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第3話 おじさん、バ美肉変化

続けて投稿。

 バクバク・イーツで数件の依頼をこなし、頃合いを見て自宅に戻った。


 更紗はバイトで未だ外出中だ。


 スマホに着信したメールに営業所から注文した品物が配達に出されたという通知があったからだ。


 サッシを部屋の片隅に寄せ、スマホでニュースサイトを閲覧しながら時間を潰す。


 玄関のチャイムが鳴る。


「すみません、お届け物です」

「ありがとうございます」


 配達員から小包を受け取り玄関の鍵を締め、部屋のテーブルに載せる。


 開封すると注文通りの品々が出てきた。


 各種説明書を読みハンディビデオカメラとサッシABを配置。


 サッシの開口部の向こう側の出口を少し離れた位置に出現させ、出口側にカメラを設置した。


 まずはホラー映画で話題となった悪役のマスクを被りカメラ2台を録画状態にする。


 サッシABの開口部からカメラのレンズがこちらに向いているのを確認すると、ボイスチェンジャーを低音に調節しながら発声練習をする。


「あーあー、本日は晴天なり」


 もっと気の利いた台詞は思いつかなかったものか?


 悪役マスクを脱ぐと、次は魔法少女のお面を被る。


 ボイスチェンジャーを女っぽい声に調節し、窓の向こう側のカメラに向かって決め台詞を言ってみる。


「ブラックホールに沈みなさい!」


 一度言ってみたかったんだ、小学校低学年の頃見てたアニメ『銀河の果てまで追いかけて』のヒロインの台詞。


 彼氏がハーレム築いたけど、激怒した主人公のヒロインが文字通り銀河の果てまで追い回し、ラストは追い詰めた彼氏をブラックホールに落とすという作品だ。


 当時はTVで全国放送、毎週放映されており親子に大人気の少女向けアニメだが男児も視聴するほどだった。


 ただし、ブラックホールに落とされた彼氏がスパゲッティ状態になって死んでいく過程が緻密に描かれていたため、大多数の日本人にトラウマを植え付けた狂気の作品でもあった。


 ちなみにこの作品は海外にも輸出されたが、大人の事情でブラックホール内での出来事のみカットされて見ることはできなくなっている。


 話がそれたが、ノリノリで言ったものの少し恥ずかしくなった。


 いい年こいた中年男性が何を言ってんだか。


 一旦席を立つとお面を外し、カメラの録画を停める。


 今度は化粧品を使う。


 使用方法はインターネット動画サイトで紹介されているのを使用する。


 洗面所でノートパソコンに映る動画と鏡を交互に見ながら、化粧品をああでもないこうでもないと悪戦苦闘する。


「…………出来た!」


 ネット紹介動画と比べて下手もいいとこだが、今の自分には会心の出来だ。


 早速カメラを録画状態にするとサッシの前に陣取る。


 ボイスチェンジャーを若い女性の声に調節し発声してみる。


「皆様、今日はようこそおいで下さいました。間もなく開演です」


 そこまで言って、開演って何とセルフツッコミを入れた。


 とりあえず3パターン撮ってみたが出来映えはどうだろうか。


 ハンディビデオカメラには録画を確認するための小型液晶画面が付いているのでそれを見ながら再生した。


「どうだ?」


 映った。


 いきなりグロテスクな顔が画面一杯に現れ、俺はショックでひっくり返った。


『あーあー、本日は晴天なり』


 しかもデスボイス。


 おまけに背景が暗闇である。


 え、ボイスチェンジャーにそんな機能は無いぞ。


 部屋は明かりがついているのに暗闇とはこれいかに。


 再生を止め悪役マスクを見る。


 映像に出たのと比べても現物にそんな迫力は無い。


「どうなってんだ……?」


 考えても一向に分からないので、続きを見るため再生ボタンを押す。


『ブラックホールに沈みなさい!』

「うおっ」


 思わず声が出た。


 今は大御所だが当時は若手声優だった。


 その記憶に残っている声優そのものの声が聞こえたのだ。


 そのうえ映っているのはお面を被った男性ではなく、アニメ調でもなく、3次元で中学生くらいのピンク色の髪の少女だ。


 ちなみに背景は紫の花びらが舞っている。


「脳が……脳が理解を拒否している!」


 何とか耐えて再生を続ける。


『皆様、今日はようこそおいで下さいました。間もなく開演です』


 登場したのは下手な化粧をした不細工で爆笑されるか吐き気を催すほどの中年男性……、かと思えば20歳になったのかどうかくらいの女性が映った。


 声がまたよく似合っている。


 背景は純和風の和室と思われる抹茶色の漆喰の壁だった。


「俺、バ美肉おじさんになっちまったのか……」


 美少女の美ではなく美女だけど。


 俺は思考を放棄した。


 いや放棄するな、考えろ。


 まさかとは思うがビデオカメラまでおかしくなってるのか。


 今いる室内はクリーム色の漆喰の壁だったはずだが、3つの録画映像は全て違った。


 身バレを防ぐため背景もいじらなくてはならないと考えていたが、これなら何もしなくても良さそうだ。


 顔の化粧を洗い落としてすっぴんに戻るとカメラを持って窓際に近寄り、カーテンを開け外を歩く人を録画してみる。


 すぐさま録画を停止し再生すると、画面には録画前と変わらない光景が映っていた。


 原因はカメラではない?


