【24】ナボラ教会の晩餐
あたしは教会の食事と言うものは、ひとかけらのパンとワインってものを想像していたんだけど。
『うひょーッ!? こ……これはーーーッ!?
パンはパンでもこれは幻の名店ベローンのパンじゃないかァーーーッ!!』
「べろーん? 何か変わった名前ね」
スフェーンはパンをクンクン匂いを嗅ぎ、大きな口ではぐっと頬張った。
「うわぁーッ! コレっておいしいじゃないッ! 変な名前からは想像出来ない味だよな」
「アランスのお店ですよね、正確にはヴェーロンですが」
『そ、そうそうヴェーロンとも言うよね』
へぇー意外だなぁ。クリーダはこのパンの事を知ってたんだ、しかも訂正までしてくれちゃう程に。
「ほぉ、キミ達よく分かったね
このパンは紛れもなくヴェーロンのパンだよ
ただし、作られたのはこの教会だがね」
『と、いう事はもしかして』
「今後シスタードーナツの各店舗でも販売される予定なんだよ」
『なんとッ! 発売されたら買います買いますッ! 楽しみにしてますッ!』
晩餐に出されたのは、ベロ……ヴェーロンのパンと、ワインは新物のジョーボレー・ヌボー。
最近ナボラの教会は、アランスの教会同士親睦を深めているらしい。
アランスの名品をこちらで売り出すって事は、シスドのドーナツはあっちで売られる事になるのだろうか?
シスドをアランスの人達が食べるのかぁ、国際交流って素敵だなぁー。
「ホント、おチビはスィーツの類に目がないよねー
昨日のドーナツもおチビが全部食べてたし、そんなに食べるとおなかの方が胸より大きくなっちゃうよッ? ハムって呼ばれちゃうんだよッ!」
「シンナバーも分かってないなぁー! おチビたんはそこがいいんじゃ……あっ、あはあはは」
口を尖がらしたシンナバーに気が付いたスフェーンは、苦笑いして誤魔化そうとしてた。
いやぁ、まさかこの2人を目の前にして、こんな和んだ会話が出来る日が訪れ様とは思わなかったよ。すっごく色々あったけど。
「ところでシンナバー
キミのお父さん、フェルドスパー司祭は元気かね?」
「あ、はいッ! おかげさまで父は元気にやってます」
「フェルドスパー司祭は、かつてここで私と共に学んだ友人なのは知っての通りだろう
実はだね、私は近いうちに司祭長を任される事になるのだが……」
どうやらテン市長の話の目的は、シンナバーのお父さんであるフェルドスパー司祭への託だったみたいだね。
託の内容を簡単に言うと、今後の国際親睦の推進にあたり、テン市長の手伝いをしてくれないかと言う話。
あたしは親睦ってちょっとしたキャンペーンみたいなものかと思ってたけど、実際はもっと大きな目的があって、それはマトラ王国そのものが進めている計画なのだとか。
うーむー……マトラ王国って最近怪しい動きが多いけど、この国って大丈夫なのかな?
このマトラ王国の近年の主な輸出品は、王国で独自開発された魔法や兵器だ。
もし今後、国家間で直接魔法や兵器が取引される様になったとしたら、それはそれなりの大きな理由が存在するだろう。
今更国々が戦争したりなんて事はないと思うけど、マトラ王国の軍用兵器である「ルクトイ」をついこないだ見せられたばかりだしねぇ。
まさか、あのルクトイまでが販売目的だったりする訳はないだろうけど、一応軍の最高機密って言ってた事だしさ。
「それともう1つ、これは私からのプレゼントだ
ちょっと合わせてみてくれないか?」
「これは……」
テン市長がシンナバーにあげたプレゼント、それはナントこの教会の修道服だった。
シンナバーまで引き入れる気なのかな? あの強引さからすると選択肢は1つしかなかったりして。
「ど、どうでしょうか……」
少ししてシンナバーが修道服に着替えて戻って来た。
薄青のワンピースに銀の十字架、それにウィンプルとベールを被ったシンナバーなんてもちろん初めて見たよ。
へぇ、シンナバーって実はこういうの似合ったんだね。ずっと黙ってれば知らない人には清楚に見えるかもよ。
「うん、よく似合うじゃないか
誰が見てもこの教会のシスターに見えるよ」
「そうですか? 慣れないのでちょっと恥ずかしいですけど」
スフェーンの様子を見たら、目を丸くしてポカンと口を開けていたよ。
心からおめでとうシンナバー! これでスフェーンの心をバッチリ掴んだ事だろうよ。そしてさようならスフェーン! そう思いながらあたしはにんまりとした。
「テン市長、せっかく頂いておいて言うのも何ですが……
あたしはこの教会に入るつもりは」
どうするかって思ってたら、シンナバーが先手を打ったよ。
確かにシンナバーって教会でじっとしてられるタイプじゃないからね。それに毒吐けないストレスでパンクしちゃいそうだ。
「分かってるよ、それはとても残念だがね
まぁ気が向いたらいつでも来なさい」
と言う割にテン市長は、シンナバーに修道服を10セット位渡していた。引き入れたさが丸出しじゃないかー!
食事を終えて、あたし達はそれぞれ部屋へと戻って行った。
あたしは部屋に入る時にドアを完全に閉めず少し開けたまま、奥の部屋に入ろうとしてるスフェーンとシンナバーの様子をじっと見てみた。
そしたらさ、彼女達が部屋に入る瞬間にスフェーンがシンナバーの肩に手を回すのが見えてすっごいゾクゾクしちゃったッ!
『あぁーッ! ファンタジーが始まる予感ッ』
両手を胸の前で組み目を閉じると、祈るようなポーズで独り言をつぶやいた。
「そんなに待ち遠しかったのですね」
『あ……』
その言葉にクリーダが反応しちゃった。もちろん反応してくれていいんだけどさ。
少し頬を赤く染めたクリーダの顔があたしに近づくと、自然に目の前が真っ暗になった。
あたたかくやわらかい感触がして、ほんのりと甘い味がしたんだ。