第一章:標の残像(17)
沈黙が、永遠のように長く感じられた。
病室の隅で動く加湿器の微かな音が、耳障りなほど大きく聞こえる。
「……佐藤さん、それはできません」
彼女の声は、低く、けれど拒絶の色を隠していなかった。
「私は看護師で、貴方は患者さんです。病院の規則でも禁じられています」
「分かってます。でも、僕はもう患者じゃなくなります。
三日後には、ただの男として、外の世界に戻るんです」
僕はベッドの縁を強く掴んだ。
「結衣さんは、僕が貴方の『柵』だって言いましたよね。
でも、僕にとっては、結衣さんがこの色のない世界で見つけた唯一の光なんです。
感謝とか、そういう言葉じゃ足りない。僕は、貴方のことをもっと知りたい」
結衣さんはゆっくりと顔を上げ、僕を見つめた。
その瞳には、恐怖と、渇望と、そして深い諦念が入り混じっていた。
「……私は、貴方が思っているような綺麗な人間じゃありません。
誰かに依存されないと生きていけない、空っぽな人間なんです。
私と関われば、貴方はまた壊れてしまうかもしれない」
「それでもいい。壊れたら、また二人で直せばいいじゃないですか。
僕の職業は、もともと何かを作る仕事だったんだから」
僕は精一杯の勇気を振り絞って、彼女の冷たい指先に触れた。
彼女はびくりと肩を揺らしたが、今回はその手を引かなかった。
「……四月、桜が咲く頃に」
結衣さんが、消え入りそうな声で呟いた。
「病院の裏にある、古い川沿いの桜並木。そこなら、誰にも見られません」
「結衣さん……」
「その日だけは、髪を下ろして行きます。和真さんが描いてくれた、あの絵のように」
彼女は僕の手をそっと握り返すと、すぐに離した。
その感触が消えないうちに、彼女は足早に病室を出ていった。
開け放たれたドアの向こうで、彼女の黒髪が大きく揺れた。
それは、閉ざされていた僕の人生に、初めて本物の「約束」が刻まれた瞬間だった。
この作品はAI40%、筆者60%で書きました。
原案100%筆者。
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