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第一章:標の残像(21)


「……結衣さん」


 駆け寄ろうとした僕の足が、桜の花びらを踏みしめる音を立てた。

 間近で見る彼女は、アップにしていた時よりもずっと幼く、そして壊れそうに儚く見えた。

 髪を下ろしただけで、彼女を縛り付けていた「看護師」という重い鎧が、跡形もなく消え去っている。


「本当に、来てくれたんですね」


 僕が言うと、結衣さんは少しだけ照れたように、流れる髪を一房、耳にかけた。


「……すごく、迷いました。今でも、これが正しいことなのか分かりません。私たちがこうして会うことは、きっと、お互いにとって毒になるかもしれないから」


「毒でもいいです。僕は、その毒に救われたいんだ」


 僕の真っ直ぐな言葉に、結衣さんは瞳を揺らし、それから、今まで一度も見せたことのないような、無防備な笑顔を見せた。

 桜のピンク色が、彼女の白い頬に反射して、淡い色彩を差している。


「和真さんの描いてくれた絵、本当だったんですね。髪を下ろすと、なんだか心が軽くなったみたい」


 彼女はくるりと一周回って、長い髪を風に遊ばせた。

 その瞬間、僕の世界に本当の「色」が戻ってきた。

 モノクロームだった僕の視界に、桜の桃色、空の青色、そして彼女の髪の黒が、鮮烈なグラデーションとなって流れ込んでくる。


 けれど、幸福な予感は、不意に吹き抜けた強い風によってかき消された。

 風に煽られた桜が、嵐のように二人の間を舞い上がる。

 結衣さんは舞い散る花びらの中で、どこか遠い未来を見つめるような、悲しい瞳をした。


「ねえ、和真くん。私、いつかこの髪を、切ってしまう日が来るのかな」


「え……?」


「今はこんなに綺麗だと言ってくれるこの髪を、私を縛る鎖のように感じて、切り捨ててしまう日が……」


 彼女の不吉な予感は、その時の僕には理解できなかった。

 満開の桜の下、僕たちはただ、再会の喜びと、不確かな未来への期待に胸を膨らませていただけだったのだ。

 

 この春の色彩が、やがて来る残酷な「別れ」の伏線であることを、僕たちはまだ、知る由もなかった。



この作品はAI40%、筆者60%で書きました。

原案100%筆者。

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