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僕は聖女兵器  作者: 不某逸馬
後章
99/111

Chap.2 - EP2(10)『蜘蛛殺し ―堕ちていく―』

「いやぁ~、実験結果を直接見にきてみれば、まさかこんな展開になるとは……驚きですネェ」


 背の低い肥えた男は、言葉の後に「きゃっきゃっきゃっ」と稚気めいた笑い声をあげた。


 その声が耳障りだったせいか、意識を失っていたアクセルオが、深い眠りから眼を覚ます。


 全身に激痛が走る。体が思うように動かせない。

 何がどうなっている。一体自分に何が起こった。


 意識が朦朧として、ただただ重い。

 置かれている状況も何もかもが、泥濘と化した沼底にいるようだった。


「オヤ? 目が覚めたみたいだネ」


 上半身をやっとの事で起こすも、その際に自分に戒めがなされている事にアクセルオは気付いた。


 周囲を見渡すと、そこは見慣れたとも見慣れぬとも言えない、草茂る林の中だった。

 木々の隙間から、噴煙を上げる街並みが見える。戦争でも起きたような光景に、あれがさっきまでいたロスキレの街だというのがわかった。つまり今いるのは、街から離れた近くの林の中という事だろう。

 尚の事、混乱に拍車がかかる。


 ――確か自分は、レイアの守護士(ガードナー)と名乗った若者に会って、そしたら……。


 未来予知で建物が吹き飛んでくるのは見えていた。けれどもあの時、あのアムロイと名乗った若者が何かを言った事に気を取られ、咄嗟に出遅れてしまったのだ。


 ――あいつ、確かにあの時……。


 若者が口走った名前。聞き違いではない。

 それを思い返した時、若者の顔が何か――いや、誰かと重なる。


「ご機嫌よう、アクセルオ殿下」


 しかし小男の耳障りな声が、アクセルオの思考を中断させる。


「お前は……」

「いや、今は殿下ではないのかな? ただの一般人のアクセルオ君とでも呼ぶべきかもしれんな。まあそんな事、ワタシにはどうでもいい事だがネ」


 男の姿を、アクセルオはどこかで見た事があった。が、思い出せない。目覚めたばかりというのもあるだろうが、単純に記憶が古いからだろうか。

 いずれにせよ、意識がはっきりしていても思い出せたかどうかは怪しかった。


「これは……お前がやったのか」


 縛られた手足を見て、アクセルオが言う。


「直接的に実行したのはワタシではないヨ。ワタシは君を縛るように指示をしただけ。そういう意図を含んでの発言というなら、答えはその通りとなるネ」

「お前は一体――」

「おっとぉ――それ以上、君に何かを問う権利はないヨ。見ての通り、生殺与奪はワタシにあるのだから。ワタシが君に問いを投げかけ、君が答える事はあってもその逆はない。分かるかネ? 君はもう、ワタシの被検体になったという事さ」


 小男が再びあの、きゃっきゃっきゃっという不快な笑い声をあげた。


 アクセルオは、一瞬焦りそうにもなったが、意識にまだ靄がかかっているようなお陰で、逆に冷静に自分の置かれた状況を俯瞰出来た。


 自分は今、この小男に捕まってしまったようだ。

 おそらく邪霊が出現した際の衝撃で吹き飛ばされ、気を失っていたのだろう。むしろ命があっただけでも幸運と言えるかもしれない。だが意識がない間にこの小男に拉致され、こんな状態になっているというところだろうか。

 見たところ、男は騎士や戦士、またはそれらから落魄した者ではなさそうだった。見た目だけで安易に判断は出来ないが、それでも武術の嗜みがあるかどうかくらいは、アクセルオでも見ただけで判断が出来る自信があった。

 追い剥ぎ、強盗の類でもなさそうである。どちらかと言えば、文弱な雰囲気さえ見てとれる。だからアクセルオを縛ったのだろうが、それでもこんな小男くらいなら、戒めがあってもなんとか制圧出来そうにも思えた。


 だが問題は、この男が自分を攫った目的であろうとアクセルオは考える。


 男はアクセルオの事を知っていた。自国民ならその可能性もなくはないし、反対に国民全員の顔をアクセルオが知っているわけはないので、その関係性なら彼が小男を知らないのも当たり前の事だ。どうであれ、王族と知っての拉致で一番有り得そうなのは、身代金などの金目当ての犯行というのがお決まりだろうが、今のこの王国の現状でそれがどれほど無意味なのかは言うまでもない。


 それに、小男はアクセルオの事を〝被験体〟と言った。


 何かに利用しようというのは明白だが、金銭などが目的でないのはその一語にもあらわれていると感じた。

 とはいえ、こちらからの質問は受け付けないと言われたばかりだ。重ねて質問をして状況を悪化させたくはないとアクセルオは考える。


 そこで、この戒めを――小男には気取られぬよう――あらためて確認した。


 そこまできつくはないが、すぐにほどけそうにもない。だがこのままの状態でも、体当たりくらいなら出来なくはないだろう。

 自分の長身で己の背丈の半分ぐらいしかなさそうなこの男に当たれば、相当に時間は稼げるはずだと推測する。

 意を決して隙を伺おうとした時。


「バカな考えはよした方がいいわ」


 女の声は、アクセルオの思考を完全に見透かしていた。


 ――!


 小男は縛ったのは自分ではないと言った。

 とするとこの声の女が、自分を縛り上げたのかと、アクセルオが声の方を探る。


「お前は……!」


 木々の間にいた彼女を見て、アクセルオは絶句する。


「どうして……。どういう……」

「さっき閣下の言った言葉を覚えてないの? 質問は受け付けないって言ったでしょ。あたしも同じよ」

「生きていたのか……それよりも――」


 二の句を繋げる前に、アクセルオの首に違和感が生じる。

 それは薄気味の悪い感触をした何か紐というか触手のようなもので、彼の首にぐるりと巻き付くと見えざる力で締め上げたのだ。


「カッ……カハッ……」


 喉がすぼまり、息が詰まる。声が出せないどころか息も出来ない。


「黙りなさいと言ったでしょう。その賢しらな口でぺちゃくちゃ喋られると迷惑だから、自動で〝そう〟なるよう仕込んでおいたから。分かったらせめてダンメルクに着くまでは口を閉じておきなさい」


 女の言葉が終わると、首を絞める力は弱まった。

 ぜいぜいと荒い息を吐き、アクセルオの顔は蒼白のまま、小男と女を睨みつける。


「反抗的な目ね。つまり、己の置かれた状況を理解した目というわけね。貴方のそういう頭の回転が早いところ、嫌いじゃないわ」


 女は黒のドレス(・・・・・)を翻し、口元に手を当てて微笑む。

 小男もあの不快な笑い声をあげる。


 どうしてこうなったのか。


 あの若者――アムロイは確かにラグイルと言った。ジャンヌの神霊の名を、言った。


 どうしてあの若者がその名を知っているのか。ダンメルクの騎士なのに。


 何より、アムロイと名乗った若者の顔――。


 髪型の違いは勿論だが、化粧がないのが何よりも大きい。

 けれども注意深く見れば気付くはず。

 同じ顔ではないか――と。


 分からない。

 分からない事ばかりだとアクセルオは煩悶する。


 しかしジャンヌにまつわる何かに出逢った事で、自分はまた堕ちていく羽目になったのは事実だ。


 まるでその名が、その存在が、災いを招く禁忌であるかのようだと――そんな考えが、アクセルオの脳裏に浮かんだ。

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