 俺はサッシを睨む。


 まさか、他者への認識を改変しているのか?


 だが、このカメラと同じくサッシを通してのやり取りが改変されるのであればやりやすい事この上ないだろう。


 以上で検証を終了しようかと思う。


 悪役マスクは論外。


 魔法少女のお面はある意味成功だが、就業規則から年齢制限に引っかかるので却下。


 となると、化粧して対応するのが一番無難か。


 誰かに素顔を見られでもした場合、俺の社会的な死が待っているが部屋から出なければ問題ないだろう。


「これで準備が整った、か?」


 穴だらけの理論と計画かもしれないが、やれるだけの事はやった。


 後はアプリに変装した時のデータを入力して登録すれば完了だ。


 そこまで考えてふと気づく。


 そういえば登録に身分証明や顔写真が必要なんじゃなかったか。


「変装自体が無意味だったりするのか……?」


 ああ、いや待てよ。


 カメラという機械の認識を改変させたんだ、いけるかもしれない。


 再び化粧し直して、窓越しに取り出したスマホから登録手続きをぽんぽん行う。


 サッシを介すればいけるはずだ。


 不安を抱えながら手続きを進める。


 進行はストップしなかった。


 …………登録できたよ、おい。


 相変わらず訳が分からなかったが上手くいったのでヨシ!


 配達作業はこの室内を使おう。


 しかし、本格的にこっちで仕事しようとすると俺はほとんど外出しなくなる。


 急に姿を見せなくなった乃東君には不審に思われるに違いない。


 まさか自宅を訪ねられるとは思ってないが、用心して事前に連絡を入れておこう。


 ああ見えて割と面倒見が良いからな。


 とりあえずは試しに1軒配達してみて、大丈夫そうなら連絡を入れよう。


 かと言っていきなり全ての余力をサッシでの配達に集中させるとまずいので、決めた曜日のみ使う事にしよう。


 こうして俺は『窓口のバ美肉おじさんは配達者』──配達員でないのは配信者からもじったものである──なる計画を練り始めた。


◆     ◆     ◆


 化粧も3回目となり、ある程度手慣れてきた。


 まずは管轄内にある事務所へ繋ぐと、所長が誰とも会話していない所を見計らって窓越しに話しかけた。


「所長、おはようございます」

「おはよう。確か登録したばかりの……」

倉阪くらさかゆみと申します。以後よろしくお願いします」

「よろしく。倉阪君の姪だそうだね」


 ふむ、こちらを不審には思っていないようだ。


「叔父がいつもお世話になっているようで……」

「いやいや、こっちも助かってるよ。地道に仕事はこなすし、人の嫌がる事も進んでやるし」


 おや、そんなふうに思われていたのか。


 悪い気はしない。


「そうですか。叔父は無理をしてしまいがちなので、これ以上はと思うのであれば止めてほしいんですけど」

「確かにそんな事がよくあるね。分かった、適度に休むように伝えておくよ」


 所長は気さくな人だから配達員たちからの信頼がある。


「すみません、私では聞き流されてしまうので困っていたんです」

「気にしないで。……さて、仕事内容は分かるかい?」

「叔父からやり方をほぼ全て教わりました」

「ほぼ?」


 所長の疑問の声に用意しておいた嘘を吐く。


「私が若い女だからトラブルに巻き込まれるんじゃないかと心配されまして」

「ああ、その場合はすぐに警察呼んでくれて構わないから。でも、ホウレンソウはしっかりね」

「分かりました」


 何か騙しているようで気が引けるがお金儲けのためだ。


 仕方ない。


「バックパックはいらないと聞いてるけど、いいの?」

「叔父のを使わせてもらいますので。私が使う日に叔父の休日にしました」

「ああ、なるほど。考えたね」

「それでは、行ってきます」

「車に気をつけてね」

「はい」


 所長との会話が無事に終わった。


 マジで認識改変されてるらしいな……。


 所長、俺だと認識できていなかったどころか空中に浮かぶ窓にも疑問にすら思っていなかったぞ。


 このサッシ、便利すぎて逆に怖くなるな。


 そんな事よりも俺のロッカー前に移動してバックパック回収しないと。


 まあ1つあれば十分だろう。


 実際は使用しないけど使ってるという形は必要だ。


 誰も周囲にいない事を確認した後、窓から鍵を持った手を伸ばし、ロッカーを開けて取り出したバックパックをたたんでこちら側に取り込む。


 バックパックは脇に置いておいて、専用端末も回収して窓を閉じた。


 これで、室内で自己完結する配達準備は整った。


 専用端末からバクバク・イーツの配達員専用アプリを開いて注文一覧を見る。


 上から下までスクロールして気づく。


「……注文の数が減ってるな」


 顧客が離れつつある。


 そう実感した俺は依頼者の配達場所を地図で確認する。


 全ての依頼が断られているわけでは無さそうだ。


 現に依頼者の脇に『配達中』という文字があちこちにある。


 依頼日時一覧を見ると、1時間近く放置されてるものがかなりあった。


 単価を確認していくとどれも1つあたりの報酬が300円以下と低く、配達員たちはこれを嫌がっていると判断できた。


「放置されたままは可哀想だな」


 低い単価を狙って依頼を受けようか。


 他の配達員たちにも仕事を横から掻っ攫うわけでは無いので迷惑はかからないと思う。


 まあ、受けたら受けたで会社が単価を上げてくれなくなる可能性があるが、顧客離れを防ぐためと思って許してほしい。


 放置時間が一番長い依頼を選択。


 食品は……バクドナルドのハンバーガー1つ。


 これだけか?


