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第5話 帰された姉妹

続けて投稿。

感想にてこの回だけ第三者視点が突然入っているので分かりづらいとの指摘を受けたので該当箇所に※◯◯視点と書き加えました。

読者の皆様を混乱させた事を謹んでお詫び申し上げます。

 カレーを食べ終えると皿を水で満たした桶に浸けておいて、所長と窓越しに会話する。


「それで所長、どうされますか?」

「条件を追加しても良いかな?」


 いつになく真剣な顔の所長に居住まいを正す。


「何でしょうか」

「こうやって定期的に食事してくれるだけで良い」

「あー……」


 まあ、それくらいで秘密が守られるなら安いものか。


 というか所長、バ美肉した弓の虜になってないか?


「取引成立、ですね」

「やった、窓越しとは言え2人きりの食事……」


 それほど感動する事だろうか。


「失礼ですが、奥さんと娘さんとは団らんしてないんですか?」

「いやあ、前いた企業からリストラされたら邪険に扱われちゃってさ」

「うわあ、世知辛い」


 普通は失意にある旦那を励ましたり支えてあげたりするだろう。


 いくらなんでも酷すぎる。


「多少なりとも心が休まったよ、ありがとう」

「まあ、これくらいでしたら……」


 所長の生活を垣間見て、結婚とは何かと哲学に陥りそうになった。


「でも、弓の事を黙っているとしてもGPSで表示される以上は誤魔化しが効かないと思いますが」

「何、心配しないでくれ。やり方はあるさ」

「はあ、それなら所長に任せます」


 俺にはそのやり方が想像つかないが、何かしら方法があるのだろう。


「弓ちゃんとの食事のためなら頑張るさ」

「ありがとうございます?」

「カレー、美味かったよ。じゃあまた」

「お粗末さまでした」


 所長は席を立ち、帰っていった。


 とは言え、さすがに明日も弓で出勤したら本体の俺が怪しまれる。明日は本人が仕事しよう。


◆     ◆     ◆


※所長視点


 自宅へ帰る足取りが軽い。


 スマホでばびにくなる言葉を検索すると『バ美肉』とその意味が表示され、ふむふむと頷きながら歩く。


「本体が気になるけど、気にしない事にしよう」


 今後が楽しみである。


「『推し』の意味が理解しづらかったけど、こんな気持ちになるのか……人生捨てたものじゃないねえ」


 こんな楽しみ、誰が他人に教えるものか。


 これは俺だけの特権だ。


「今夜はぐっすり眠れそうだ」


 男はスキップしたい感情を抑え込みながら、住宅街を通り抜けて行った。


◆     ◆     ◆


※倉坂規視点に戻ります


 俺本人のバクバク・イーツの仕事内容は変わらない。


 下手にバ美肉した弓と行動を似せると、他人に怪しまれる可能性がある。


 しかし、専用端末には彼女が登録したいわゆる食生活に困っている人達がいる。


 彼女が不在の時、はたして彼らが注文した料理が誰かによって届けられるのか心配だ。


 端末を覗くと、登録された住所からの依頼がぽつぽつと入っている。


「無視するわけにはいかないよなあ」


 結局は行動が似てしまうのである。


 かと言って俺の顧客を放っておくわけにもいかないので、同時並行になるが。


「住所が離れてるのがネックなんだよな」


 まあ何もかもが上手く行くわけがないので、仕方がない。


 俺本来の顧客達へ配達に行くと。


「ん? 今日はあの娘じゃないのか」

「ずっと働き続けるのもどうかと思い、交代でやってます」

「……君、あの娘とどういう関係?」


 不審そうな顔つきで睨まれる。


 ストーカーにでも遭ってるのではないかという疑わしい目つきだ。


