Chap.2 - EP2(9)『蜘蛛殺し ―天敵同士―』
空からの攻撃だけでは埒が開かないと考えたレイアは、ヤルダヴァートを地上に降ろし、聖女兵器最強の武装神霊の槍を展開し、決着をつけようとした。
これに対し、神霊であるヤルダヴァートは何も言わない。
自身もまた人間の世界に来て間もないため、様子を見たかったというのが正しいだろう。
一気呵成に攻撃を仕掛けるヤルダヴァート。
相手は槍が八本もあるが、こちらには腕の二本も槍と同等かそれ以上の武装になっているのだ。そこに攻防それぞれの毒が加わればあの聖女兵器など何も怖くない。
ここで兄と父、この国の仇を取り、自分はクローディア以上の聖女となってゆくゆくはあの女にも復讐してやる――。
レイアの心中は、既に奔放で天真爛漫な少女だったものではなく、憎悪に駆られ、怒りを刃に乗せる復讐鬼のものへと変貌していた。
それはもしかしたら、未成熟な心を守るための防衛本能だったのかもしれない。憎しみで我を忘れる事で、哀しみに耐えなくてもいいように。
だがそのレイアの様子は、アムロイ――というより、ラグイルに見抜かれていた。
ここで決めようと猪突猛進になっていると。
「おい!」
操縦球の中、ラグイルの合図。
聖女兵器のラグイルが腕を翳し、糸を繰り出す。
勢いはかつないほど凄まじく、まるで弾丸のようだった。けれどもそれらは全て、ヤルダヴァートの槍に弾かれるか、口から出す〝解毒〟の息によって掻き消されてしまう。
「無駄なんだから!」
吠えるレイア。
解毒の息は射程が短く連続では出せない分、威力は絶大でどんな神霊力、邪霊力も無意味化させてしまう。一方で羽根から出す花びらの解毒は、遠距離、広範囲にまで力は届くが、息ほどの強力さはない。
ヤルダヴァートはこれを使い分ける事で、戦闘を優位に運ぶのであったが、この場合は優位さを取ろうとした――というより、己の力に酔いしれたという方が正しかっただろう。
巨人同士の距離が縮む。
ラグイルが後ろ飛びで距離を開けようとするも、「逃がさない!」とレイアが速度を上げた。
その時だった。
巨人の足で路面を蹴立てたその周囲から、炎が吹き出したのは。
思わず足を止めるヤルダヴァート。
事前に周囲に張り巡らせておいた糸から、炎を発生させたのだ。
「こんなもの――!」
息を吹きかけ、炎を鎮める。
その一瞬の隙をつき――。
ラグイルから、甘美な唄声が響いてきたのは。
――〝機織の業〟
〝題名〟付きと呼ばれる、最大威力の聖女霊歌。
唄の届く全ての範囲に、神霊力の奇跡を起こす、浄化の力。
「――?!」
これに対し、レイアは眉を顰めた。
唄によって炎の糸を絶え間なく発生させ、こちらを動けなくしようとでもいうつもりかもしれないが、聖女霊歌が最も威力を発揮するのは、対・邪霊戦の時である。
浄化そのものが聖女兵器には意味がないし、神霊力により炎を発生させるのが目的だとしても、神霊の炎はヤルダヴァートの前には無意味だ。息と花びら、この二つの〝解毒〟で、炎の奇跡などいとも容易く消滅させてしまえるのだから。
「だから無駄だって言ってるでしょ」
レイアはヤルダヴァートを操り、神霊の槍を羽根に戻そうとする。
羽根から発生させる花びらで、ラグイルの放った唄、それが起こす全ての奇跡を打ち消すために。
が、しかし。
「――? 何?!」
違和感。
ヤルダヴァートの反応が鈍い。
まるで手綱を離した乗馬のように、動きがこちらの思うようにいかなくなっていたのだ。
背中の槍も、羽根に戻せない。
何が――何が起きているのか。
ラグイルの唄は続く。その力は周囲に満ち、あちこちで残存している霊蟲や屍喰人達の断末魔が聞こえてきた。
そこでレイアは気付いた。
ヤルダヴァートの動きそのものが鈍くなっているだけでなく、既に下半身は動けなくなっている事に。
