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第8話 バ美肉おじさん、奮闘する

お待たせしました。

 掃除に夢中ですっかり忘れていた。


 そういえば幼い姉妹は文字を読めるのだろうか。


「タンザちゃん、あなたは文字の読み書き、できる?」

「ううん」


 彼女は首を横に振った。


「お母さん、教えてくれなかったの?」

「んーとね、いつもお仕事が忙しいって。帰ってきたらすぐに寝ちゃうの」

「そう……」


 これは後で簡単な文字の読み書きのための学習本買い与えた方が良いかもしれない。


 次から次へとやらなければいけない事がどんどん出てくるな。


 あと歯ブラシと歯磨き粉も買っておかないと。


 暖を取るための電気ストーブは部屋の片隅にあったから良いとして、他には何が足りない?


 あれこれと考えてるとタンザちゃんが近寄ってきた。


「どうしたの?」

「トイレ」

「トイレなら水が出るようになったから使えるよ?」

「うん……」


 何か困った顔してるな。


 しばらく無言でいたタンザちゃんだったが、何かを決意した表情で俺の手を握る。


「お姉ちゃん」

「何?」

「びっくりしないでね」

「ん?」


 そう言うと彼女はトイレのドアの前に立ち、取っ手を握って開いていく。


「…………うげ」


 廊下に放たれる悪臭。


 恐る恐る中を覗き込むと予想通りではあるが、予想したくない光景があった。


 洋風便器の中一杯に大便が積み重なっていた。


 水が出なくなっても容積に余裕があったから使用していた事がうかがえる。


「うわー……マジですか……」


 この量を流そうとしても水が逆流して汚物と共に床へと溢れ出すだろう事は予想できた。


 しばし呆然としていた俺は気を取り直して状況分析を行う。


 幸いにも今は1月。虫が発生していない。


 まずは水が流れるように汚物を一定量取り除かなくてはならない。


 片手で持てる小さなスコップが必要だな。


 便器が傷付くといけないからプラスチック製が良いだろう。


 便器から取り除いた汚物を一時的に置いておける入れ物がいるな。


 猫用の平べったい開放型トイレなんか良さげである。


「タンザちゃん、おトイレ我慢できる?」

「……うん」

「ちょっと待っててね、使えるようにするから」


 掃除が済むまで時間がかかりそうだ。


 おまるも追加購入決定。


 早速、関連商品を扱うホームセンターに空間を繋ぐ。


 購入できたが、猫用トイレとおまるが大きくて窓の開口部に引っかかり通らない。


 どうする、どうする?