 全くもって心外だ。


「私の姪ですよ」

「え、そうなのかい? 顔立ちが似なくて良かったねえ」

「まったくです」


 疑いは氷解したようだ。


「もののついでなんだけど、あの娘紹介してもらえないかい?」

「あいつ彼氏持ちですよ」


 悪い虫は今のうちに払い除けておかねばと嘘を吐く。


「まあ、あれだけかわいいならなあ。そうなのかあ、残念」

「毎度ありがとうございました」

「次はあの娘が来るよう頼むよ」

「交代制ですってば」


 以上のように、似たりよったりの対応を受けた。


 そうかい、皆顔立ちの良い弓がお望みかい。


「私の番の時は配達はいらないって解釈でよろしいですか?」

「そんな事言ってない。ねるな拗ねるな」


 依頼者の1人から笑顔でなだめられた。


 納得いかないが我慢しろ、耐えるんだ俺。


 逆に、弓が開拓した低単価の顧客の1人の老婆に俺が行くと。


「何だい、あの娘じゃないのかい」

「まあまあ、そんな事言わずに。姪の弓から頼まれて配達しに来たんですから、そんなに邪険にしないでください」

「……へえ、あんた叔父なのかい。早く言いなよ、そういう事は」


 何とも理不尽な。


「姪とは交代制で配達してますんで、以後よろしくお願いします」

「あいよ、分かったよ。……それにしても……」

「何ですか?」

「あの娘、弓ちゃんって言うんだっけ? 昨日は頼んだらすぐに配達されたよ。どういう足をしてるんだい?」


 おっと、どうやって誤魔化すか。


「普通のスクーターに乗ってますが。……あいつ、そんなに速いんですか?」

「昨日は近くのスーパーのを頼んだんだけどね、えらく早く届いたんでびっくりしたよ」

「はあ」


 お客様相手に秘密をどう誤魔化すのか思案する。


「彼女、危ない運転してるのかい?」


 予想と違った。これなら答えられる。


「してたら今頃警察に捕まってクビになってますよ」

「……そうなのかい? ちょっと心配だったんだ。すまないね」

「いえ。それでは失礼します。毎度ありがとうございました」

「弓ちゃんによろしくと伝えておいてね」

「必ずや」


 何せ目の前にいるおじさんが弓本人なんだから、伝わったよ。


 以上、やはりこちらも似たようなやり取りをしたのが何十軒もあった。


 皆、心配し過ぎというか、極短期間で弓の人気うなぎ登りになってて驚いている。


 まさかとは思うが、ロールプレイングゲームで言うところの『魅了』の魔法がかかっていたりしないよな?


 そこそこのお金を稼いだら今日は店仕舞いしとこう。


 弓というバ美肉でかなりのお金を稼げるようになったから、俺本人の時はそんなに頑張らなくても良くなったのだ。


 顧客は大事にするけれど、新規開拓は弓に集中させれば良い。


◆     ◆     ◆


 そんな中、専用端末に1件の注文が舞い込んで来た。


 あいも変わらず低単価の依頼で何と10円。


 配達員を馬鹿にするにもほどがある。


 一体どこのどいつだと住所を見て困惑する。


 あれ、この住所ってあそこだよな。


 そんなまさかと思いつつ、注文通りの菓子パンと水の入ったペットボトルを買い配達先へ急ぐ。


 はたして、警察に通報し児童相談所に保護されたはずの姉妹の住んでいたアパートだった。


 玄関前に立って呼び鈴を鳴らすと少しして鍵の開けられる音がかすかに響いてわずかに扉が開き、目線を下げるとかなり低い位置にあった目と合う。


「こんばんは、バクバク・イーツです」

「……お姉ちゃんじゃない」


 新居でも入ったのだろうか、どうか外れてほしいという願いは裏切られた。


 もしかしなくても、あの姉妹の姉の方じゃないか!


