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第17話 迫り来る不穏

お待たせしました。

 証人喚問という寄り道はあった物の何とか無事に終わったので、今日から配達を再開する事にした。


 所長には心配されたが俺は精神的ストレスをそれほど受けていない。


 無理しない事を念押しのうえ約束させられた。


 妊婦になった妻の更紗だが初期段階のため動けるという事でいつものバイト先へ向かった。


 かくいう俺は今日、弓では無く本人で仕事をする。


 言うまでもなく、お得意様への謝罪行脚も兼ねた配達だ。


 まずは昼時の企業オフィスを回る。


「こんにちは、バクバク・イーツです」

「おう、久しぶり。TV見たよ」

「はい。その節はご迷惑をおかけしました」

「いやあ、たまげたよ」


 明るい雰囲気の注文者に疑問を覚え、素直に尋ねる。


「吐きませんでしたか?」

「俺はそこまでじゃなかった。同僚達はやっちまったがな」

「申し訳ありません」

「良いって。……それにしても」


 客が俺をじろじろと全身を見る。


「一体全体どうなってんだ? 身長も体型、骨格も違いすぎる」

「あはははは、企業秘密という事で」

「……まあ、深くは訊かないけどよ」

「……毎度ありがとうございます。それでは」

「おう、また明日」

「……はい!」


 おお、さほど気にしてなかった。これは嬉しい。


 オフィス回りをした後は個人宅巡りだ。


「こんにちは、バクバク・イーツです」

「……待ってたよ」


 呼び鈴を押すと、不機嫌そうな老婆が玄関から出てきた。


「この度はご迷惑をおかけしました」

「何をだい?」

「弓に変装していた事です」


 老婆が少し沈黙した後、感想を話す。


「……まあ、確かに怒っていないと言えば嘘になるけどね」

「はい」

「事情があったんだろう?」

「くだらない事ですよ」

「そうなのかい?」


 特に秘密にしておく事ではないので打ち明ける。


「足の速さを活用して、お婆さんのような人達を優先して配達する仕事を目指そうとしたので。……こっちもお金を稼がないと生きていけませんから」

「良いんじゃないかい? 我慢してもやり過ぎても良くないからねえ」

おっしゃる通りです」


 寛大なお婆さんだ。感動する。


「あたしもあんたのお陰で助かってるから強くは言えないよ。……それと、あの女の姿で配達しても構わないよ」

「……よろしいのですか?」

「そっちの方が速くこなせるんだろう? 遠慮しなさんな」

「ありがとうございます!」


 ここまで出来た人はなかなかいない。


 足を向けて寝られないぞ。


「……それとさ」

「はい、何でしょう?」

「確かにあたしは客だけど、あんた腰が低すぎやしないかい?」

「と言うと?」

「あまりそういう態度で過ごしていると、他人に舐められるよ」


 そんな事か。


「ああ、それは承知の上です」

「何でだい?」

「デメリット……欠点しか無いと思われますが、色々と都合が良いんですよ」


 表現しづらいが利点もあるのだ。


「……まあ、無理強いはしないよ」


 お婆さんは肩をすくめた。


 この後も顧客へ謝罪して回り、最後に宝石姉妹の住むアパートへ訪れた。


 呼び鈴を鳴らすと鍵の外れる音がして、ドアの隙間から姉のタンザが覗いてくる。


「……おじちゃん」

「やあ、元気そうだね。モルガも元気かい?」

「うん」

「君たちに渡したタブレット端末で証人喚問は見たかい?」

「お姉ちゃんとおじちゃんが出てたのは見た。……お姉ちゃんはおじちゃんだったんだね」

「どう思った?」

いや。お姉ちゃんがお姉ちゃんじゃないのは嫌」


 明らかに落ち込んでるタンザちゃんに同情する。


 まあ、そう感じるよな。


「ごめんな。あれはおじちゃんがお化粧してお姉ちゃんに化けてたんだ」

「どうしたら」

「ん?」

「どうしたらお姉ちゃんだけになってくれるの?」

「無理を言わないでくれ。お姉ちゃんは本当はいないんだ。おじちゃんがお姉ちゃんの真似をしてたんだ。ごめんな」


 タンザの目に涙があふれた。


 心苦しいがいつまでも嘘を吐くわけにはいかない。心を鬼にして真実を告げた。


 タンザが静かに泣き出し、ドアの向こうからモルガの泣き声が聞こえてきた。


 どうやら姉の状態につられてもらい泣きしたらしい。


 しばらくして泣き止んだタンザは俺に不満をぶつける。


「もう来ないで」

「ご飯が食べられなくなるよ?」


 彼女は少し言葉に詰まり、言い直す。


「……お姉ちゃんで来て」

「……分かった。はい、ご飯」


 食パンとジャムの瓶が入った袋を渡すと代金を受け取る。


「さようなら」

「……ばいばい」


 こうして俺は配達を効率の良い弓に集中するよう活動していく事になった。


 スマホに着信が入った。


 知らない番号だったが『市賀』と表示されている。


 すっかり忘れていたが、前に名刺をもらい登録したものだ。


 彼から電話がかかってくるのは初めてだが、何の用だろうか?


