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第1話 プロローグ

読みにくいという指摘を受け3話まで修正を加えてみました。

度重なる書き直し、申し訳ありません。

 その日も俺が夕飯の準備してる時、背後から幼い姉妹2人の笑い声が上がった。


 一旦手を止め、振り返ると2人がタブレット端末を手にけたたましく笑っていた。


 どうやら2人はお笑い番組を見ているようだ。後ろに回り込んでタブレット端末を覗き込む。


「どれ、内容は……」


 そこには男4人女1人の若者の計5人が黒ずくめの組織と格闘している場面だった。


 黒ずくめの集団は5人の若者達から距離をとる。


『くっ、お前達は何者だ!?』

『俺達か? 俺達は……とうっ!』


 若者達が同時に飛び上がり空中で前転すると色とりどりの全身スーツを纏って着地。

 それぞれが決めポーズをとる。


 お笑いではなく、特撮だった。

 ふと、何故姉妹は笑っていたのかと思ったがその答えは直ぐに分かった。


『尿道結石レッド!』


 ん?


『尿失禁イエロー!』


 おい。


頻尿ひんにょうブルー!』


 ちょ。


屎尿しにょう浄化槽ピンク!』


 待て。


『血尿ブラック!』


 嫌な予感は的中した。


『5人揃って、尿意戦隊カケコンジャー!』


 カケコンジャーなる5人の背後が爆発する。


 俺が呆然とする前で、宝石姉妹は拍手喝采である。


 え、何、今こんなのが流行ってんの?


