【22】恋は盲目
あたし達の後ろから現れたのは、ここには居ないはずのクリーダだった。
『クリーダ!? どうしてここに!?』
「ただの観光ですよ、せっかくのオフですから」
『へぇー、観光ねぇー』
「えぇ、ここの湖がきれいらしいので来て見たのです」
『そりゃ奇遇でしたね』
「奇遇ですよね」
明らかなウソに微笑むあたしとクリーダ。
「ところで、この悪臭の元が今回の獲物なのですか?」
獲物か……、明らかに力関係で上位にある者の発言だよね。
その悪臭の元は、あたしが固めた下半身の異常に全く気が付かないかの様に、尚も前進しようとしている。
「あら、あなたってこないだのおチビのツレ?」
「挨拶が遅れました、いつもこの子がお世話になっています」
クリーダがペコっとお辞儀をしたら、シンナバーも反射的にお辞儀をしてた。
「ところで……、
わたしの見たところ、このパーティーの火力さんは絶不調な様ですね
この汚物は全てを消滅してあげないと、倒すことは出来ない思念体です
『思念体? という事は蓄積された思念のままに行動するだけって事?』
「そうです、1つの個体ではないので物理攻撃は効果がありません
それに対して精霊魔法は1つの有効手段ですが
消滅させる為には相当な火力が必要です」
『相当ってどんくらい?』
「そうですね、少なくとも7~8千度は必要でしょうか
ただ、並の精霊魔法ではそこまでの高温を出すのは難しいでしょう
わたしのプラズマは二億度ありますので、きっとお手伝いが出来ると思いますがどうしますか?」
「せっかくだけど……」
シンナバーはそう言うと、スフェーンの前に立ってその頬を思い切り叩いたんだ。ビックリする程の音がしたよ。
スフェーンはそのまま倒れ、更に1回転して転がってた。手加減なしで本気で殴ったんだね。
「スフェーン!! ずっと我慢してたけど今日は言わせてもらうからッ!
今回の仕事を最後にペアを解消させてもらうよ」
「んなッ!?」
シンナバーは唐突に叩かれた事より、衝撃的な事を言われた事でどうしていいか分からない様子だ。
その頬には見事な手形が付いてた、こんな見事な手形が付いたのをあたしは見た事ない。それをスフェーンは手で押さえる事すらしなかった。
「いきなり何って顔ね? それじゃ説明してあげる」
スフェーンは呆然とした表情で、ぺたんと座ったままシンナバーを見つめていた。
「あたしは昔から強いスフェーンに憧れてたの、ずっと小さな頃からね
今だから言うけど、本当はあたし、魔法学校じゃなくこの町の教会に入るはずだったのよ、
スフェーンと同じ学校に入る為に父を半年間毎日説得して、やっと魔法学校に入る事を許された時はそれはそれは嬉しかったわぁ」
そっか、シンナバーって何で魔法学校に入ったんだろ? って思ってたけど、スフェーンと離れたくなかったからなんだ。
ナボラの教会に入ったら、滅多に会う事も出来なくなるからね。
「晴れて魔法学校へ入学して、さぁこれからって思ってたらいきなりスフェーンはおチビに夢中になってるし……
でもスフェーンが望むことならって思って我慢したんだッ!
スフェーンがおチビを抱いたって聞いた時だって卒倒したけど我慢したんだよッ!」
『あわッ!』
こらーーーッ! クリーダの前で何言っちゃってくれてんの!?
あたしはゆっくりと視線をクリーダに向けてみた、クリーダは腕組みしてすっごい不満げな顔であたしを見ていたよ。
「聞いてよッ! あたしはスフェーンが学校一の実力を認められた時なんてこう思ったんだよッ!
あぁ、あたしのスフェーンが遂にやってくれたッ! ってね!!
じゃぁあんたの大好きなおチビはその時どう思ってくれたのッ!? 喜んでくれたっていうの!?」
シンナバーはあたしの方に振り返り、ビシッと真っ直ぐあたしを指差した。
『あ、あたしは……』
「ほぅらね? 喜んじゃいないんだよッ! だっておチビはスフェーンの事が大嫌いだからッ!
あたしはあたしの事より、ずっと嬉しかったのにッ!」
スフェーンが魔法学校で一番になったっ事は知ってた、でもその時全然嬉しいとは思わなかった。
余計に力が付いちゃったって困ったとしか思わなかったよ。
シンナバーはスフェーンの方へまた振り返り、尚も話を続けた。
「昨日様子が変わったスフェーンを見て、おチビと何かあったのはすぐわかった
正直言ってあたしは今までで一番うれしかったよ、だってこれでスフェーンがおチビを追いかけるのをやめるんだって思ったからね」
シンナバーは両手をスフェーンの両肩に置いて悲しそうな顔をした。
「それなのにスフェーンはそれでも、おチビたんおチビたん言ってッ!
あんたがいくら好きでも、おチビには大迷惑だって事がまだ分かんないの!?」
「わかってる……わかってるんだけど……あたし」
「わかってないッ! 今日までずっとスフェーンに憧れて来たけど、余りの情けなさに心底呆れた
フラれただけで死にたいって? バッカじゃないのッ!?
そんなに死にたいって言うんなら、あたしが一緒に死んであげる」
「シンナバー……? あなた」
「だってスフェーンがいない世界で生きていてもしょうがないから……
ずっとあなたが好きでした、今までもこれからも」
うっわぁーーーーッ! このタイミングで告ったのかーッ!? 告ったと言うのかーーーッ!?
背景に汚物が映りこんで、花補正も効果がなさそうですけどーーーッ!?
スフェーンはビックリした様な顔でシンナバーを見つめた、シンナバーは涙を目にいっぱい貯めてウンウンと頷いている。
シンナバーはゆっくり目を閉じ、スフェーンに何かを期待している様だ。
背景に汚物が映り込み、辺りには汚物からの悪臭が漂っていても、恋と言うのはかくも盲目なものなんだね。
だけどね。
「……ごめん」
「ぅはぁぅッ!」
スフェーンのその言葉にシンナバーは足をくじいた様に崩れ落ちたんだ、その見事な倒れっぷりに思わず拍手しちゃいそうだったよ。
「あいや、今まで気がつかなくてごめんって意味のね……でも今はまだ返事は出来ないや」
「そ……そかそか」
シンナバーはヨロっと起き上がった。
「あたしがまず、ちゃんとケジメを付けなきゃね
それに最後位はおチビたんにあたしのカッコイイ所を見せておきたいし」
すっくと立ち上がったスフェーンの表情は変わっていた、そこには凛々しく強い目力が復活していたよ。
そう言えば初めて会った頃はよく見たっけ、スフェーンがこういう目をしてるのを。
「クリーダって言ったっけね、せっかくだけどあなたの出番はなさそうだよ」
「その様ですね、復活された様で安心しました」
「あたしをただの精霊魔法使いだと思わないでね、これでも魔法学校時代は常に最強だったんだから」
スフェーンが迷う事無くスッと天を指差すと、あたし達の目の前に巨大な稲妻が落ちたんだ。