殻に籠るぞ」

怒り爆発じゃなくて殻籠り?

良く分からない。

しかし、布団の中からくぐもった声音で洸祈が言う。芯を通らせて。

「洸が言うなら……」

「葵が言うからだろ。お前のレポートの為にわざわざ実験室借りたんだし」

「……うん」

葵は宿題の丸写しが嫌いだ。する方もさせる方も。

ずるが嫌いだ。

だから、本当なら葵は、僕が留年になろうとも、自業自得だろうと構いはしない。

でも、葵は僕の心配をし、自分の信念を曲げてまで僕の留年を止めようとした。


結局、葵は凄く真っ直ぐなんだ。


「あお」

「せ……んり……!?」

「どうしたのー?あ、面白くなかったら帰っちゃうからね、葵先生。易しく教えて」

そんなに驚かないでよ。

実験器具を用意し、白衣も着て椅子に座っていたのに、組んだ腕に埋め、上げた顔はとても間抜けだった。

そして、少しだけ嬉しそうな顔をした。

「やろうか、実験」

「うん」

「その前に…………髪、似合ってる……」

白衣を僕に渡し、彼はそう言ってからピペットを手にする。

「……あお?」

「………………」

俯き、ビンに入った透明な液体を手際よくも正確に吸い上げ、フラスコへ。

「ねぇ、あお?」

「…………………………俺、昨日、考えてたんだ。お前の留年のことばっか考えて、お前の話を全然聞いてなかったなって」

手が止まり、俯いたままの葵の口から出たのは、ポツリと雨粒みたいに小さな声だった。

「お前は髪をとても大切にしていたと思ったから、女の子みたいだからとかで切って欲しくなかったんだ。……でも、俺、お前と初めて会った時、お前のことを女の子だと勘違いしたよな。そんな俺が切らなくてもいいなんて言っても説得力ないだろ…………ごめん」

そうじゃない。

謝るべきなのは僕の方だ。

葵は僕の大切なものを守ろうとしただけ。

お母さんから貰った大切なものを。

「あお!この髪型だとさ、かっこよく見えない?」

「あ、ああ」

肩を落としていた葵が僕の調子に焦る。

「このリボン、洸に貰ったんだ。でさ、後ろはどう?」

「いいと思う」

「前、ガスバーナーで髪の毛を焦がしちゃったことがあったんだ。ほんのちょっとだったけど、なんかむしゃくしゃした。演習の先生とかは邪魔だから切れって言うし。これならもう焦がさないし、文句も言われない!言われたら……文句言う!」

言えないけど。

すると葵はクスッと笑い、作業を再開する。

「その時は俺も抗議するよ」

僕は白衣に袖を通して肩掛け鞄に入れていたレポートを取り出し、広げた。一応、実験手順も書かれているが、器具の名前だろうカタカナや化学式が沢山書かれていて読む気も起きない。

「千里、湯煎するからそれにお湯を沸かしてくれ」

「うん、先生!」


これって仲直りだよね、葵。


僕は少し軽くなった頭で頷いた。

番外編が20作品以上も……意外に投稿していたんだなぁと思ったり(*_*)

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