 不審に思いつつ依頼を受けると注文した店へと繋ぐ。


 サッシを開くと目の前にカウンターと女性店員が現れた。


 いきなり出現した俺に店員は驚かず、笑顔で対応してくる。


「いらっしゃいませ!」

「こんにちは、バクバク・イーツです。依頼された商品を受け取りに来ました。ハンバーガー1つのみの品なんですけど。あ、こちら身分証明書です」


 自身の写真を映したスマホをかざすと店員は画面を覗き込む。


「はい。…………はい、確認しました。商品はこちらです」

「代金です」

「あ、はい。……お釣りです」

「それでは」


 店員への挨拶もそこそこに窓を閉め、もうひとつの窓を開けて依頼者の住所に玄関前と付け加えるとあっという間に目的地に到着した。


 玄関の外観は古びた木枠にガラスがはめ込まれた引き戸だ。


 手を伸ばしインターホンの呼び鈴を鳴らす。


 はーいというお年寄りの女性の声が聞こえ、引き戸がガラガラと音を立てて開いた。


 出てきたのは年齢が80才くらいで身長が140cmあるかないかの小柄な老婆だった。


 足元がよたよたしているので歩行が思わしくないようだ。


「どちら様ですか?」

「バクバク・イーツです。注文の品をお届けに参りました」

「あれまあ。待ちくたびれていたよ」

「窓から失礼します。商品をお受け取り下さい」


 商品の受け渡しと代金を受け取る。


「助かったよ。もう来ないものとばかり」

「金額が安すぎたので誰もやりたがらなかったようです。次回からあと100円値上げしてくれると引き受けてくれる配達員が出てくると思いますよ」


 老婆が顔をしかめた。


「勘弁してくれないかい? 私達そんなお金持ちじゃないから無理だよ」

「たった100円ですよ?」

「今の年金だけじゃ満足な生活できないよ。ハンバーガーだって週に一度の贅沢だし」


 思わずえっと声を上げる。


「ハンバーガーが? バクドナルドで一番安い商品ですよ?」

「本当ならその上のを買いたいんだけどねえ。そんな余裕無いよ。それに、私だけじゃ食べきれないから旦那と分けっこしてるし」


 さすがに今のは失言だった。


「……無理を言って申し訳ありませんでした」

「いいのよ。お隣さんより遥かにマシだから」

「……それはどういう?」

「飢え死にしたのよ」

「え」


 この時代に?


「旦那さんが亡くなって年金が打ち切られて、蓄えが無くなってね? あちこちの家にお金を無心したんだけど返金されないからどこも断られちゃって」

「生活保護は?」

「そんな惨めで情けない事したくないって言ってたわよ?」

「えぇ……」


 それで死んだら本末転倒だろう。


「かと言って、他人に頼るのもねえ」

「死んだらおしまいですよ。頼ればいいじゃないですか」

「いたのよ、向かいの川田さん。けれどどこかの怪しい団体に連れて行かれて行方知れずでねえ」


 言葉もない。


「迂闊に頼れないのよ。皆が皆、笑顔で近づいて来てなけなしのお金を毟り取っていくのよ?」

「…………それは」

「何年か前、瓦屋を名乗る職人が屋根を調べさせてほしいなんて言ってきて、瓦が割れてるから交換した方が良いって言うから許可したら全部葺き替えられちゃって、蓄えていた500万も取られたって」


 悪徳業者はこれだから……。


「だから、向こうから声をかけてくる人が誰も信用できなくなっちゃったの」

「……言葉もありません」

「愚痴を言ってごめんなさいね」

「いえ」


 よくある話なんだろうが、いたたまれないな。


「ハンバーガー、ありがとうね。また注文引き受けてくれる?」

「……機会があれば」

「こんなお婆さんの話を聞いてくれてありがとうね。じゃ」

「失礼いたしました」


 老婆が引き戸を閉めた後、俺も窓を閉めた。


 少し考えた後、スマホにこの住所にチェックを入れておく。


 せめて俺くらいは彼女たちを気に掛けてやるべきだろう。


 まさかとは思うが、単価の低い注文って皆こんな境遇だったりするのか?


 乃東君に連絡を入れるのは後回しにして、もう何件か依頼をこなしてから判断しよう。


 こうして、俺は後ろめたい気持ちを抱えたまま低単価の依頼を積極的に引き受けていった。

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