 頭痛を覚えながら画面を見ると色とりどりの戦士達が敵集団に挑みかかった。


 ブルーが再び飛び上がり、敵集団の中に着地する。

 そしておもむろに股間のジッパーを下ろし、その場で高速スピンを始める。


『ポコチン流放尿術奥義、八方向みだれうち!』

『ぎゃぁぁぁぁあああああ!?』


 ブルーの体液に敵集団が大混乱におちいる。

 汚いなあ。


 その他のカケコンジャーが繰り出す技も似たりよったりで総じて汚い。


 間もなく敵集団は背を向けて逃げ出そうとした所で、ピンクが両腕を上げて叫ぶ。


『逃がさない。屎尿浄化槽爆弾!』


 敵集団上空に大きな箱の様な物が出現した。


 敵が思わず見上げ、足が止まる。


『落下!』


 ピンクが腕を振り下ろすと箱も落下し敵集団に直撃した。


 箱は脆かったようで、爆心地から周囲に大量の糞尿が飛び散る。


『もうやだ、故郷に帰るぅぅぅううう!』

『割の良いバイトだって聞いて来たんだぞ!? こんなん、ねえよ!』

『上司に会わせろ! ぶっ殺してやる!』


 敵集団は戦意を完全に喪失した。


 宝石姉妹は大爆笑だが、俺は顔を引きらせていた。


 いくらなんでもやり過ぎだろう。

 この調子だといつか全国の子供達の親がテレビ局に怒鳴り込むに違いない。


 そんな事を思っていると、突然画面が灰色になり『しばらくお待ち下さい』という文字が出た。


 姉妹が笑い声を止め首を傾げていると、画面が切り替わった。


 変身スーツ姿のカケコンジャー5人が横並びになっている。


『突然だけど、この番組は今日で終わりだ。』

『みんな、いつも応援してくれてありがとう!』

『いつの日か君達も大人になる』

『正義の心を忘れるんじゃないぞ』

『さようなら!』


 いきなり戦闘が強制的に終わったかと思えばEDの歌が流れ始める。


 姉妹の残念がる声に俺はどう接したら良いのか頭を悩ませた。


 そうこうしてる内に歌が終わると、勇ましい音楽と共に先程とは違う若者達が敵と格闘してる場面が流れ始める。


 再び地球を邪悪な組織が襲い、それに立ち向かう正義の5人組の物語のようだ。


『血便レッド!』

『普通ブラウン!』

『下痢便ブルー!』

『内出血ブラック!』

『死後グリーン!』

『5人揃って、排便戦隊シャガムンジャー!』


 姉妹がはしゃぐが俺は頭を抱える。


 場面は再び戦闘シーンとなりブラウンが敵集団にむき出しの尻を向け叫ぶ。


『おなら流臭気術秘技!』


 続けて胸にうんこと書かれたゼッケンを付けたブルーが叫ぶ。


『おならです』


 最後に肛門と書かれたゼッケンを付けたグリーンが怒鳴る。


『よし通れ!』


 ブラウンの尻から考えられないほどの量の排泄物が飛び出し敵集団へ襲いかかる。


 画面内は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


 姉妹は大爆笑。俺はその場でドン引きした。

 前回と変わってないじゃないか!


「あれ?」

「真っ暗ぁ」


 ふと顔を上げると姉妹がタブレット端末をばしばしと叩いていた。


「ちょ、乱暴に扱っちゃ駄目……」


 姉妹を止めようとしたところ、暗かった画面が切り替わった。


 今度は背広姿の男が誰かに羽交い締めにされながら前に立つ男に怒鳴り散らしている。


『ふざけやがって、ふざけやがって、この野郎!』

『落ち着いてくださいよ』

『できるか! 番組は打ち切りだ馬鹿野郎!』

『報道の自由があるので無理です』


 どうやら怒鳴っているのはお偉いさんのようだが?


『たかが特撮ごときでぬかすな!』

『聞き捨てなりませんな。たかが特撮、されど特撮ですよ?』

『それがどうした!?』


 怒るお偉いさんに対して男は眼鏡をクイッと上げる。


『日本全国の子供達に笑顔と勇気をもたらすための番組です』

『親御さん達から子供達に悪影響だって訴えられてんだ、自覚しろ!』

『そんな!? 今どきの子供でも分かりやすく表現した自由な番組を目指したんですよ!』


 お偉いさんの指摘に男が大げさな声で狼狽えてみせる。


『自由すぎるわ!』

『とにかく、断固として続けます!』

『停波くらいたいのか!?』


 お偉いさんの脅迫ともとれる言葉に男の額に青筋が浮かぶ。


『あ、それ言う? ならあんたが国民の税金でいかがわしい』

『わーわーわー! なんて事言うんだ貴様!』

『続けて良いですね?』

『認めん! 認めたら退職金が、年金が、ローンが!』


 何かぎゃあぎゃあ言ってて良く分からないが、姉妹の情操教育に悪いしこの番組だけの視聴はできないように設定し直しておこう。


 そんなことを考えつつ壁の窓から外を見る。


 抜けるような冬の青空にすがすがしい気分になる。


 元気を取り戻した姉妹を見て和やかな気持ちになり、ここまで歩んできた1ヶ月に思いをせた。


◆     ◆     ◆


 日本国東京都内のとあるビルの前に1台のスクーターがやって来た。


 黒いスクーターは後部の荷台にバックパックが2つとさらにその後ろに取り付けられたカートに2つの計4つが載せられている。


 運転手は一般道からビルの敷地内に乗り入れると、エントランス前にスクーターを停めてヘルメットを脱ぐ。


 運転していたのは白髪混じりの短髪の41才の男、つまりは俺だ。


 手早く4つのバックパックを器用に抱えて警備室の前に立哨している警備員の前まで歩く。


「こんにちは、バクバク・イーツです」

「じゃあここに所属会社と名前を記入ね」


 差し出された入館記録表とボールペンを受け取る。


「毎回思うんですけど面倒くさいやり取りですね」

「規則だからね」

「…………倉阪規くらさかただし、と。記入終わりました」

「今日は何階に?」


 携帯専用端末を見ながら読み上げる。


「3の高橋と飯田、5の角田と佐々木、6の国広と牧野……ですね」

「…………確認取れました。来社を許可します」

「失礼します」


 エレベーターを使用しそれぞれの階で依頼者にバックパックから取り出した食品を渡し代金を受け取る。


「毎度ありがとうございました!」

「ああ、ちょっと」

「はい?」


 礼をして立ち去ろうとすると国広と名乗るお客が俺を呼び止める。


「明日からおたくの会社への注文を止めて他社に切り替えることにしたよ」


 3秒ほど思考が止まる。


 このお客様たちの会社から毎回複数の注文を受けていて、俺が積極的に引き受けていたお得意様の1つだ。


「……理由を伺っても?」

「報酬を減らされたからとは言え注文しても食事を届けない奴がたくさんいるのはどうかしてる。だから会社命令で満足に仕事もこなせないのなら他の店に切り替えろ、とお達しが来たよ」

