寝耳に水の総理と霧の中の女帝
国家の中枢に届くはずの情報が、なぜか届かない。 総理官邸で開かれる国家安全保障会議は、まるで“演出された混乱”の舞台。 弱小派閥の長として総理の座に就いた男は、理想と現実の狭間で揺れながら、 自らの首を守るために、何が“本物”なのかを見極めようとする。 だが、霧の中で動くのは女王たち。情報戦の本丸は、秋田の地にあった。
弱小派閥の長である現総理には、寝耳に水の中朝側の行動であった。
いや、まだ中朝の関与は明らかになっていないが、想像できる者は多いだろう。
「俺は、何も聞いておらんぞ」
彼は一日でも長く総理を務め、派閥の影響力と資産を増やしたかった。これでは、総理の座も危うくなる。アメリカの出方では、自分の物理的な首も危うい。
中朝国に融和的な政治家として、自分は認識されているはずだ。
いや、自分の宗教観では、だれもが平等である国家体制の方が望ましい。だから、西側諸国がもっと中朝国を豊かにすれば、専制政治も緩むであろうし、その国家理念を見習って過度の競争を避ける国家も増えるはずである。しかし、
「戦闘状態には入って居るのか?」
総理官邸で未明から開かれている国家安全保障会議(NSC)では、その一点をもって譲歩も止む無しという脆弱な意見を推そうとしている。
「盛岡方面に一時、現れた集団のその後の動向が掴めないのが、痛いな」
同じく中朝国シンパな総務大臣が、何とでも取れるような発言をする。
「田沢湖あたりに出て来るのでは?」
正式メンバーではないものの参加している、宗教団体代表ともいえる国土交通大臣が楽観的な発言を行うと、防衛大臣がそれを否定する。
「情勢は混沌としており、義勇軍?側にも、そのカウンター側にも現役自衛官が参加していることの確認が取れました。盛岡方面はすでに戦闘行為が行われたとの推論も」
「それはシビリアンコントロールからの逸脱じゃないか?現場将校の反乱とも言えるぞ」
発言権の無いはずの、国交大臣が吠える。
「それが、部隊からの命令は一切なく、各自が休暇中の個人意志での参加のようで」
防衛大臣にとっても、誰を信用していいのかわからない中での、ようやく得た情報であった。
「アメリカは深い懸念を正式に伝達してきております。三沢基地は厳戒態勢に、そして我が国に制御能力は残っているのかとの質問も来ております。もしもの際は、秘密協定に基づいての行動もと」
外務大臣が、余計なことはするなと言外に釘を刺した。彼は、唯一政権中枢のトレンドから外れた政治家であった。と、言うよりも総理近辺にアメリカ他西洋諸国と伍して交渉できるような人材は、皆無だったのだ。ひどい外れくじを引き受けたと思っていた彼も、これほどの外れをひいてしまうとは思っても居なかった。逆に歴史に名を残せる目も有るかと、諧謔的に事態の動向を観察していた。
「義勇軍は、サバゲーの趣向の一端で、東北独立とかアイヌ云々はプロレスでいうところの『アングル』に過ぎないとの指摘がSNSで急増しております」
分析官が、報告をする。
「アングル?何だそれは?」
榛葉総理にとって大事な点はそこでは無いはずだが、尋ねずにはいられない。
「事前に選手同士の確執やライバル関係を演出しておく演出のことです。これで試合が盛り上がり、ファンも感情移入しやすいと言われています」
「では、すべては茶番だったと言うのか?」
「いえ、実際に中朝国は日本海まで進軍しておりますし、国内の諸勢力も本気で動いていたはずです」
「実際に、戦闘行為も確実とは言えませんが…次は大館市の東で実際に起きるはずです」
冗談のような報告に、室内は騒然となった。
☆☆☆☆陸上自衛隊、秋田駐屯地 隊舎内☆☆☆☆
臨時作戦本部と化したその部屋に楕円状のテーブルが持ち込まれていた。
熊谷真実が、パソコンを二台交互に操作しながら、
「欺瞞情報はこんな感じかな?僕、良くわからないけど」と静子に確認を求める。
「大丈夫。今頃、オールドメディアへの圧力も始まっているはずだから」
静子は自信満々に、笑みを浮かべる。そして、詩織に視線を移すと、その意味を正確に受けとった詩織は、肩をすくめる。
「どちらからの働きかけなのかは、判らないけど、東北中のテキヤが周辺に屋台を出すそうよ」
「無駄な行動への労い?」
「まあ、中には未だに博徒との違いを出したい香具師よりの方々も健在だからね」
看護師長であるはずの詩織だが、なかなかにその方面にも知識があるようだ。
「詩織ねえの個人的なお仲間じゃないの?」
「お仲間じゃないわよ。ちょっと旦那のしでかしの後始末をしているうちに、地回りの若頭とか仲良くなったくらいで」
誰も口には出さなかったが、詩織の場合、祖先が守ってきた力も有るだろう。もしかすると熊谷真実以上の本物の「姫様」いや、やっぱり「姉御」の方がしっくりくるが、血の力は未だに健在である。
「じゃ、これからは個別に丁寧に処理をしていきましょう」
女王の中の女王、「女帝」としての貫禄で詩織は周囲に指示を出していた。
今回もお読みいただきありがとうございました。 総理の「寝耳に水」の狼狽、NSCの混乱、そして“アングル”という演出概念の導入。 国家の安全保障が、まるでプロレスのリング裏のように語られる中、 真に動いていたのは、秋田駐屯地の女帝たちでした。 詩織の「姉御」的な貫禄と、地元のテキヤ・香具師との繋がりが、 国家の情報網を凌駕する“地霊の力”として描かれたのではないでしょうか。 次回、大館市東で何が起こるのか——霧の中の真実を、また一緒に探りましょう。




