第一章:標の残像(14)
その日の夜、検温に訪れた結衣さんの顔は、白磁のように血の気が引いていた。
いつもなら流れるような動作で進む処置も、どこかぎこちない。
「……結衣さん、屋上の鍵、僕が盗んでおきましょうか」
冗談のつもりで放った言葉に、彼女は驚いたように手を止めた。
「えっ……?」
「さっき、聞こえたんです。三〇五号室の人のこと。
結衣さんが正しいと思います。あのおじいさん、いつも寂しそうに壁を見てるから」
僕が言うと、彼女の瞳に、堪えていたものが薄膜のように広がった。
「……ありがとうございます。でも、和真さんはそんなこと考えなくていいんです。
貴方は今、自分のことだけを考えて、元気にならなきゃいけないんだから」
「そんなの無理ですよ。僕を助けてくれたのは結衣さんだ。
だから、僕だって結衣さんの力になりたい。……これ、見てください」
僕はベッドサイドのスケッチブックを差し出した。
そこには、昨夜から描き始めていた、窓から見える景色と、
想像で描いた「髪を下ろした結衣さん」のラフスケッチがあった。
まだ線は拙く、色も乗っていない。
けれど、そこには僕が失いかけていた「誰かのために描く」という意志が、
微かな熱を持って宿っていた。
「……私?」
彼女はスケッチブックを手に取り、吸い込まれるように見つめた。
「髪、すごく長くて綺麗なんだろうなと思って。
結衣さんはいつも自分を縛っているけど、いつか、この絵みたいに自由になってほしいんです」
結衣さんの指先が、紙の上の鉛筆の跡をそっとなぞる。
その瞬間、ポタ、と一枚の紙に水滴が落ちた。
「……困ります。そんなこと、言われたら」
彼女は顔を覆うようにして、声を殺して泣き始めた。
主任に怒鳴られたときも、医師に冷遇されたときも、決して崩さなかった仮面が、
僕の拙い絵の前で、呆気なく剥がれ落ちてしまった。
この作品はAI40%、筆者60%で書きました。
原案100%筆者。
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