「もしもし、倉阪規です」

『市賀です。手短に言います。奥さんが誘拐されました』

「……は?」


 剣呑な声が出た。


『相手は中国人です』

「……何が目的だ?」

『犯行声明が出てないので不明です』

「俺はどうすれば良い?」

『とりあえず自宅に戻ってください』


 仮にも市賀さんの組織はそれなりの規模らしいから、彼らに任せておけば大丈夫だろうが、心配だ。


「分かった。市賀さんは今どこに?」

『私はあなたのアパート前にいます』

「あいよ」

『申し訳ありません、迂闊うかつでした。予想はしてましたがこうも早く行動に出るとは』

「過ぎた事だ。今はこの先どう対処するかだ」


 スクーターにまたがり、スマホと遠隔で繋いだマイク付イヤホンに切り替え会話を続ける。


『奥さんは穏健派と原理主義派が共に奪還のため追跡しています』

「何でそこまでする?」


 穏健派は分かるが原理主義派までとは理解しかねる。


 エンジンをかけてハンドルを握る。


『宝石姉妹の不幸とは何の関係も無いからですよ。他国による人為的な物はカウントされません。原理主義派にとっても今回は不測の事態です。外部勢力を排除しておきたいのは一緒。それに宝石姉妹へのあなた方の献身は私達にとって借りがあります』

「頼らせてもらうよ」

『任せてください』


 自宅へ向けてスクーターを走らせる。


 緊急だ、サッシを準備しておこう。


◆     ◆     ◆


 自宅前で市賀さんと合流して居間に戻る。


 市賀さんは片耳にイヤホンを付け、どこかとやり取りしている。


 彼の言葉から解釈するに、妻を連れ去った犯人どもを追跡してる仲間たちと会話してるのだろう。


 俺はその様子を横目にサッシを所定の場所に設置する。


「規さん、それは?」

「市賀さん、俺が良いと言うまで口外はしないでもらえますか?」

「現時点で判断できかねます」


 今は秘密の維持ではなく妻の救出が最優先だ。


 出し惜しみは無しだ。


「それで、妻は今どこに?」

「……港の倉庫内へ連れ込まれたようです。今、我々が倉庫にたどり着きました」

「ふむ」

「犯人どもが内部から発砲してきました。……銃撃戦です」


 妻の安否が心配だ。介入させてもらおう。


「手助けして良いか?」

「構いませんが、どうやって?」

「倉庫の場所を教えてくれ」


 腑に落ちない様子で伝えられた住所を復唱してサッシに音声入力する。


「目標、倉庫上空。俯瞰角度」

「……え?」


 サッシの向こう側に映った風景を見て市賀さんが目を見張った。


「あの建物で合ってる?」

「……ああ、はい」

「倉庫内天井、俯瞰角度」


 サッシに指示すると風景が切り替わる。


 眼下で複数の人間が銃声を響かせているのが見て取れた。


「犯人どもはどれ?」

「……左側のこことそことあれ……の3箇所ですね」

「……全部で十数人か」


 多いと見るべきか、少ないのか。


 倉庫内を見下ろして左側の奥の積荷の陰に犯人どもがいて、右側にシャッターが開いた大型トラックが出入りできる大きな入口の左右から2人ずつの計4人が自動拳銃で射撃している。


