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第一章:標の残像(18)


 退院前夜、私は自宅の洗面台の前に立っていた。


 六畳一間のアパートは、寝るためだけに帰る場所で、生活の匂いがあまりしない。


 ただ、洗面台の鏡に映る自分だけが、異様に生々しく浮き上がって見えた。


 私はゆっくりと、頭を締め付けていた数本のヘアピンを引き抜いた。


 一本、また一本と、自分を「鈴木看護師」という型に固定していたくさびが外れていく。


 最後に黒いゴムを解いた瞬間、重力に逆らっていた長い髪が、音もなく肩へと雪崩れ落ちた。


 腰まで届く、漆黒のカーテン。


 指を通すと、冷たく、滑らかな感触が手のひらに伝わる。


「……こんなに、重かったんだ」


 独り言が、タイル貼りの壁に跳ね返って消えた。


 髪を下ろすたびに、私は自分が無防備な、剥き出しの人間になったような錯覚に陥る。


 明日、私はこの姿で佐藤和真さんの前に立つ。


 それは看護師としての禁忌を犯すだけでなく、私が守り続けてきた「完璧な自分」という最後の砦を捨てることと同義だった。


 心療内科の看護師として、私は数え切れないほどの「共依存」の末路を見てきた。


 救おうとする側と、救われようとする側。


 その歪な結びつきが、最後には互いの人生を共倒れにさせていく地獄を。


 私は彼を救いたいのではない。


 ボロボロになった彼に必要とされることで、私自身の空っぽな心を埋めたいだけなのではないか。


 暗い鏡の中の自分に問いかけても、答えは返ってこない。


 ただ、彼が描いてくれたあの拙いスケッチブックの絵が、脳裏に焼き付いて離れなかった。


 あの絵の中の私は、仕事に追い詰められて泣いている女ではなく、


 ただ一筋の風に髪をなびかせて、自由な空を見上げている一人の人間だった。


この作品はAI40%、筆者60%で書きました。

原案100%筆者。

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