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第2話 不思議なサッシと俺の嫁

続けて投稿。

 サッシの事が気になり仕事に集中できず、その日は仕事を早めに切り上げ自宅のアパートに戻るとサッシを自室に運び込んだ。


「何でサッシなんか拾ったんだ、俺……?」


 そう呟きながらサッシを観察する。


 どこにでもある焦茶色のアルミサッシで、木造民家のトイレの窓に使用される小型の引き戸タイプが2つ。


 窓には手動の鍵が付いているが、不審者対策のための檻が無い。


 窓は磨り硝子で向こう側が見えない仕様となっている。


 ぱっと見、新品も同然だ。


「何で捨てるんだ、勿体ない」


 そんな事を呟きながらあれこれ触っていると、指先に痛みを感じた。


「痛っ」


 慌てて手を離し左手の人差し指を見ると赤い血が膨らんできた。


 どうやらサッシの一部が鋭利な刃物のように尖っていたようだ。


 指先を押さえ止血のための絆創膏ばんそうこうを取りに行こうとすると、どういうわけかサッシ自体が強い光を出した。


「は!?」


 目を白黒させていると比較的短時間で発光は治まった。


 意味不明だったがとりあえず絆創膏を貼って止血した後、問題の部分を観察する。


「ああ、ここか」


 サッシの枠の角が研がれたように刃物みたいに薄くなっていた。


 もうひとつのサッシも見てみると同じ箇所が薄くなっている。


 もしかして捨てられた理由はこれか?


 それにしては薄くなっている部分は塗装がげていないし塗り直した形跡も無い。


 最初からこのような形にする事を前提として作ったとしか思えなかった。


 いやそれよりも、謎の発光現象は何故起きたのか不明な事だ。


 サッシをあれこれと調べてみたが特に異常は見られず、精神的疲労を感じた俺はサッシを壁に立てかけ、一休みとばかりに畳に寝っ転がる。


「貯めた金でどこか旅行したいなあ……」


 どこが良いだろう。海外は物騒だと聞いているから国内にしようか。


 今は1月だから雪が降る日本海側は除外してと。


 飛行機で行こうか、新幹線か、のんびり鈍行列車で旅をするか。


「鹿児島県の桜島、見に行こうかな……」


 あれこれと考えているうちに独り言が漏れた。


 途端、空気が震え始めた。


 ズズズズズズ……という重たい音が部屋中に響く。


「な、何だ、地震?」


 音源に視線を向けると拾ってきたサッシの開いた窓の向こう側に山が見えた。


「……は?」


 窓は壁に立てかけてあるので壁が見えるはずだ。


 だが山から灰色の噴煙が上がる様子を見て、半ば確信に近いものを感じた。


 そうだ、あの景色はTV番組で見た事がある。


「……桜島だ」


 どういう事だ。


 俺は行きたい場所を呟いただけ……いや、待てよ?


