呪文
「ただいま」
補習を合わせて7時間の授業を終え、俺は夕食の買い物袋を提げてゲンナリしながら家の玄関を開けた。
「おかえりー、にーに早くログインして、ドラゴン倒せない」
リビングの40インチテレビでネトゲで遊んでいた妹が振り返りもせず返事だけはする。画面の上ではギルドの連中がドラゴンブレスで見事に薙ぎ払われている最中だ。
「ごはんにする、おふろにする、それともね・と・げ?」
リビングを通り抜けて冷蔵庫に食材を入れながら俺はとぼけて返事を返す。
「もーう、にーにのいぢわる!お風呂洗いとお皿洗いするから、早くログイン!」
画面から目を離さずに手元のノートPCを妹が滑らせてよこす。
「倒したらすぐにログアウトしてご飯つくるの手伝うこと、おk?」
素晴らしい勢いでキーボードを叩いてシールド魔法の展開とヒーリングをやってる妹に俺は念押しする。
「わかった、いうこと聞く、なんでも聞くから早くログイン」
「女の子がなんでもいうこと聞くとかいっちゃいけません」
制服の上着をダイニングの椅子に掛けると、俺は自キャラでログインする”Login ######### Welcome [Kyo-Hey]"
「きた、にーにきた、これでかつる」
小さくガッツポーズをとる妹をみてネトゲ廃人じゃなきゃ美少女の部類なんだがなあと、兄は思うのですよ。とつぶやきながら俺はギルドチャットのウィンドウを開いた。ギルドマスターの"Rose"が俺のログインに気が付いてすぐに話しかけてくる。
Rose:"wb m8"
Kyo-Hey"sup m8 situation?"
Rose:"situation ? sux IMAO need tank ASAP"
Kyo-Hey"IC IC g2 now"
移動アイテムを使って妹の座標に飛ぶ、妹とローズの周りに残った7人ほどを残して死屍累々といったところだ。ドラゴンのHPは残り六分の一程まで減っている。こいつらが復活するまで俺がターゲットを取り続ければ勝ちってことだな。
固いだけが取り柄のナイトジョブだが、物理攻撃はともかくドラゴンブレスはなあと思いながら、俺はジョブアビリティでドラゴンのヘイトを取りにかかった。
Jhon:"wb wb Kyo-Hey all 2 buff him"
板金鎧にバケツみたいなヘルメットのクレリックが一人で支えてたらしい
Kyo-Hey:"lol m8 badass"
生き残った後衛連中から一斉に強化魔法が飛んでくる。
20分後、俺が倒れると同時にリスポンしたギルドメンバー達のおかげでドラゴンは見事に倒された。
うん、経験値よりデスペナ痛いです。
「にーに、ありがと、相変わらずにーに達の会話意味不明、魔法の呪文みたい」
「お前よくそれで皆と遊んでるな、まあいいや約束通りごはんの準備な」
「だって、ローズが日本語わかるもん」
ピロリン
約束通りログオフさせて夕食の片づけをしていると妹の携帯にメールの届く音がした。
「にーに、にーに、大変」
皿を洗う手を止めて俺は妹のほうを振り返る。
「なんだ、どうした」
届いたメールを見せながら妹がはしゃぐ。
「ローズが夏休みに日本に来るって!うちに泊めてあげていいよね?ね?にーににも会いたいって!」
「お袋に相談してからな」
妹から携帯を受け取るとメールを読む、たどたどしい日本語で訪日の日程が書いてあり遊びにいっていいか?といった旨が書かれている。最後までスクロールして俺は固まった。
「あー、にーに固まったー、だからにーにに写真見せたくなかったのにーローズすごい美人さんだよねー」
ふくれっつらの妹に携帯を返して俺は何食わぬ顔をして皿洗いを再開する。
OMG,TY、MG!
背後に刺さるジト目の妹の視線にレジストしながら、妹曰くの魔法の呪文で俺は神様に感謝した。魔法の呪文万歳である。