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僕は聖女兵器  作者: 不某逸馬
後章
97/111

Chap.2 - EP2(8)『蜘蛛殺し ―彼女の復讐―』

 ラグイルが巨級霊蟲(マムート・シラルイ)一体を片付けたのとほぼ同じくして、ヤルダヴァートも四つ腕の巨級霊蟲(マムート・シラルイ)にとどめをさしていた。


 ヤルダヴァートが相手をしたのは、飛ぶ腕が一本だけの手負いの一体。

 遠隔攻撃が不充分なため、攻撃の軌道も読みやすく回避も容易。ヤルダヴァートは羽根を出したまま高速飛行で腕を捉え、両腕の手の甲にある巨大な針でこれを撃墜。そのまま本体に滑空をかけた。


 互いの殺傷圏内に入った瞬間、ヤルダヴァートは背中の羽根を神霊の槍(マヌス・スピア)に変化。

 防御に出した三本の腕を槍で払い除けると、さっきと同じように手の甲の針で刺したのだった。


 この針はただの針ではなく、毒針。


 神霊も邪霊も死に至らしめる、聖なる毒。神の裁きを注ぐ毒針。


 これの毒から助かる術はなかった。


 巨大な怪物が最初の一体と同じようにのたうちまわり、やがて三体目の巨級霊蟲(マムート・シラルイ)も活動を停止させたのだった。


 死骸となった巨体と、その末期の余波で見るも無惨な破壊の有様となった街を見て、レイアはほんの一瞬だけ呆然となってしまう。街と人々を救うためとはいえ、結果的に大破壊を齎してしまった事への自責だろう。


「しかし、こっちの世界にこんな三体も巨級霊蟲(マムート・シラルイ)が出現するとは……。改めて考えると、奇妙というより異常すぎますね」


 操縦球の中にいるレイアに対して言ったのかは分からないが、ヤルダヴァートのその呟きで、彼女は擦り切れそうだった己の意識を取り戻す。むしろその言葉により、レイアは後悔とはおよそ縁遠い感情を蘇らせたのだった。


「異常なのも何もかも、あの偽りの聖女、ジャンヌの仕業よ」

「ジャンヌ……。ああ、ラグイルと契約した聖女(フローラ)の事ですか。偽り……とはどういう事です?」

「あいつはレイアから神霊力を奪って、それを自分のものにして聖女(フローラ)になりすましたのよ。本当はレイアがなるはずだったのを、どうやったのかは分からないけど、力を奪ったの。その影響で王国に災いが起きているし、この怪物どもが出現したのだって、その一つに違いないわ」

「ちょっと……言ってる意味が分かりませんが」

「レイアの力を取り戻してくれたダンメルクのクローディア様が言ったのだから間違いない事よ。レイアは自分の力が戻る瞬間を、実際にこの身で体感し、この目で見てるもの」

「何ですか、それ……」


 レイアの答えに、ヤルダヴァートが興醒めしたような声を出した。

 その反応に、彼女はヤルダヴァートも共感してくれたのだと理解したが、実際にはまるで違っていた。

 けれども、レイアの反応がまるで自分のそれと違っていると分かっていながら、この神霊は彼女の勘違いを正さなかったのである。


 偽り――それを言うなら――。


 そんな事を言えば、この少女は混乱してしまうに違いない。そうすれば否が応にも、〝あの事〟に触れなければならないのは容易に想像出来た。

 しかしそれは、ラグイルと交わした約束と違えるものである。

 神霊同士は義理堅いわけではないが、今しばし事態を様子見する方が面白いだろうと、ヤルダヴァートは考えたのだった。


 余人が聞けば悪趣味なと言ったかもしれないが、その評価はむしろヤルダヴァートを喜ばせるものであったろう。ラグイルも大概だが、こちらの神霊も負けず劣らずクセの強すぎる性格をしているようだ。