 窓が邪魔なんだよなあ、どうにかできないかと思ったところで気がついた。


 窓を窓枠から一時的に取り外してしまえば出し入れ出来るんじゃないのか。


 物は試しとやってみたら上手くいった。


 やればできるもんだと自画自賛する。


 窓を再び取り付けてホームセンターとの繋がりを遮断すると、宝石姉妹の部屋へ繋いで購入した物を運び込む。


「タンザちゃん、トイレが使えるようになるまでこのおまるを使って!」

「おまる?」

「使ったことある?」

「ない」


 タンザちゃんに身振り手振りで使い方を教えるとどうにか排泄を済ませることができた。


 ついでにモルガちゃんも催したらしくすぐに使用してもらった。


 すっきりして人心地になる2人をよそに、俺はトイレ掃除に立ち向かう。


「気が滅入るが仕方ない。我慢我慢」


 マスクとビニール手袋、エプロンを装備して掃除に集中する。


 汚物にプラスチック製スコップをゆっくりと差し込んでそっと持ち上げ、猫用トイレに移し替える作業を続け、便器の中の汚物をある程度取り除いたところでレバーを回した。


 緊張の瞬間である。


 残った汚物が抵抗したものの、為す術もなく水流の勢いに押し流されていった。


「よっしゃ、これで勝つる!」


 タンクに水が貯まるまで一定量の汚物を投入し水を流しての繰り返し。


 ついでにおまるの中も処分しておく。


「作業終了!」

『おー』


 俺が万歳すると2人もつられて両手を挙げた。


 よく耐えてくれた、とプラスチックスコップと猫用トイレを労うとアルコール噴霧器でこれでもかと言うくらい噴霧してからゴミ袋に放り込んだ。


 もちろん焼却処分場行き。


 念のためトイレの室内もアルコールを噴霧して消毒する。


「2人共、これで今まで通りトイレが使えるようになったから安心してね」

「ありがとう、お姉ちゃん」


 今度こそ、宝石姉妹の住む範囲内は掃除が終わったと言える。


 外を見ると日が沈み辺りはすっかり暗くなっていたので、今日はここまでにしておこう。


「タンザちゃん、モルガちゃん。私はこれで帰るから」

『えー』

「また明日。ね?」

「……うん」


 抗議する姉妹の頭を撫でると2人とも不承不承頷いた。


 窓を閉じるとサッシの周囲に置かれたゴミ袋の山を見てため息を吐く。


 視線を上げて硬直した。


 いつの間にか傍に更紗が立っており、笑顔ではあるが頬がひくついている。


「あー、更紗さん? お早いお帰りで」

「何、これ?」

「ちょっと人助けを」

「詳しく、ね?」

「はい」


 笑顔が怖くて頷くしかなかった。


 事の次第を話すと更紗はしかめ面で唸る。


「まあ、そうするしかなかったってのは理解したよ? けどね」


 更紗がすうっと息を吸い込む。


 あ、これ大声上げる予備動作だわと感じたが対応する時間など与えてくれはしない。


「部屋の中が臭いの! 物凄く!」

「ごめんなさい!」

「片しなさい、今すぐ!」

「やります、やりますから!」


 手間がかかるがしょうがない。


 これらを処分するため慌てて仕分けを始めた。


◆     ◆     ◆


 宝石姉妹の家の中を大掃除してから数日経った。


 あれから彼女達の部屋にタブレット端末を持ち込んで色々な動画を視聴してもらい、暇を潰すのと同時にお絵描き帳にクレヨンで色塗りやらせたりしてる。


 それはそれとして、いつまでも2人に構うわけにもいかないので後ろ髪を引かれつつ今日は俺本人が配達を行う。


 その日も無事に配達を終え事務所に戻り、バックパックを片付けると所長を見かけたので声をかける。


「所長、お疲れ様です」

「ご苦労さま」

「今日はこれで帰ります」

「ああ、うん」

「……どうかしましたか?」


 所長から歯切れの悪い返事におやと首を傾げて尋ねる。


「いや、今度入ってくる新人達なんだけどさ」

「達? 多いんですか?」

「百人以上。 それもいっぺんに」

「はい?」


 あまりの数の多さに思考が止まりかけた。


「どういう事ですか?」


 所長が頭を捻りながら答える。


「それがねえ、とあるNPO団体を経由して入って来るんだ」


 所長が出したNPOの名称には俺も聞き覚えがあった。


 確か自称国営放送のTVやラジオ番組で代表者の女が繰り返し出演してるとか言う有名な慈善団体だ。


「何で私達の職場にNPOが?」

「彼ら曰く『生活に困窮してる人に仕事の斡旋を』なんだそうだ」

「……主張を聞く限り、まともな事を言ってるようですが」


 特に怪しげな団体ではなさそうだが、所長は何を警戒してるんだ?


「うん。それでね、送られてきた人員の名簿を元にちょっと調べてみたんだけど……」

「何か問題が?」


 所長が顔をしかめた様子からして良くない内容みたいだ。


「有り。大有り。名簿内の大半が曰く付きの人間ばかり」

「暴力団とか?」

「そこまでではないけど、多重債務者が多いね。次にホームレスだった人」

「だった?」


 多重債務者とは穏やかではないな。


「このNPOにすくい上げられた事でホームレスから脱出したようだね」

「良い事じゃないですか」

「ただね、噂を聞く限り良くないものばかりなんだ」

「例えば?」


 借金とは無縁の生活をしていたから、その辺の事は詳しくない。


「再就職させて働かせるのは分からないでもない。だけど彼らに支払われる給料の上前をはねるのはやり過ぎだと思う」

「えぇ……」

「後はタコ部屋に押し込めて生活させるとかだね」

「何ですかそれ。私だったら逃げ出しますよ」


 慈善団体とは名ばかりのブラックじゃないか。


「みんな年を取りすぎてるから連れ戻されてるみたいだけどね」

「労働基準監督署は何してるんですか」

「それがねえ、どうも動いてないんだよ」

「ヤバそうな臭いがプンプンしますね」


 俺達がそれに巻き込まれるのか?


