陸奥側の困惑 中朝国の焦り
仙岩峠の霧の向こうで、誰が本物で誰が幻なのか—— 情報が遮断され、誤認が戦闘を呼び、正義が報道によって塗り替えられる。 今回のエピソードでは、陸奥側の沈黙と中朝国の焦りを通して、「見えない戦争」の輪郭が浮かび上がります。 そして、潜水艦の浮上という一手が、国家の過信を揺るがす導火線となるのです。日曜の静けさの中で、どうぞこの“静かな爆発”をお楽しみください。
中朝国は、東の独裁国家と覇権国家の連邦である。
より強大な軍事力を求めた大将軍と、独裁政治を世襲させたい国家主席の思惑が合致し、大将軍の愛娘に国家主席の息子を婿入りさせるという、まるで春秋戦国時代の政略もどきを伴い、連邦国家へと衣替えをした経緯が有った。
そして、もともと東の小国を併呑しようという浸透作戦と、金づるとして各種工作を行っていた二国家の政略に、小国の政治的混乱や東北・北海道・沖縄の世論、お花畑な教育・言論界と、落ち穂を拾う感覚で政治的目的を達することができる条件が揃ったように、中朝国指導部には見えた。
全てが、うまくいっている。
得てして、そう見える時には疑ってみるものだが、国家の体制がそれをさせなかった。
「大将軍、千歳万歳。国家主席、千歳万歳」
最高指導者たちに誤謬があるはずが、ないのだ。
それだけに、計画の停滞は現場指揮官の無力怠慢とされる。
当初の計画では、東北の独立を願う一部の勢力が大館市と角館を占拠し実力を示しつつ、その勢力下に虐げられ続けていた中朝出身者・アイヌ・沖縄市民が参加していることを、同情的に報道する。日本国が治安維持活動として、鎮圧の姿勢を見せた直後に日本海に潜む、正規軍が敦賀・新潟・秋田に上陸して橋頭保を築き、その後の交渉で北日本の一部を割譲させるか、最低でも港湾都市に駐留軍を置くことを呑ませる予定であった。
それが、
「盛岡方面、沈黙です。報告も指示への応答も有りません」
「十二所、これは大館市の東ですが、ここで北の部隊も進軍を停止しております」
初手から予想外の報告が続いているのだ。
日本海で指揮を執っていた方面軍の将軍にも、悲報が告げられた。
「後方で、急速な浮上音、日本の潜水艦に追尾されていたようです。しかし、浮上の理由は不明」
「まさか、すべて把握されていたというのか?そんな情報は一切上がっていなかったはず」
「はい、日本国の政治上層部には貸しが有りますから、事前の動きが有れば情報がもたらされているはずです」
ソナー手の報告に将軍と副官が、推論を述べ合うと、政治将校が近づき怒鳴り出す。
「なんだ、現地は無能ばかりと思っていたが、ここも無駄飯食いだらけだったのか?我は、何と大将軍に報告すればよいのだ」
「大きな声を出すと魚雷で狙われますよ」 将軍が諫める。もちろん嘘だ。敵潜水艦は浮上中で、こちらの音など拾えるはずもない。 だが、怒鳴る政治将校に“沈黙の恐怖”を植え付けるには、十分だった。
日本側としては潜水艦を晒す博打は、一手でも二手でも中朝国側の動きを抑えるための苦衷の策であった。新垣一佐のほぼ独断でもあった。しかし、これが中朝側の困惑を深める、思わぬ効果が有った。
「何とかするのだ」
政治将校は、何の具体性もない指示を繰り返すと、誰の責任に擦り付けるべきかを考え始めた。
「やはり軟弱な半日本人だ。あとは南の低能属国人どものせいだな」
☆☆☆☆県境の山中にて☆☆☆☆
南部の携帯が鳴った。
「儂だ。うむ、知っている。陸自が展開している?そんな話は、聞いていないぞ。だがここは慎重に行くべきだな。偵察は出しているのか?あちらの連中の考えは?なるほど…」
苦悩の表情は、相手に見えるはずもないのだが、演技だったらしい。
電話を終えると、南部は飄々とした表情に戻り、阿久津に頷く。
「やはり、そちらのサバゲー?の人員を視認して、正規の自衛隊かどうかで揉めているらしい」
「まあ、中にはイベントの告知を目にした者も多いでしょうしね」
「そこで、彼らが躊躇するのは、本物なら自分たちに被害が出かねないし、本当に素人のゲームだとしても、誤解から戦闘行為にもつれ込んだ場合、義勇軍は同じ東北の民間人を死傷させた悪の集団となってしまうというジレンマだの」
