影の戦争編:取材者たちの影
影は、影を呼ぶ。
ロシアが“日本の裏組織”を探し始めたという誤解は、静かに世界へと波紋を広げていった。
その波紋は、まず北米の岸辺に届いた。
カナダのニュースルーム。
コーヒーの香りとキーボードの音が混じる中で、ある噂が囁かれ始める。
「日本で内乱が起きているらしい」
「東北で独立運動がある」
「ロシアが“影の日本”を警戒している」
真偽不明の情報が、国境を越え、海を渡り、
やがて“カナダ国籍”記者たちを動かした。
彼らは取材の名目で日本へ向かう。
だが、その背後には、別の影が潜んでいた。
世界が日本の“影”を探し始めた時――
日本の影は、世界を見返す準備を始める。
極東の地下壕で“影の日本”を探し続けるロシアの混乱が、じわじわと世界に漏れ始めた頃。
カナダ国籍マスコミ関係者が、少しずつ日本へ姿を見せ始めた。
羽田空港の到着ロビー。
スーツケースを引く外国人記者たちの目は、どこか落ち着かない。
彼らは観光客ではない。
そして、純粋なジャーナリストでもない。
彼らの所属するメディアは、カナダに拠点を置いてはいるが、
その背後には別の影がちらついていた。
「日本で内乱が起きているらしい」
「東北で独立運動があると聞いた」
「ロシアが“日本の影組織”を警戒している」
そんな噂を、彼らは“取材”という名目で追っていた。
だが、彼らの取材対象は――
政府でも自衛隊でもない。
**目的はただひとつ。
“影の日本”の実態を探ること。**
◆ 秋田・川反
その頃、川反の料亭では、阿久津博が冷や酒を飲みながら、
詩織と静かに話していた。
「カナダの記者が来てるらしいですよ、博様。」
詩織が淡々と報告する。
「カナダねぇ。あの国籍、表向きだけだろうな。」
阿久津はグラスを揺らし、氷の音を楽しむように耳を傾けた。
「ロシアが影を探し始めたら、
その影を追う“別の影”も出てくる。
世界はそういうふうにできてる。」
詩織は静かに頷く。
その仕草は、まるで秋田の夜に溶け込む影のようだった。
◆ 東京・市ヶ谷
一方、市ヶ谷の防衛省では、外国人記者の増加が話題になっていた。
「カナダの記者が東北入り?何の取材だ?」
「内乱なんて起きてないぞ?」
「ロシアの誤解が国際ニュースになってるのか?」
統幕長は頭を抱えた。
「影の組織なんて存在しない。
だが、存在しないものを探し始めた国があると、
存在しないものが“存在するように見える”んだ。」
背広組は顔を見合わせた。
「……まるで、誰かに物語を読まされているようだ。」
◆ 秋田の山中
カナダ国籍の記者たちは、なぜか秋田へ向かった。
そして、山中で奇妙な光景を目にする。
迷彩服を着たサバゲーマニアたち。
模造銃を抱えた若者たち。
山中に張られたテント。
そして、意味深な無線のやり取り。
記者たちは震えた。
「これが……日本の影の部隊……?」
もちろん違う。
ただのサバゲーだ。
だが、ロシアが誤解し、
世界が誤解し、
そして記者たちも誤解した。
影は、存在しないのに、存在してしまった。
◆ 川反の料亭
その報告を聞いた阿久津は、静かに笑った。
「影ってのは、実体がなくてもいい。
誰かが“ある”と思えば、それで十分だ。」
詩織は静かに杯を置いた。
「では、博様。次の一手を。」
阿久津は障子の向こうの夜を見つめた。
「影の戦争は、まだ始まったばかりだ。」
どこかで鳥が鳴いた。
秋田の夜風が、わずかに揺れた。
カナダ国籍記者たちの訪日は、
ただの国際報道ではない。
それは、世界が“影の日本”の存在を信じ始めた証拠だった。
影は、実体がなくてもいい。
誰かが「ある」と思えば、それで十分だ。
そして、ロシアが誤解し、世界が誤解し、
ついには記者たちまで誤解した。
秋田の山中でサバゲーに興じる若者たちを、
彼らは“影の特殊部隊”と信じた。
川反の料亭を、彼らは“秘密会合の拠点”と見た。
阿久津のゴミ屋敷を、彼らは“地下司令部”と断定した。
影は、存在しないのに、存在してしまった。
そしてその影を操る男は、
川反の片隅で冷や酒を飲みながら、静かに笑っている。
世界が影を追い始めた時――
影の戦争は、本当の意味で幕を開ける。