「何……これ……」
思わず絶句するのも仕方あるまい。
両足の足首に何重もの糸が絡みつき、それは唄と共に数をどんどん増やしていたからだ。
「レイア達を捕縛しようとでもいうの……?」
それに対し、操縦球の中で神霊のヤルダヴァートが答える。
「あの聖女霊歌ですね」
「聖女兵器の唄でしょ。それならレイアも知ってるわ。でも何で?」
「ラグイルの糸は、炎を出す力もありますが、もう一つ、絡みついた対象の神霊力を不安定にさせる効果も持っているんです。この唄は、浄化に見せかけてひたすらこちらの動きを奪うためのものなんでしょう。こちらの毒が相手にとって致命傷なように、向こうの糸も、こちらの神霊力封じとしてある意味立派な〝毒〟なわけです」
最初に見せた炎の仕込みは、あくまでほんの一瞬でもいいから足止めさせるのが目的。その隙に聖女霊歌で足元に糸を出現させ、こちらの動きを完全に封じる作戦。
何より厄介なのは、力が不安定になっているから神霊の槍を羽根に戻せない以上、糸を消す事が出来ないのだ。当然だが、息による〝解毒〟の異能も出せない。
ならばとばかりにヤルダヴァートは体を屈ませ、短剣のような両腕の針で、糸を引き千切ろうとする。
そこへかけられる、声。
「レイア様」
屈みかけたヤルダヴァートの顔が上がる。
目の前に、ラグイルがいた。
「ジャンヌ……!」
「話を聞いてはくれませんか」
「は? 何を? 何の話を聞くっていうの? あなたの言い訳? 言い逃れ? それとも自分は無実だとでも? いい? 例えあなたの言葉が全部真実だとしても、レイアはあなたを許さない」
「どうして――」
「あなたが兄様と父様を殺したからよ!」
アムロイ――ジャンヌ――が言葉に詰まる。
正確にはそうではなくとも、自分が原因を作ったのは間違いないと自覚していたからだった。
「違う。あたしは」
「そうね。あなたの中では違うでしょうね! でもあなたがいたから――あなたが来たから、兄様も父様も命を落とす事になった。この国もこんな風になった! それは事実よ!」
「……!」
何も言い返せないアムロイ。
全ての元凶がクローディアだとしても、その証を立てる事は出来ないのだ。どんなに言い繕っても、客観的に見て言い訳でしかない。
だからもう、ここまでだった。
「一つだけ――。一つだけ言わせて。あたしはそれでも、貴女の事も大好きだから」
ヤルダヴァートが反応したのが分かった。正確には、ヤルダヴァートを操るレイアが、だろう。
今すぐにでも攻撃をかけようとしていた彼女が、咄嗟にそれを忘れるほどに硬直していた。
「な……何を……」
その姿に、操縦球の中でラグイルが「おい」と言う。
アムロイも分かっていると返した。
アムロイはレイアを害する事は出来ない。もし彼女を手にかけてしまったら、計画全てが台なしになるからだし、アムロイの心情的にもそれは無理だった。
最初から、戦うつもりなどないのだ。
だったら、取るべき手段は一つ。
アムロイとて予想していなかったレイアの反応を利用して、ラグイルがマリーゴールドの花びらを思わせる羽根を展開した。
そのまま間髪入れず、ラグイルの巨体は空高く舞い上がる。
「なっ――ま、待ちなさ――」
慌てて糸を切断しようとするも、慣れぬ操作にもたついてしまうレイア。やっとの事でヤルダヴァートの足の戒めを解いた時には、既にラグイルの姿は影も形も見えなくなっていた。
操縦球の中、レイアの顔は怒りの朱に染まる。
悔しさを声に出したかった。怒りと憎しみで叫びたかった。
けれどもレイアは、その全ての感情を呑み込み、無言のままで虚空を睨むのみ。
彼女が何を思っているのか、彼女に宿るヤルダヴァートも分からなかったし、もしかしたら彼女自身も自分の心が分からなくなっていたのかもしれない。