 試しに過去に行ってみた場所を口にしてみる。


 学生時代の修学旅行で……。


「広島原爆資料館」


 はたして窓の向こうに白い横長の建物が現れた。


 記憶にある通りの物だ。


 窓から冬の冷たい風が吹き込んできた。


 マジで現地と繋がってるらしい。


 服のポケットからボールペンを取り出して開口部に差し込んでみる。


 通り抜けた。


 見えない壁があって隔てられてるわけでもないようだ。


 場所を指定できるようだ。


「この位置から真上に100m上昇し真下を見下ろせないか?」


 そう言った途端、向こう側の景色が上昇して広島平和記念資料館を中心とした公園を見下ろす形に切り替わった。


「うーん」


 何でこんな物が捨てられていたんだろう。


 便利そうじゃないか。


 ふと、もうひとつのサッシに目を向ける。


 同じ機能を有しているのか確認したい。


 広島上空と繋がっているサッシをAとしてもうひとつをBとしよう。


 サッシBの窓を開ける。


「東京ビッグサイト」


 変化は無い。


 サッシAを確認すると相変わらず広島の俯瞰風景が映っている。


 どういう事だろうかと疑問がわくがすぐに気づいた。


 もしかしなくても、サッシBの尖った部分で傷付かないと起動すらしなかったりするのか。


 ため息をついて右手の人差し指の先端をBの刃にそうっと触れる。


 割とサクッといった感じで皮膚が裂けた。


 その直後、Bが白い閃光を放ち元に戻った。


「東京ビッグサイト」


 再び言葉にするとBの向こう側の景色が切り替わり、他ではお目にかかれない逆三角形の建築物が映る。


 成功だ。次は……。


「サッシAB共にこのアパートの部屋の中を映せ」


 途端、俺の目の前に空中に浮かぶ四角形の窓が2つ並んで出現した。


 2つとも俺が見えた。


 試しに片方にボールペンを突っ込むと、サッシからボールペンがにゅっと出てくる。


 もう片方の手で出てきたボールペンを引っ張り出すと、突っ込んだ方のボールペンが消えた。


「空間移動……ワープした?」


 これ、今の俺にお(あつら)え向きの道具じゃないか。


 片方をお店の店頭に繋いで、もう片方を注文したお客に繋げばスクーターすら要らなくなる。


 偶然にしては出来過ぎてるけど、利用しない手は無い。


 そこまで考えてデメリットに気づく。


 大っぴらにやると俺どころか便利な道具の存在までバレる。


 そうなったが最後、道具をどうにかして手に入れようと有象無象の人間が動くだろう。


「思ったより使い勝手が悪いな」


 どうしたものか。


 窓越しに商品のやり取りをすると、どうしても顔出しと会話をしなければならなくなる。


「いっその事、変装でもしてボイスチェンジャー使って他人に成りすますか」


 存在自体は明るみになってしまうが、多分身バレは防げるだろう。


 ただ変装するだけでは味気ないので性別も女性にしてみるか。


「インターネット配信者じみてきたな。まあ配信者ならぬ窓口の配達員ってところがミソだな」


 変装はどうしようか。


 マスクを被るか?


 いや、普通に怪しまれるし商品のやり取りが不可能だろう。


 お面はマスクと似たりよったりか。


 ここは奇をてらって縁日で販売されてるアニメキャラのやつでも良いか?