 その背後に複数の乗用車から降りてきた十数人が突入の機会を窺っていた。


 犯人側から連続した射撃音が聞こえてきた。


「音からして奴ら、サブマシンガンを所持してますね」


 市賀さんの解説を聞きながら状況の観察に努める。


 味方が複数の物体を倉庫内に投げ込み、白煙が噴き出して倉庫内入口付近が煙で覆われる。


 視界を塞いでいる間に味方が倉庫内に侵入、前進するつもりか。


 犯人側も所持してる弾の無駄遣いをしたくないのか射撃音が止む。


 予想通り、味方がそろそろと入口をくぐり左右に散開して行く。


 煙の効果が切れたのか視界が元に戻ってくると、犯人側が射撃を再開する。


 それでも、犯人側がいる場所まで100m近い距離がある。


 味方が再び犯人側へ物体を投擲、白煙に包まれた中を前進していく。


「市賀さん、味方はどこまで接近できますか?」

「…………今のでスモークが尽きました。以後は隙を突いて前進するしかありません」

「分かりました」


 観察していて気づいた。


「中央の犯人どもと一緒に更紗がいる」

「……確認しました」

「…………あのさ、あいつらの足下にあるの、あれは何だ?」

「……ここからではちょっと。もっと近づけてもらえますか?」


 サッシの開口部を中央の犯人どもの背後に移動させる。


 奴らは銃撃に夢中で気づいていない。


「……まずいですね。手榴弾です」

「あー」


 使われたら味方が終わる。


 対策を考えねば。


「手榴弾をこっそりと奴らに使うのは?」

「可能なのですか?」

「できます」


 上手い具合に奴らを倒せれば儲け物だ。


「……いえ、止めておきましょう。他の爆弾に誘爆して奥さんも消し飛びますよ?」

「……では、他に手は?」

「私がここから干渉できますか?」

「できますよ?」

「それでは」


 市賀さんがおもむろに懐から自動拳銃を抜いて犯人へ銃口を向ける。


「待った」

「何ですか?」

「ここからだと室内に音が響く。銃を向こう側へ突き出せば軽減できる」

「分かりました」


 市賀さんが銃を開口部へ突っ込んで立て続けに発砲する。


 撃たれた犯人どもが銃を取り落として足を抱えてうずくまった。


 市賀さんが無線でどこかとやり取りを始めた。


「市賀より倉庫へ。倉庫奥中央の犯人どもを無力化。繰り返す、中央無力化」

『信用できるのか?』

「手段は言えないが確認済み」

『……確認する』


 再び倉庫内天井へ視点を変えると無力化された犯人どもへ素早く駆けて行く複数人が見えた。


『確認した。人質救出。これより人質を退避させながら両端に陣取る犯人どもを制圧する』

「手助けは必要か?」

『あれば助かる』


 そこまでやり取りした市賀さんが俺を見る。


「手伝いをお願いしても?」

「協力しますよぉ!」


 ハイテンションで応じた俺は、同じ手口で両端の犯人どもの足を市賀さんが撃ち抜き敵は完全無力化された。


『犯人を完全制圧。感謝する』


 俺と市賀さんは互いにほうっと息を吐く。


「これで一件落着か?」

「いや、規さんのお陰です。解決までもっと手間がかかるかと思っていましたが、大変楽をさせていただきました。ありがとうございます」


 市賀さんが懐に拳銃をしまいながら礼を言ってきた。


「よせやい。妻の救出第一だったから出し惜しみしたくなかっただけだよ」

「……味方の損害はほぼ皆無です。感謝しきれません」


 人命が損なわれなかったのは幸いだ。


「だったらこのサッシの事は内密に。できるか?」

「仲間たちから根掘り葉掘り聞かれますから無理です」

「頼む」

「……もしかして、配達にそれを使っているのですか?」


 ここまで来てしまえば隠し通す事はできない。


 素直に白状する。


「そうだよ。市賀さん達だって俺に対して秘密にしてる事はあるだろう? 俺だってある。 ある程度は不干渉で行きたい」

「同意します。……分かりました。何とかします」

「持ちつ持たれつって事で」

「はい」


 市賀さんのスマホに着信が入ったのかやり取りし始める。


「はい。…………はい。…………それでは」


 比較的短時間の連絡で済んだようだ。


「何か?」

「犯人の目的が判明しました。奥さんを研究所に運び解剖する予定だったそうです」

「うわこわ。わざわざ海外へ連れ去ってまでとは」


 これだから倫理観が崩壊してる他民族と交流するのは嫌なんだ。


「違います」

「何が?」

「どうやら闇業者が近くにいて、そこでやるつもりだったようです」


 背筋が寒くなった。国内に協力者がいるとは想像してなかった。


「……どうするんだ?」

「既に警察が動いているので、摘発するでしょう」

「そうか」

「我々の仕事はここまでです。後は彼らに任せましょう」


 サッシを片付け外へ出ると既に日は落ち外は薄暗くなっていた。


 しばらくしてアパート前に止まった1台の乗用車から妻が1人降りてきた。


 俺を見て妻の顔が歪む。涙をこぼしながら俺に抱きついた。


「規君!」

「おかえり」


 肩を震わせる妻の背中を撫でる。


「怖かった。もう会えないんじゃないかって」

「市賀さん達に感謝だな」


 あの人達がいなかったら妻はこの世にいなかっただろう。


 妻が鼻をすすりながら笑い出す。


「どうした」

「私、見たよ。規君が助けるのを手伝ってたの」

「ばれたか」

「ありがと。大好き」


 気が付くと市賀さんが乗用車に乗り込み、片手で挨拶すると帰って行った。


「さあ、晩飯にしよう」

「支度をするね」

「今夜はもう遅いし、簡単な物でいいよ」

「分かった」


 明日はどうなるか分からないけど、とりあえず危機は去った。


 今を楽しもう。

次話の再編集作業に入ります。

出来上がり次第再投稿します。

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