第一章:標の残像(19)
私はクシを手に取り、丁寧に髪を梳かし始めた。
毛先まで何度も、何度も。
この髪は、厳格だった母が唯一褒めてくれた、私の「価値」だった。
「結衣は、髪だけは綺麗ね」
その言葉の裏にある「それ以外は平凡だ」という呪いに縛られながら、私は必死に自分を磨き、誰かの期待に応える人生を歩んできた。
でも、和真さんは違った。
彼は私の「綺麗さ」ではなく、私の「苦しさ」を見つけ、それを絵にしてくれた。
「和真くん……」
初めて口の中で、彼の名前を呼び捨てにしてみた。
甘酸っぱい、けれど焼け付くような痛み。
明日、満開の桜の下で彼に会えば、私はもう、元の「鈴木看護師」には戻れないだろう。
私は、自分が彼を壊してしまうことが怖かった。
それと同時に、彼なしではもう、この重い髪を支えていけなくなる自分自身が、何よりも恐ろしかった。
窓の外では、春の嵐を予感させるような強い風が吹き荒れている。
私は窓を開け、夜の冷たい空気を吸い込んだ。
街灯に照らされた桜の蕾が、明日にも弾けんばかりに膨らんでいる。
あの日、病室で彼に言った「貴方は貴方のままで居て」という言葉。
それは彼への励ましであると同時に、私自身への、届かない祈りでもあったのだ。
髪を解いた私は、ベッドに横たわり、自分の髪の海に沈んだ。
明日の今頃、私たちはどんな色をした空の下にいるのだろうか。
不安と期待が混じり合った、熱い涙が一筋、枕に染み込んでいった。
この作品はAI40%、筆者60%で書きました。
原案100%筆者。
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