 頭のおかしい人間と思われるのがオチだな。


 化粧してカツラを被る。大惨事になること請け合い。


 困った、他に思い付かない。


 俺はノートパソコンを起動させると大手通販サイトへアクセスし、とりあえずボイスチェンジャーやマスク、お面、女性用化粧品など良さげな物を購入した。


 ふと、サッシの検証もまだ終わってないと思い直し、追加でハンディビデオカメラ2台を購入する。


 到着は明日の夕方頃か。


 待つのも何だし、明日の昼過ぎまでほどほどに配達して稼いでおこうかな。


 そんな事を考えていると玄関の扉が開く音がした。


「あれ? 鍵、かかってない」

「おう、更紗さらさお帰り」


 玄関に向かって呼びかけると買い物袋を下げた10代半ばくらい、黒髪を肩甲骨の下まで伸ばした少女が居間に入ってきた。


 赤いチョーカーを首に巻いているのが特徴だ。


「ただいま規君。今日は早いんだね」

「ちょっと拾い物を、な」

「拾い物? ……何それ?」


 更紗がテーブルの上に載せられたサッシをしげしげと観察する。


「窓。通称サッシと言う物だ」

「へー」


 特に興味を引くような物ではなかったらしく、更紗は買い物袋の中身を冷蔵庫に詰め込み始めた。


「更紗、バイトはどうだった?」

「うん、楽しいよ。みんな親切にしてくれるし」


 田舎から都会に出てきたそうだから、何もかもが新鮮に映って楽しいのだろう。


「ほうほう」

「そういえばバイト仲間の男の人達から私と付き合いたいってしつこいんだけど……」


 またかよ。


「彼氏持ちだって断ればいい」

「言ったよ。そうしたら乗り換えろなんて暴言してきてさ、もう」

「世界の半分は女なんだから更紗に固執する事無いだろうに」


 あまりのしつこさにうんざりする。


「規君の事を教えたら気に入らないって言うの。いい加減、諦めればいいのに」

「断固として拒絶しとけ」


 俺の嫁に粉をかけるとはいい度胸だ。


「うん、そうする。……で、今日は《《する》》の?」

「うーん、サッシの事もあるし、明日から忙しくなりそうだからしようか」

「分かった。夕飯の支度するね」

「先に風呂入ってくるわ」


 サッシを部屋の隅に立てかけてからゆっくり風呂に入り、出てくる頃には夕飯がテーブルに並べられていた。


「おお、今夜は和食でおかずは秋刀魚か」

「たまには塩気の効いた魚を食べたいと思って」


 山奥の出身だそうだから、海の魚もあまり食べた事が無いそうで珍しいようだ。


「限度はあるが、何にでも興味を示すのは悪い事じゃないぞ」

「さあさ、席に座って」

『いただきます』


 2人で夕飯を平らげ俺が食器の洗い物をしている間、更紗が風呂に行った。


「規君、お待たせ。あー、良いお湯だったー」

「そいつは良かった」


 居間に敷かれた布団で漫画を読んでいた俺は彼女へ振り向くと、ドライヤーで髪を乾かし浴衣を身にまとった更紗の姿があった。


「ねえねえ、たまには私がリードしても良い?」

「毎回同じじゃ飽きるからな。そうしよう」


 俺が敷布団の上で仰向けになると、更紗が俺の腰の上にまたがる。


「今夜は寝かさないぞ〜」

「お手柔らかに、な」


 更紗が覆いかぶさってきた。俺も期待に応えよう。


◆     ◆     ◆


 翌朝、目が覚めると隣で眠っていたはずの更紗がいない。


 視線を巡らせると既に着替え、台所で朝食を作っている。


「あ、起きた? シャワー浴びてる間には出来上がってるから」

「そうする。更紗は?」

「もう済ませたよ」

「分かった」


 汗を洗い流して浴室から出ると味噌汁の香りが鼻腔をくすぐる。


 朝食は白米に麦を1割混ぜて炊いた物と、あじの開きと目玉焼きだ。


「いつもありがとな」

「いいってことよ」


 耳にしない妻の言葉に首を傾げる。


「……時代劇でも見て覚えたのか?」

「うん。ワンパターンだけど結構面白いね」

「そうか」

『いただきます』


 TVの電源を入れてニュース番組に合わせようとし、どこもやってなかったのでニュースバラエティ番組を見る事にした。


 どうやらレポーターがマイク片手に、どこかのビルの前で視聴者に向けて語っているようだ。


『……5ヶ月前に施行された氷河期世代婚活促進制度の続報です。今も多くの中高年男性が自治体の役所を訪れ、結婚が可能か審査を受けています』

『相変わらずの列ですね』


 時刻は8時前だが30人くらいの列をなしている。


『それでは制度の内容のおさらいです。これは氷河期世代を中心に女性と結婚できなかった、できても何らかの事情で離婚し現在に至るまで独身のままの男性向けに相性の良さそうな女性を紹介し、最終的には結婚してもらう。……というものです』

『なるほど。それで皆さん列をなしているんですね』


 未婚男性は大変だな。


 かく言う俺もつい4ヶ月前まで独身だったのだが。


『ただ、男に対して肝心の女性の数が足りていないんです』

『役所はどう対処しているのですか?』

『施行された法律に明記されている通り、結婚に相応ふさわしくない男をふるい落とすために厳しい条件が決められています』


 厳しい手続きを思い返しため息を吐く。


『どんな内容ですか?』

『いくつか抜粋しますと、前科者でない事。借金を抱えていない事』

『まあ、女性もそんな男は願い下げでしょうからね』


 もっともだと頷く司会者。


『反社会的勢力と関わっていない事。外国人犯罪者と接触していない事』

『……他には』

『DV、……いわゆる家庭内暴力を振るわない人格である事』

『当然ですね』


 肝心の相手の男がクズでは意味が無いからな。


『そしてこれが肝心な事なのですが、役所が紹介した女性と成婚に至った場合、個人の年収別に税金が課せられ国に最低1000万〜3000万円を納付しなければならない事などがあります』