「なかなかに先が読める指導者が居て、助けられます。自衛隊とはぶつかり合う気、満々だったはずですが、それは正義の行為と報道する予定だったので?」
それは蛇足な質問だった。もちろん左派系のロートルメディアが嬉々として、自衛隊の横暴を非難するであろうし、悲劇の市民団体として「東北義勇軍」の活動を賛美するはずだ。市民団体が「軍」を名乗っていることに矛盾は感じない稀有の才能持ちが多い業界だ。それは「し〇き隊」「お〇こ組」等の扱いで実績がある。
「今、本当に信頼できるものとの連絡をさせている。まあ、今のところは遅滞程度で、離脱は難しいだろうが…」
「向こうにも防諜のプロや、現役自衛官が居ますからね」
中国人妻とその家族を人質にされて、中朝側の犬と化してしまった自衛官は、数百名規模で居た。
主に鹿角市方面には、その道のプロが揃っていた。
「ところで盛岡方面は、本当に熊がやったのか?」
南部が疑問をぶつける。確かに、こちらの部隊は愚連隊やチンピラ、自衛官崩れと格落ちの感は否めないが、霧散するとなれば相応の戦力で迎い撃ったはずだ。
「いや、熊が増えているとお話しましたよね」
阿久津は、なおも惚けるつもりのようだ。
☆☆☆仙岩峠の茶屋☆☆☆
「最近、ごつい客が多くね?」
店員の初江が、同僚にささやいた。
「おめ、知らねがったのが?何だか、イベントやってるてよ。鉄砲撃ちの」
厨房のメイが、忙しいなか答える。
「でも、迷彩服とか着込んでいる若げものがたと違って、何て言うか背広着た年寄りの方がゴツイ気が」
初江は、店内を見渡す。
あまり流行りのスーツとは思えない、平凡な格好の中高年の姿が、普通よりも背幅が大きいように見えるのだ。
「ごちそうさまでした」
今も礼儀正しく、食べ終わった客が帰ろうとする。
「あの、すみません。皆さん、サバイバルゲームの参加者なんですか?」
好奇心旺盛な初江は、疑問を抑えることが出来なかった。
「え?皆さん?」男は、びっくりしたように店内を見わたすと、頭を掻いた。
「いや、もしかするとサバゲーの運営の方とかかな、僕は一応取材に来ただけだけど」
「そうなんですね」
「これでも、学生時代はラグビーをやっていたけど、確かにあの人たちはゴツイね」
男は笑いながら店を出た。駐車場に停めたレクサスに窮屈そうに乗り込むと、電話をかけ始める。
「いや、あまり同じ時間帯に食事取らない方が良いかもな。お店の女の子に、関係者と見抜かれてたよ。あと、各自、車の中で補給するかだな~」
少し車を走らせると、間伐材を積んでいる敷地内に入っていく。国道からは、陰になるところ。
車から降りる時には背広は脱いでいた。
胸筋が自己主張をしきりにする歩き方で、プレハブ小屋に入っていく。
「どうだ、まだ元気か?」
小屋の中でコーヒーを呑んでいた男が頷く。
「まあ、空元気でしょうね。さっき拷問の方法を教えてやったら、さすがは中朝ルーツ、動じなかったので、洗脳方法を仄めかしたら実体験でもあるのか、青ざめてましたよ」
「通信機を持つ者、指揮を出来そうな者は大体処理済みだから。後は道に迷っている、哀れな遭難者を救ってやるだけだな」
「まあ、実弾入りの銃を持つ遭難者ですがね」
「いや、早く助けてやらないと、本物の熊にやられかねない」
「確かに、こいつらの根性では、銃を持っていてもイチコロでやられてしまうでしょうねえ」
これらの会話を簀巻きにされ、床に転がる男は身をよじりながら聞くが、本物の熊に遭遇する前に熊のような男どもに確保されたことは幸運だったのかも?との思いも生じていた。
お読みいただきありがとうございました。 仙岩峠の茶屋から始まった今回の物語は、情報戦と心理戦が交錯する“霧の中の将棋”でした。 南部と阿久津の会話、茶屋の違和感、そして簀巻きの男の運命。 それぞれが、国家の構造を揺さぶる静かな一手となっていたと思います。 糖分が飛んでいった方は、ぜひ日本酒で補給を。 次回は、鹿角市方面の“プロ”たちの動き、あるいは“熊”の正体に迫るかもしれません。 また霧の中でお会いしましょう。