「そのお姉ちゃんから話は聞いているよ。君のお母さんが知らないおじさんとどこかに行ってしまったとか」

「え」

「なるべくなら助けてあげてと頼まれている。だから俺が来た」

「そうなんだ」


 そういえば妹はどうしたんだろうか。


 極度の飢餓状態に置かれていたはずだ。


「妹さんは? 話せるようになった?」

「うん、てんてき、って言うのやってもらった」

「それは良かった」


 全然良くないけどな。点滴が必要なほど衰弱していたって事じゃないか。


「君たちはお巡りさんたちに預けたと聞かされていたけど、何でこの家に戻っているんだい?」

「……戻れって言われた」


 は?


「何故だい?」

「分かんない」

「お金は払える?」

「うん」


 低単価で払おうとするのは手持ちのお金があまり無いということだ。


「でも、僕たち配達員に払うお金が10円だけだと僕は生きていけないんだ。せめて300円は払ってほしいな」

「やだ」

「どうして?」

「わたしたちが死んじゃう」


 死ぬ、ときたか。


「今、お金はどのくらい持ってるの?」

「よく分かんないけど、3万円」


 おい、そんな額じゃあっという間に無くなるぞ。


「この間はそんなお金無かったよね? どうしたの?」

「お巡りさんとは違う人がくれた」

「児童相談所?」

「分かんない。でも、そうかも」


 ちょっと突っ込んで訊いてみるか。


「その人たち、君たちに何か言ってなかった?」

「うーん」

「教えて」


 姉はええと、と言いながら指を数える。


「…………命令だ、手に負えない、せめてこれだけでも、ってお金もらった」

「……ありがとう」


 命令。命令だと?


 しかも、手に負えない?


 これ、やばい案件なのではないだろうか。


「そういえば、いなくなった君たちのお母さんについて訊きたいんだけど、良いかな?」

「……何?」


 母親の事に尋ねられてもその表情は動かない。


 一体、どれだけの虐待を受けてきたのか。


「君たちのお父さんが見えないけど、どこにいるのかお母さんは何か言ってなかった?」

「…………お母さんが、『あの人はすごくえらい人の息子でたくさんお金をもってる』とか言ってた」


 偉い人、ねえ。


 ろくでもなさそうな組織の上の方の関係者か?


「そのお父さんがどうして君たちの所に来ないの?」

「……分かんない」

「お母さんが知らないおじさんとどこかに行った、って言ってたけど、そのおじさんはお父さんとは違うんだよね?」

「違う」


 これ以上は訊いても無駄かもしれない。


「分かった。他に何か思い出したら教えてね。……はい、待たせてごめんね。パンと水だよ」

「ありがとう。はい、お金」

「…………はい、お釣り」


 手のひらに載せられる1万円札。お釣りをごまかさず子供に返す。


 本当ならこの子達からお金は取りたくないが、特別扱いはしちゃあ駄目だ。


 俺の取り分、10円で見逃してやろう。


 ……次も?


 その次も?


 これからずっと?


 頭が痛い。


「じゃあね」

「おじちゃん、ありがとう。ばいばい」


 扉が閉められ鍵がかかるのを見届けた後、アパートを出た。


 すぐさまLONEを開く。


◆     ◆     ◆


                [乃東君、今大丈夫か?]


[どうした]


                 [放置子の姉妹の件だ]

                  [元の家に帰された]


[どういう意味だ]


                [警察も児童相談所も命

                令で引き取れないらしい]

                      [見殺しだ]


[んな馬鹿な事があるか!]


                       [事実だ]


[どうすんだ]


                [姪と俺がしばらく面倒を

                見てやろうかと考えてる]


[金は?]


                  [俺たちが立て替える]


[お前ら、そろいもそろっ

て馬鹿なんじゃねえの]


                       [だろうな]

                       [馬鹿だな]


[犬や猫じゃねえんだか

らほいほい拾うなよ]


                 [いや、拾ってはいない]


[あ?]