「……そうですか」


 ここも駄目だったか。


 正直、こうなる事を予期して注文を頻繁に行う特定の人物に集中して配達していたが、どうしても漏れが出る。


 儲けを度外視して上手く囲い込みしないと買い手が先細りするのは目に見えていたはずだったんだけどなあ。


 先を見据えて行動できる構成員がほとんどいなかったのが痛手だった。


 この御時世そうそう割の良い仕事があるとは思えないが、配達員たちが職務放棄に近い依頼選択を行ったのだから仕方ない。


「君には良く世話になってたから感謝してるよ」

「そうですか、残念です」


 いくら個人が頑張っても悪評や世間体を気にして取引を止めてしまう所も数が多い。


「それでは失礼します。今までありがとうございました」


 頭を下げて礼を言うと4つのバックパックを持ってビルのエントランスから出た。


 近くに停めてある我が愛車のスクーターに向かう。


 バックパックを載せてスクーターを手押しで一般道へ出る手前で停車させる。


 専用端末で次の依頼を検索し近場の目的地が集中してる箇所を探す。


 報酬を減らされたせいか依頼を受ける構成員はあまりいないので選り取り見取りだ。


 1つ辺りの単価では赤字だが3つ4つ同時にこなせば何とか黒字になりそうだ。


◆     ◆     ◆


 昔、と言うほどではないがバクバク・イーツが日本に参入した当初、体力自慢の若者たちがこぞって参加した。


 その中には月収100万を叩き出す猛者も現れたものだ。


 税金は自身で計算して納めなければならないデメリットがあるが、それを差し引いて余りある美味しい報酬に皆の目が眩んだのである。


 お金をガンガン稼いでいた者たちが他の低賃金の職種を馬鹿にしていたのも今は昔。


 会社側もそのままを維持せず経費削減の名の下、人件費を大幅に減らしてきた。


 当然、割に合わないと思った者たちが多く依頼を受けなくなった。


 しかし、契約した店には今も注文が届き調理した物を配達員に渡す義務がある。


 結果、彼らに渡されるはずの品物が店頭で山積みとなり時間切れで廃棄される光景が散見される事となった。


 注文者がバクバク・イーツの利用をしなくなり、契約金を払うのも馬鹿らしくなった各店も契約を打ち切り、自然とバクバク日本支部の会社規模は縮小していくと予想される。


◆     ◆     ◆


 元々俺は小さな企業で働いていたが経営が思わしくなく、リストラに巻き込まれ職を転々とし、自分の意思で仕事を請け負う今の立場に落ち着いた。


 体力自慢の若者たちが自転車を使う中、肉体的に衰えた俺は今まで貯めたお金からスクーターを買う分だけ下ろし購入。


 後から追加でカートと専用バックパックも買った。


 若い時に取っておいて良かった普通自動車免許。


 まあ、直に他の若者たちも肉体的疲労を起こさないスクーターを導入し始めたのだが。


 次の依頼者のためにある店に向かってスクーターを走らせ、商品を受け取り目的地までひた走る最中、住宅街の塀の側にとある物が置いてあるのが視界に入って無意識にスクーターを道路の端に寄せて停める。


