円卓の女王 熊谷真実の場合
円卓の女王たちは、それぞれ異なる道を歩んできた。 今回登場するのは、熊谷真実。 一見すれば、ただの“僕っ子YOUTUBER”。 だが、彼女の発想力と行動力は、やがて時代を動かす「発想キチネキ」と呼ばれるほどの影響力を持つことになる。 その転機となったのが、阿久津との邂逅だった。
これは、彼女が“ヒメ”になるまでの物語。
駆け出しのYOUTUBERだった頃の熊谷真実の心は、いつも砂を噛むように乾いていた。再生数に囚われ、何をやっても伸びない数字に、自分の限界を思い知らされていた。
ある日、気晴らしに友達に誘われて入った小料理屋のカウンターの隅に、その男は居た。
店主と周りの客を巻き込んで独壇場を演じるその男を、真実は芸人か何かとも思ってみたりもした。周りの話では普通の常連客だと言うが、その場の空気を支配する力は異様だった。
その内に、その場に居る7人の若者を、自分の行きつけのスナックに招待すると言い出した。
店主も行って来いと話しているので、いつもの事なのかと周りに流されるようについて行った。
その店は確かに男の行きつけだったが、店のママに「あんたねえ!」と叱られてシュンとする姿をみることになるのは、入店してしばらくしてからだった。
何とこの男、ほとんど持ち合わせも無いクセに、大きなことを言って彼らを案内して来たらしい。
(ダメな大人の典型じゃん)真実はそう呆れた、その瞬間、笑えてきた。久しぶりに、涙を流すほどに笑った。付いてきた他の子たちも、笑っていた。
誰も、男を怒っていない。「仕方ねえな」3人組の男のグループが財布を出すと、他の二組も「阿久津さんの勢いについ乗っちゃったよ」と笑った。面白い出会いだったと、割り勘の算段が進んでいった。お互いにLINEの交換もした。
「阿久津ちゃん、本当にダメじゃない」
ママが延々と叱るうちに、場の空気を静めるような美貌の女性が入店すると、妻と名乗り一人一人に謝り始めた。
「いえ、もともと楽しいお店を紹介していただくだけで、最初から割り勘のつもりでしたから」
3人組のリーダー格が、照れながら恐縮して見せ、他の6人もそれぞれ気にしていないことを告げ、それよりも阿久津さんも交えてカラオケでもしましょうと場を和ませた。
それが阿久津博と詩織を知る契機だったのだが、真実は詩織に懐いて、その伝手で佐伯静子や横田恵との縁も出来た。駄目な阿久津さんでも、それなりに生きて、あんな素敵な女性と暮らしているという事実が、彼女のそれまでの常識と節度を破壊した。その後の彼女は吹っ切れたように「わがまま僕っこ姫様」キャラで動画配信者の群れを推し分けて進んだ。それは、三人の女王による物心両面の応援も有ったが、何よりも彼女が他の三名から常に刺激を受けて、それを自分なりのスタイルで表現できるセンスが有ったことが大きかった。
知名度が上がれば、他の思い付き(静子姉にマーケティングの相談はしている)の商品化やイベント企画も収益を上げるようになっていた。何人かのインフルエンサーと臆せずに付き合うことも出来ていた。
そこでこの度の「サバゲーやらない」の唐突なイベント告知だ。
何かを感じた者は義務感で、感じなかった者も興味本位で、瞬く間に史上初の規模と参加者を数えた。なぜか社名を明らかにしないスポンサー群、体躯と所作で元か現役の自衛官とわかる参加者、どれを見ても異様なイベントになっていた。
「それでは会場まではバス移動になります」
受付でアナウンスがされ、参加者たちはバス乗り場へ移動し、そこで一様にギョッとする。
「装甲車風のバスかぁ」
「雰囲気、出てるな」「さすがヒメちゃん」
彼らは知らなかった。駐車場で一心に誘導をしている男が、横田恵にしごかれて弟子入りした過去が有る、現役士官として最高位でいることを。
羽後側の準備は整った。
熊谷真実は、目立ちたがりでも、計算高くもない。 ただ、思いついたら動く――それだけのことが、時に世界を動かす。 阿久津との出会いが、彼女の“発想”に火をつけたのかもしれない。
次回、円卓の空席がまた一つ埋まる。 その席に座る資格とは何か。 少しずつ、答えが見えてきた気がする。