               [放置子は元の家に住んでる]

                  [俺の家も姪のもアパー

                  トだから限界がある]

                  [定期的に飯を運ぶよ]


[本当、お前らはさあ]


                     [皆まで言うな]

                     [それよりもこの

                     件で情報がある]


[何だ]


                      [放置子の蒸発

                       した父親だ]

                 [どこぞの組織の偉い人の

                 息子?だとか放置子が言っ

                 てる]


[おい]

[警察が帰したってそういう]

[今からでも遅くない]

[見捨てろ]


                   [そうはいかないよ]

                   [乃東君だって言っ

                     てたじゃないか]

                     [死なれたら寝覚

                      めが悪いって]


[言ったけどよ]

[……分かった]

[勝手にしろ]


                       [そうする]


[ただ、やばくなった

らすぐ手を引け]

[分かったな]


                     [気をつけるよ]

                   [それじゃ、お休み]


[ああ、お休み]


◆     ◆     ◆


 警察にも児童相談所にも頼れない。


 かと言って、あの姉妹を無断で引き取れば確実に警察がすっ飛んで来るだろう。


 素直に引き取ると申請したら?


 その場合、見えない圧力でもかかって引き離されるだろうな。


 八方塞がりだな。


 だからこそ隠れてこっそりと生き長らえさせる他ないわけだ。


 そうだ、生き長らえさせるくらいしかできないだろうが、彼女たちが就学年齢に達しても学校に通わせてもらえるかどうか。


 何年か先まで生きていても、それを知った悪人が放置しておくとも思えないし、直接害しにやって来る可能性も否定できない。


「何か、余計なことまで考えちゃうな……」


 とりあえず、もうそろそろ仕事を切り上げる時間だし今日の所はもう帰ろう。


 事務所に寄って端末とバックパックを返却すると所長に挨拶する。


「今日も無事配達終わりました」

「はい、ご苦労様。弓ちゃんによろしく」

「伝えておきます」


 今日は酒を少し多めに吞んで寝ることにしよう。


「……待ちなさい」

「はい、何でしょうか」


 数歩歩いたところで所長に呼び止められた。


「元気がないようだけど、何かあった?」

「ええ、まあ」

「ひょっとしなくても、先日の放置子の件かい?」

「ご存知でしたか」


 それなら話は早い。


「君たちがLONEでやり取りしてるのは承知してるよ」

「はあ」

「普段僕たち管理者は見るだけだけど、誰か悪事に走ったりしないかどうか、把握しておく必要があるからね」


 上司も大変だよな。何かあったら会社経営が傾くからな。


「まあ、理解できます」

「何か進展はあったかい?」

「むしろ後退、……悪化しました」

「何だい、それ」

「実は……」


 アパートでの経緯と乃東君と会話した内容を話すと、所長は顔をしかめた。


「ううん、ちょっと、これは……」

「どうしたんですか」

「正直言うとね、その姉妹に関わるのは止した方が良いと思うんだ」

「でも」


 所長が周りを見て人がいないのを確認すると、俺に届くくらいの小さな声で話しかけてきた。


「規君は行かないように」


 俺は、という事は。


「…………弓に?」

「こっそりと、直接アパートの中に運ばせるんだ」

「なるほど」

「接触自体にリスクが伴うのなら、表でしなければ良いんだ」

「おお……」


 その発想は目から鱗だ。


 何でその方法を考えつかなかった、俺。


 ホウレンソウは大事と改めて思い知らされた。


「さすが所長、お見それしました」

「ふふん、今度は温かいお肉たっぷりのシチューで手を打とう」

「仰せのままに」

「ふふふふふ」

「くくくくく」


 どちらからともなく声を殺して笑い出す。


「所長とあんた、何やってんすか」


 おっと、他の配達員が事務所を訪れたようだ。


「ああ、どんな物が食いたいか話しててね」

「はあ、飯っすか。今度、寿司食いに行こうかな……」


 所長のとっさの機転により、配達員は特に疑問に思わずロッカールームへ入って行った。


 俺と所長は顔を見合わせ、にやりと笑う。


「じゃあ俺、この辺で」

「明日もよろしく」


 明日の配達は弓の番だ。

時間を置いて次話も改訂でき次第投稿します。

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