 冗談じゃないぞ。


「それで君たちに通達しておくよ。トラブルはごめんだから、なるべく彼らに近づいて話しかけないように」

「それについては分かりました。けど、それだけヤバいと向こうからちょっかいかけてくると思いますよ」

「そこなんだよねえ」


 ふと、思いついたことを口にしてみる。


「いっその事、ボイスレコーダーとボディカメラを装備させますか?」

「そのお金はどこから?」

「個人負担で」


 会社は出してくれないだろうし個人対処するほか無いが、所長はため息を吐く。


「全員が全員とは言わないけど、嫌がる方が大半だと思うよ」

「確実にとはいかないけどトラブルを回避できるなら装備した方が良いんですけどね」

「んーまあ、そうだね」


 何の対策も取らないと、どんな面倒事に遭うか分かりゃしない。


「酷いやり口だと何も無い所から、さも起きたかのように吹聴して既成事実化してきますから。言った言わないの応酬よりも証拠になります」

「……分かった。じゃあ乃東君達の説得を頼んだよ」

「所長からしてくれませんか?」


 いつもの通達はしないのか。


「上から命令という形になっちゃう。いらぬ恨みは買いたくないよ」

「ああ、なるほど。……なら私から話を通しておきます」

「申し訳ないね」


 仕方ない。自宅に戻って調べ物をしてから乃東君に連絡しよう。


◆     ◆     ◆


             [乃東君、今大丈夫か?]


[どうした?]


                 [通達読んだ?]


[ああ]

[NPOも余計な事しやがる]

[ただでさえ注文の取

り合いが激しいのに]


                 [それに加えて悪

                い知らせがある]


[何だよ]


              [連中とのトラブル回避

              のために個人負担でボ

              イスレコーダーとボデ

              ィカメラを購入、身に 

              つけてほしい]


[おい]

[あれ結構な額したはずだろ]

[無理だ]


              [別に本格的な物じゃな

              く安いので良いんだ]

               [いざという時、証拠

               があれば勝てるぞ]


[勝つって何に]


                     [裁判]


[いや、まさか]

[大げさな]


              [あのNPO、過去に裁判

              沙汰になって勝訴して

              るんだが相手側との主

              張が食い違ってる]

              [で、そのままNPO側の

              主張が全面的に正しい

              と判決された]


[それが?]


              [ボイスレコーダーとか

              無いと証拠をでっち上

              げされて真実とされか

              ねない]


[マジか]

[けどよ、何でそん

な事考えるんだ?]


             [やり口が似てるんだよ]


[何に?]


                    [暴力団]


[仮にそうだったと

して、何が起きる?]


              [俺たちに難癖をつけて

              バクバク・イーツから

              追い出して乗っ取るん

              じゃないかな]


[おい、おい待て]

[あり得るのかそんな事]


              [乃東君は大丈夫だろう

              けど、他の若い人達は

              社会経験足りてないか

              らすぐに暴力に走りそ

              うだ]


[う]


              [そこを別の誰かにスマ

              ホで録画されてたら終

              わるよ?]


[分かった]

[皆にボイスレコーダーと

ボディカメラの購入と、く

れぐれもバカな真似はする

なと伝えとく]


                    [頼むよ]

               [せっかく気楽な職場

               を見つけたんだ]

                 [失いたくない]


[それは俺も同じだ]

[他に話は?]


               [無い。今日はここで

               失礼するよ]


[ちょっと待て]

[ネットの俺ら専用

スレは見てるか]


                  [最近忙しく

                  て見てない]

                 [どうかした?]


[俺も仲間から聞

いただけなんだが]

[スレを立てても短

時間で潰されるとさ]


                    [はい?]


◆     ◆     ◆


 潰されるって誰に?


 俺はよく分からず首を傾げた。

続いて次話の再編集作業に入ります。

出来上がり次第、再投稿します。

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