第三章:標の残像(8)
談話室の隅にある古いピアノに、夜の帳が落ち、影が長く伸びていた。
和真は、スケッチブックの最後のページをめくり、白紙のページを出した。
「結衣。……少し、動かないでいてくれるか」
結衣は、和真の意図を察し、少しだけ背筋を伸ばして微笑んだ。
「モデル代、高いわよ? ……今の私は、とっても貴重なんだから」
「分かってる。一生をかけて、月払いで支払うよ」
和真は、ポケットから使い古した鉛筆を取り出し、紙に落とした。
シュッ、シュッ、という軽やかな音が、静かな部屋に心地よく響く。
「和真くん。……描かれている時、私、自分が自分に戻っていく気がするの」
「それは、君が君自身を許し始めている証拠だよ」
和真の手は迷うことなく、結衣の今の姿を、一線一線刻み込んでいく。
「私……看護師として、たくさんの人を救わなきゃって、自分を縛ってた」
結衣の視線は、遠く夜の闇の向こうを見つめているようだった。
「でも、本当は、私自身が誰かに救われたかっただけなのかもしれない」
「救われたいと願うことは、罪じゃない。……僕たちは、人間なんだから」
和真は、彼女の瞳の奥にある小さな光を、丁寧にキャンバスへ写し取った。
「和真くん。……私、あなたのこと、本当の意味で好きになってもいい?」
和真は一瞬だけ手を止め、それから、今までで一番優しい顔で彼女を見た。
「もちろんだよ。……僕だって、今の君に、もう一度恋をしているんだから」
結衣の頬が、夜の闇に隠れるように、ほんのりと赤く染まった。
不格好な再会から始まった、二人の新しい時間が、確実に刻まれ始めていた。
この作品はAI40%、筆者60%で書きました。
原案100%筆者。
指摘や感想とか頂ければ励みになります。




