円卓の女王 佐伯静子の場合
円卓の女王たちは、ただ強いだけではない。 彼女たちが背負うもの、選び取ったもの、そして見過ごさなかったもの――それこそが、この物語の主柱となる。
前回登場したのは、最初の女王・横田 恵。 彼女の正義は、誰かの痛みから始まった。
そして今回、円卓に新たな席が埋まる。 次なる女王は、また違った形の「強さ」を持っている。
それは20数年前、ボランティアの炊き出し料理を勉強しようと、都内の調理学校のイベントに参加した時のことである。
とん汁や味噌汁、煮物などの調理をグループごとに行ったのだが、お互いの料理の試食で、ある1杯の味噌汁を口にして衝撃を受けた。
「なんて優しい出汁を引いているんだろう」彼女はその素朴に見える味噌汁の味に惹かれるものを感じた。
そのグループに知り合いがいたので、尋ねてみたところ、ほぼ1人の男性が作ったという。
その男性はやや年配と思われたが、特に特徴のないように思えた。プロの料理人ではないということで、当時まだ珍しい、料理を趣味にする男性ということで興味を持って色々話をしてみた。
語り口は優しく、話題は豊富で、男性としてではなく、人間としての魅力を感じたことを覚えている。
それからは、むしろ静子の側が積極的にその男、つまりは阿久津にアプローチを仕掛けていたと言ってもいい。
「あの味を毎日楽しめる詩織さんが羨ましいわ」
今や会議室となった施設内の部屋の円卓に優雅に腰をかけながら、静子は思い出すように語った。
詩織は苦笑する。
「あの頃は食べ物で遊ばないで!と良く叱ったものよ。出汁を引くのだけはなぜか上手だったけど、料理での失敗は相当なものだったわ」
「本当にあの頃は素敵な人だなと思って、父や祖父に紹介しようと思ってたくらいだった。その直後に左の薬指の指輪を発見しちゃったけどね」
静子は、定番の笑い話をまた持ち出した。
「あの人ったら指輪をしないで、料理教室に行ってたのかしら」
詩織の眉間に縦に筋が立った。
「そんなことはないわ。私が見ようとしなかっただけで。あれだけ目立つ指輪を見ても見えない、いえ、見ようとしなかったのね」苦笑しながら静子は、申し訳ないと言う仕草を詩織にしてみせる。
「それでも、ご家族に紹介したのは、バツイチでも期待してたのかしら?」なおも追求する詩織に、
「それは、あくまでもビジネスの話としてアポイントをとってたのだから、急にキャンセルなんかしたら、それこそ何か有ったのかと大ごとになっていたわ」
静子はあくまでも、ビジネス上で紹介したと主張する。これには、それ以上の突っ込みどころも無く、詩織は追及をやめた。
「まあ、おかげ様で我が家も助けられているから、感謝するわ」
二人は試合後の好敵手のような笑みを浮かべ合う。
「本当にあんなに気に入られるなんて、私も驚きました」と、両手を軽く上げる、欧米人風の降参ポーズをしながら静子は笑った。なかなか人に心を許さない父と祖父が、わずかな時間で阿久津と打ち解け、年の離れた友人として陰に日向に彼を助けてきたのだ。
「放蕩旦那が甘やかされて、ますます世の中を舐めて生きるようにもなった面もあるけどね」
詩織は苦笑した。
「もしかして、南部さんとも今頃、意気投合していたりして」
誰ともなく漏れたその言葉に、四人は静かに頷き合った。
二人目の女王の登場です。阿久津との邂逅に筆が取られてしまい、彼女の実力を示唆することさえできませんでしたが、――静子もやる女です(断言)むしろ一番えぐいかも。
それぞれの女王が、なぜ円卓に座るのか。 少しずつ、その理由が明らかになっていきます。
やっぱり群像が座すのは円卓ですよね。ものがたり的に!




