【19】屈折した想い
あたしはスフェーンから思いもよらない言葉を聞いた。
動物の様な彫刻の口から流れ出るお湯の音と、耳元で聞こえるスフェーンの吐息だけが聞こえている。
あたしは灯りのゆらめきが、湯面にゆらゆらと映り込んでいるのをじっと見つめていた。
「おチビたん……好き好き」
スフェーンは両手でしっかりとあたしを抱きしめ、交差した腕はあたしの両腕を掴んでいた。
『スフェーン? 一体どうしたの?』
「あたしがどれだけ探していたかなんて、おチビたんにはわかんないよね
あれから3年、3年もだよ」
スフェーンは一体何を言ってるんだろう?
「あなたはあたしがあの街に、ただ偶然立ち寄っていたと思ったかもしれないけど」
『え?』
「偶然なんかじゃないの」
まさか、スフェーンはあたしの事を3年間もずっと探してたって事?
「魔戦士組合の登録に小細工魔法士で登録したでしょ?
名前は変えてたみたいだけどそれで分かったんだよ
一昨日知って昨日急いで来たんだから」
それを聞いても、あたしは「しまった」としか思わなかった。
スフェーンがあたしに好意を寄せるのは勝手だけど、あたしが誰を嫌うかも勝手だからね。
今更「好き」と言われても、はいそうですかと受け入れる事なんてありえないんだ。
得てしてやんちゃな男の子が、ありがちに好きな女の子にちょっかいを出すパターンでは、ほぼ確実に受け入れられる事がないのと同じなんだ。
これはよく物語りの設定では定番になってたりするけど、あたしに言わせれば実際にそういう目にあった事がない人が安易に考え付いた無責任な味付けなんだ。
『……そうだったんだ……』
「魔戦士組合の人に丁度仕事に出かけてるって聞いたから、あそこで待ってればいつかは来ると思ってたの
あんなにすぐ来るとは思わなかったよ」
『あたしはスフェーンがよく分からない
いつもあたしが困る事ばっかしてたし、今だって何が何だか全然分かんないんだよ』
「だって……おチビたん見てるとあたし
もうたまらなくなっちゃって」
『そんな……、あたしは物じゃないんだよ?
イヤな事されたらちゃんとイヤって思うんだよ?』
「そうだよね、ごめんなさい」
どんな言葉を今後言われても、あたしはスフェーンに対する気持ちの変化はないと思った。
『スフェーンの気持ちは分かったよ、でもあたしは』
「待って!」
言いかけた所で止められた。
「あなたがあたしの事どう思ってるか位はわかるから……」
『だったら何でいつもあたしが困ることばっか言ってたの?』
「だって、そうでもしないと振り向いてさえくれなかったじゃない
振り向いてもらう為に、そして他に目が行かない様に色々考えたんだよ」
──そうか、分かったよ
あたしを困らせれば、あたしの頭の中はスフェーンの事だらけになると思い。
何でも言う事を聞かせる為に、あたしに恐怖心を植え付けたって事なのか。
そして、あたしを孤立させれば全てが手に入ると思ったのだろう。
そんな自分勝手な事で相手の心なんて得られるとでも思うのかッ!
スフェーンの心の内を聞いても、あたしはただ彼女が哀れとしか思えなかった。
「お願い……今回の仕事の間だけ」
あたしの背中でスフェーンはしくしく泣き出してしまった。
スフェーンが泣くのを見るのはこれが初めてだ、彼女なりに相当な想いはあるんだろうね。
スフェーンがかつてない程に弱々しく見えた、こういうのってあたしは苦手だな。
浴室から出たあたし達に会話はなかった。
スフェーンもうつむき加減になってしまっている。空気が重いナァ……、シングルにいるシンナバーが羨ましい。
その後、シンナバーが来て食事に出た時も、彼女は殆ど言葉を発する事がなかったよ。
シンナバーはスフェーンの様子にすぐ気がついて声をかけてあげてたけど、スフェーンは少しだけ笑顔を作る程度だった。
唐突に慎ましやかに豹変したスフェーンとあたしは、食事を終えて部屋に戻って来た。
こうなった理由は、全てをあたしに洗いざらい話したからなんだろう。
もう今までの様な事をする必要がなくなったって事だろうね。
これはこれで気まずくなったし、明日に備えてあたし達は眠ることにした。
ロイヤルのベッドは天がいが付いて、煌びやかな装飾まで施された王族が使う様なベッドだ。
布団もふっかふかのやわらかい羽毛が使われていて、これ以上は想像出来ない程ゴージャス極まりない。
こんなベッドに寝られるのは一生の内にそうそうはないだろうな。
これならきっと素晴らしい夢が見れるぞーッって思ったんだけど……
『スフェーン?』
スフェーンがあたしのベッドの脇に立ち、顔は真っ直ぐ前を見たまま目だけが見下ろしている。何かすっごく嫌な予感がするなぁ。
「いいよね……」
『へ?』
スフェーンは小さな声で言うと、雪崩の様にあたしに覆いかぶさってすごい勢いでガウンのヒモを解こうとした。
『うぎゃ……イヤだーッ!』
反射的にあたしは抵抗していた、だって本当にイヤだったからだ。
「なんでよ、これが初めてって訳じゃないじゃ……!?」
唐突にスフェーンの言葉と動きが止まった。まるでいきなり凍ってしまったかの様に。
「な、何なの? これって……」
『あ……』
ガウンのヒモが解かれ、灯りの元にあたしの全てが露になっていた。
スフェーンが見たもの、それはクリーダがあたしに付けた印達だった。