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エピローグ:重なる筆致


 潮騒の音が、庭の防風林を揺らし、心地よいリズムとなってアトリエに流れ込む。

 和真は、初夏の力強い日差しを避けるようにして、キャンバスの前に座っていた。

 かつてのように狂気に駆られ、指先を血に染めてキャンバスを掻きむしる姿はない。

 今の彼の筆致は、寄せては返す波のように穏やかで、しかし確かな重みを湛えていた。

 彼が描いているのは、窓辺に置かれた、一輪の飾らない野花だった。

 その花びらの一枚一枚に、彼はこの数年で手に入れた「静寂」という色を置いていく。


「……和真くん。そんなに集中してると、またお昼を食べ損ねちゃうわよ」


 背後で、聞き慣れた、けれど聞くたびに心が安らぐ声がした。

 和真が振り返ると、そこには看護師の夜勤を終えたばかりの結衣が立っていた。

 彼女の髪は、あの痛ましい夜の短さを完全に消し去り、腰のあたりまで豊かに流れる。

 かつての「聖母」としての作り物のような白さではなく、

 日々の労働と生活の中で育まれた、健康的な温もりが彼女の肌には宿っていた。


「……ああ、ごめん。この光の加減が、どうしても今しか描けない気がして」


「ふふ、芸術家さんは相変わらずね。……でも、今日はお祝いなんだから」


 結衣はそう言って、小さな包みをテーブルの上に置いた。


「お祝い? ……ああ、そうか。僕がこの街に来て、ちょうど五年目か」


「そう。……私たちが、本当の意味で『二人』になって、五年よ」


 結衣は和真の隣に座り、彼が描いている途中のキャンバスをじっと見つめた。

 そこには、かつて二人が貪り合ったような、どす黒い情念の色はどこにもない。

 透明感のある青と、生命力に満ちた緑が、互いを尊重するように重なり合っている。


「和真くん。……私、最近ね、あの暗いアパートの夢をあまり見なくなったの」


 結衣が、和真の絵具の染みが消えない大きな手を、そっと自分の掌で包み込んだ。


「……それは、君が自分の力で、新しい光を掴み取ったからだよ」


「いいえ。……あなたが、私の絶望を全部『色』に変えてくれたからよ」


 結衣は、和真の肩に頭を預け、開け放たれた窓の向こうに広がる青い海を眺めた。

 二人の間には、もはや言葉による救済も、肉体による証明も必要なかった。

 ただそこに在り、同じ風を感じること。それが、彼らの辿り着いた祈りの形だった。


「ねえ、和真くん。……いつか、私がもっとおばあちゃんになったら」


「……ああ。その時も、僕は君を描き続けているよ」


「……シワだらけの私なんて、絵にならないんじゃない?」


「とびきり美しいよ。……君が生きてきた時間は、どんな名画よりも価値があるから」


 和真は筆を置き、彼女の豊かな長い髪を、愛おしそうにゆっくりと撫でた。

 指先に伝わるのは、二人が共に乗り越えてきた、数え切れないほどの夜の記憶。

 そして、それ以上に輝かしい、これからの日々へのささやかな期待だった。

 庭の緑が風に踊り、二人の影がアトリエの床で一つに重なり合う。

 不完全な二人が描き続ける、終わりなきフルカラーの物語。

 そのキャンバスは、今、かつてないほどの輝きを持って、未来へと開かれていた。



この作品はAI40%、筆者60%で書きました。

原案100%筆者。

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