『それは何故でしょう?』


 これも大変だった。


 若い頃に必死こいて貯めたお金がすっからかんになってしまった。


『国が厳正な審査を行い、太鼓判を押された女性ばかりです。当然国民の税金もふんだんに使われています。その穴埋めではないでしょうか』

『女性はみな若い人ばかりですね。どういう風に説き伏せたのか疑問ですが親子ほどの年の差もある男とのお付き合いをするのは葛藤があったんじゃないですかね』


 司会者の態度が不機嫌そうだ。


 確かこいつ、フェミニスト気取りで有名じゃなかったか?


『そうなんです。ただ意外にも結婚に前向きな女性も多くいるようなんです』

『ありえません。彼女達は一体どうしてそんな考えに至ったのでしょうか』

『氷河期世代の結婚できなかった女性を見て、自分は早いうちにさっさと結婚しよう……という事らしいんです』


 普通の若い女は同年代を求めるのが当たり前なんだよな。


『同年代の若者達はどうするんですか? 可哀想でしょう』

『女性達全員がそうではありません。ですが、若い男が将来にわたってお金を稼ぎ続ける事ができるのか不安視する者もいて、それならまとまったお金を稼いだ氷河期世代と結婚した方が将来展望は悪くない……そう結論づける人も少なからずいるようです』

『頭がおかしいんじゃないですか』


 司会者の罵りにレポーターが困り顔だ。


『何分、本人達が決めた事ですので、私達から言える事はあまり無いのでは……』

『それはそれとして、あの噂は本当なんでしょうか?』


 ため息を吐いた司会者が話題を変える。


『噂と言いますと』

『防衛省が導入した女性型ロボット兵士の事です』

『ああ、民間向けに開発された女性型ロボットを氷河期世代向けに販売しようかという動きがある……という事ですね?』


 話を合わせるレポーターに司会者が同意する。


『そうです。用済みの氷河期世代なんかに若い女性をあてがうのは狂ってますよ。ロボットを買わせてお飯事ままごとさせておけばいいじゃないですか。今の政権はどうかしてる』

『おっしゃる通りで……』


 TVの電源が切られ画面が真っ黒になった。


 目線を移動させると更紗がリモコン片手に画面を睨んでいる。


「更紗?」

「見るの止めよう。ね?」

「あ、ああ」


 よく分からんが妻が怒ってる。


 いつの間にか止まっていた食事を再開する。


「なあ、更紗。何で怒るんだ?」

「TVで私達の事、好き勝手に言ってるのが」


 何だ、やっぱり気に障ったんじゃないか。


「言わせておけよ。俺達は結婚できたんだし問題ないさ」


 そう、俺は氷河期世代婚活促進制度施行時に即申請して厳しい審査を通過し更紗と出会い、紆余曲折はありはしたものの結婚できた運の良い方である。


「……うん。でもあんな奴等に一方的に言われるの腹立つ」

「落ち着けって」

「規君は平気なの?」

「ムカついてはいる。けど今は更紗との時間を大切にしたい」


 外野の言う事にいちいち腹を立てては身が持たないし、時間も勿体ないからな。


「……えへへ、そこでそんな事言ってくるのずるいな」

「本心だからな」

「ご飯のおかわり、いる?」


 更紗が照れ隠しに話題を露骨にらしてきたが応じる事にした。


「茶碗の半分くらいよそってくれ」

「分かった」


 こうして朝食を終えた更紗はバイトへ出勤し、遅れて俺もアパートを出た。

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