円卓の女王 横田 恵の場合
先のエピソードで「女王」というコードネームが出ました。
彼女たちの存在が、このものがたりの主柱と言っても過言ではありません。
憤りを正義に変え、努力を日常に変えられる人を、私は心から尊敬する
筆者は酒に紛らすことしか、出来ませんでした。
横田 恵が正義に目覚めたのは、自分と似た名前の少女が北に拉致され奪還することも出来ないでいるということを知った時であった。失意と同情、そして憤慨を覚えた。
しかし、それが社会への不満へとならなかったのは彼女の純朴さゆえであろう。彼女は自分が何かできないかという方向に心を定め、手始めに武道と勉強に注力することになる。
中体連で相応の結果を残した進学時期に、自衛隊幹部候補生学校の存在を知ると、迷いなく受験し任官の道を歩み始めた。
しかし、正義の味方で有るはずの訓練中の幹部候補生たちは、彼女の目から見れば子供で愛国心に欠け、鍛錬と向上心からほど遠いところで漫然と学ぶだけの、残念な存在がほとんどであった。
いつしか彼女は、道場では男性との組手でも無敵と言われ「女コング」とのあだ名も授かることになるが、その後も不満と正義との板挟みのまま、普通科連隊に配属され訓練に勤しんでいた頃、彼に出会うことになる。
「陸自の方ですね。格好いいですね。今日はお休みですか?」
陸上自衛隊秋田駐屯地の最寄りの土崎駅ホームで、上り電車を待っていた彼女に声をかけたのが阿久津だった。
「えっ?」
彼女はナンパかと警戒しながらも、明確な拒否の態度を取ることが出来なかった。
まるで、陸自の関係者でもあるかのような距離感と、浅黒く日焼けした彼女の精悍な要望にも一切ひるむ様子の無い話しかけに、拒否しきれなかったのは虚を突かれたからかもしれない。
「僕も今日はこれから、半ドンなんですよ」
「隊員の方はいつも走ってますが、どれくらい毎日走り込むのですか?」
他愛のない質問をする男に、生返事を返していると、嬉しそうに次は自身の話も交えて語りかけてくる。
(もっと電車の時刻ぎりぎりに来ればよかったかな?)
そんなことを思いながらも、次第に男の話に引き込まれていく。
そして、これはナンパでなく、話し相手が欲しいだけの人なんだと確信をする。
ナンパであれば、もっと彼女の容姿に興味を持つはずだ。そして、女性は男性のその物定めの視線には敏感である。だが、男はそんな態度ではなく、電車の待ち時間に話し相手が見つかったことを純粋に喜んでいるようだった。
(この人って、すごい寂しがり屋なのかも?)
自分の舞台での孤独感、家族にさえ理解してもらえない歯がゆさ、負の感情を抱え続けていた彼女には、何となく男性の抱える闇に触れられたような気がしていた。
シンパシー
とでも言うのだろうか、何故か彼女は彼に日常の不満をぶつけても理解してもらえる気がしたし、彼の隠している寂寥の一部を薄めてあげられるような、いや、薄めてあげたいなと感じてしまった。
電車が来ても二人は、日常話や冗談を言い合ってみたりしたし、どうせ休日で秋田駅で一人飲みの予定で有ればと食事も一緒に摂ることになり、自然と距離が縮まり親しくなっていった。
男、阿久津博は妻帯者であること、素晴らしい妻であること、声をかけたのは決してナンパではないことを力説したが、横田恵にはとっくに承知のことだった。それでも二人は、また飲みに行こうと約束をして、その約束は三十年の歴史を刻んでいた。
今、彼女は陸自初の普通科連隊長として(特科には先例あり)、数多の将兵を指導する立場にありながら、「女コング」の異名はそのまま個人的な信奉者を抱えるカリスマに成長していた。
円卓の東側に座る彼女は、特殊な形状の携帯電話で通話をしているスタッフの会話を横耳で聴きながら、他の三名に告げた。
「あちらで、動きがあった。ほぼ予想通りだ」
円卓の女王、最初の一人が登場しました。現役自衛官とのつながりも明らかになり、この非常事態に彼女が連隊に常駐していなくてよいのかという疑問も湧いてきますが、それについては後述いたします。 もちろん、彼女なりに上層部への根回しは済ませているのでしょうし、政治方面からのバックアップもあるようです。 それでは、次なる女王にご登場いただきましょう。