「……サッシ?」


 サッシとはいわゆる窓の事だ。


 比較的小振りでトイレなどの窓に使われる小型の窓が2つ重ねられて塀に立てかけられている。


 ぱっと見、どこにでもあるアルミサッシのようだが何かの理由で捨てられたようだ。


 無視をしても良いが、不思議と目を惹きつけられる。


 無言で全周を見回す。


 今は昼過ぎだが人通りは無い。


 スクーターから降りるとサッシの側まで近寄りしゃがんで持ち上げてみる。


 それなりの重さだが中年の俺でも運べるくらいの重量だ。


 このままえっちらおっちらスクーターまで運び、後部の荷台に載せるとゴム紐で縛り固定する。


 どういうわけか人の気配が無いのが気になるが、これ幸いとその場を後にした。


◆     ◆     ◆


 サッシの事が気になって仕事に集中できず、今日は早めに切り上げる事にした。


 事務所に戻るとロッカールームでバックパックと専用端末を返却し帰宅しようと出口に向かう。


「おい、おっさん」

「誰だ……乃東だいとう君か」


 呼びかけられた気がして振り向くと、乃東だいとうひとしと言う若者がいた。


 この辺りの配達員をまとめているリーダーの補佐的な立場であれこれと立ち回っているが時には腕力を用いて物事を解決させるので一部の配達員には煙たがられている。


 それでも俺にとってはあれこれと世話になっているのでそこまでの忌避感は無い。


「何か用かい?」

「何やってんだよ、お前も仕事ボイコットしなきゃ駄目だろ」

「理由を教えてくれ」

「俺等を見下してる会社が根負けして依頼の単価を上げなくなるだろうが! 赤字の依頼を受けるんじゃねえよ!」


 乃東君はいきなり小声で怒り始めた。


 小声なのは事務所だから上司には聞かれたくないんだろう。


「君、理解してないだろ?」

「ああ!?」

「労働者の待遇改善はもっともな話だよ。けれどね」


 俺の言葉を聞く気になったのか乃東君は訊き返す。


「何だよ」

「労働者目線で語りすぎだよ。お客様目線で見たらどうなると思う?」

「それが何だ」


 乃東君は不機嫌な表情で続きを促す。


「待遇改善される日までお客様は待ってくれると思ってるの? いつまで経っても注文した品が来ないどころかキャンセルされる。それも何度も」

「だから?」

「お客様からしたら仕事をしない配達員は必要無いんだ。いつかブラックリスト入りして仕事すらできなくなるよ?」

「まだそんな事にはなってないだろ」


 俺は辛抱強く語りかける。


「あるいは会社側が僕たちをそうしてしまう可能性すらある」

「できるはずないだろ! 俺等がが示し合わせてボイコットしてるんだ。そんな事したらやっていけなくなる」


 普通ならそうなるはずなんだ。


「そうかもしれない。ただね、僕は氷河期世代なんだ」

「それがどうした」

「あの頃はね、経営者目線で言わせてもらうと末端の代わりはいくらでもいる。……そういうやり方が当たり前だったんだよ」


 経験者は語る、というやつだな。


「今は違うだろ」

「歴史は繰り返す。同じ人間だよ? そうならない保証が無い」

「もしそうだとしても俺等みたいに生き残ってる上澄みの代わりはそうそう出てこないはずだ」

「だといいんだけど」


 乃東君が言う上澄みとはきちんと仕事をこなす当たり前の配達員の事を指す。


 素行の悪い奴は依頼を受けても運ぶ途中で疲れたから止めるなら良い方で、配達中の料理を食べてしまう最悪なのもいる。


 とにかく、ブラックリスト入りにならない保証がどこにもないのだ。


 俺たちは下っ端にしか過ぎないのだから。


「兎にも角にも、君たちは君たちが信じる道を進めば良い。僕は仕事を続けるよ」

「……お前の頑張りは徒労に終わるぞ」

「ごめんな」


 俺の態度に諦めたのか、首を横に振った乃東君は背を向けて去って行った。


 俺も帰ろう。


 このままこの会社の仕事を続けるのは難しいか。


 面倒くさいが同業他社に移ろうか。


 でもそう何度も移動を繰り返したらそれこそブラックリスト入りしかねない。


 乃東君を思い返す。


 割に合わなくなった依頼を受けなくなるのは理解できるが、自ら進んで仕事場を失いに行くとは思わなかった。


 氷河期世代の俺の感覚が今の若者と比べて狂ってるのかもしれないが。


 そこまで考えて首を左右に振る。


 他人の将来を心配してどうする。今は自身の立場の確保だ。

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