「その全ての元凶に、やっと復讐出来るのね……!」


 レイアはヤルダヴァートの神霊の槍(マヌス・スピア)を羽根に戻し、巨人体を空に上げる。

 アムロイもこれに気付き、ラグイルで空を見上げる。


「来るぞ」


 ラグイルの鋭い声。アムロイも身構える。

 だがヤルダヴァートの巨体は、既に風と化していた。

 凄まじい速度で黒と黄色の蜂の巨人が飛来。両腕の針を短剣のように振るって、ラグイルを刺そうとする。


 しかし、ラグイルの反射速度はこれを見切っていた。


 八本の槍による牽制で、ヤルダヴァートの奇襲を見事に捌き切る。


 前口上も交わす言葉も何もない、問答無用の先制攻撃だった。

 その躊躇いのなさに、レイアの底知れぬ憎しみを垣間見たようで、アムロイはぞっとする。


「くそっ」


 レイアの吐き捨てる声が、アムロイの耳にも届く。


「ジャンヌ! やっぱり生きていたのね」


 この音声は、聖女兵器(アルマ・フロス)ヤルダヴァートを通じて出されているレイアの声である。つまり周りにも聞こえているという事だった。

 それが分かっているだけに、アムロイは返答に窮する。


「――んっ……んんっ……」


 声色を整えるように咳をして、本来よりも幾分か高い、〝ジャンヌ〟としての声を意識するアムロイ。


「レイア様……ですね」

「ジャンヌ……!」


 〝ジャンヌ〟の存在を確認するや否や、再び低空飛行で超速攻撃を仕掛けるヤルダヴァート。

 これに対し、今度は糸を繰り出して防御結界を張るラグイルだったが、蜘蛛の巣状に展開した糸に、細かな欠片が付着していた。


「――え?!」


 何、と思う間もなく、出したはずの糸が溶けて消えていく。脆くも崩れ去った結界をヤルダヴァートは造作もなく突破し、一撃を穿とうとした。


 しかしラグイルの槍は強力なだけでなく堅固でもあった。そこに至近未来予知と強化身体の二つの力も合わさり、猛攻を再度凌ぎ切った。


「花びらだ! ヤルダの奴はあの羽根から細かい花びらを出せんだよ。そいつは花吹雪みたいになって、あらゆる結界や防御の術を〝解毒〟しちまうんだ」


 操縦球の中、ラグイルの説明にも余裕の色がない。


「そんな――!」

「相性最悪だって言ったろうがっ。見て分かる通り、アイツには神霊の槍(マヌス・スピア)以外に両腕の二本の針がある」

「針っていうより剣じゃん……」

「そうだよ。ほぼ剣だ。その剣がある分、オレの八本の槍っていう、数の優位性はほぼないに等しい。それに腕の針があるから、空を飛んだままのあんな攻撃も可能なんだよ。そこにあの毒だ。オレの攻撃も防御も全部〝解毒〟する上に、あいつの毒を喰らえば一撃でお仕舞いになる」


 最悪というより天敵なのでは――と思ったが、アムロイはそれを呑み込む。


「だから言ったんだよ! 状況全部が最悪だって!」


 いつになく焦りを含んだラグイルの声に、アムロイは事態の深刻さを本当の意味でやっと理解した。


 アクセルオが巨級霊蟲(マムート・シラルイ)に捕らえられた時、聖女兵器(アルマ・フロス)のラグイルを顕現させなければ、王子はとっくに亡くなっていただろう。かといって今のように聖女兵器(アルマ・フロス)を出せば、ヤルダヴァートという最悪最恐と戦わなければならなくなる。それが今だ。

 つまりどちらにしても、手詰まりだったというわけか。

 成る程、最悪の状況、なわけである。


「で、でもさ、キミにだって解毒の力はあるじゃないか」

「ああ。オレの花の力だ。だからオレなら、アイツの毒を受けても即死にはならねえ。でも、アイツのは神経に作用するから、どのみち一瞬でも痺れて動けなくはなっちまう。そうなったら最後だ」

「相性どころの話じゃないじゃん。そんなの無敵じゃない……」

「アホゥ。オレの力を見くびんじゃねえ。あんなクソ陰険バチが無敵なもんかよ。オレらの世界にいた時、一度だってあいつに負けた事はねえよ!」

「え、だったら――って、負けた事はないって言ったけど、勝った事は……?」


 途端、操縦球の中の声から威勢がなくなる。


「……うっせえ。それ以上言うな! クソビッチ!」

「待って。でも引き分けにはしてたって事だよね。ぶっちゃけ、僕は引き分ける方法すら思い浮かばないんだけど」


 こちらの防御も攻撃も全て無効にし、かといって逃げようにもおそらく飛翔速度はこちらより上。

 アムロイがそう言うのも当然かもしれない。


「だからオレの力を見くびんじゃねえって言っただろうが。いいか、おめえがオレの力を完璧に出せれば、あいつなんて目じゃねえんだ。オレの糸だって最高速になったら、射出速度だけで岩も貫くんだからな。あいつが解毒をかけても、全ッ然、追いつけない速度で出せるんだよ」


 岩をも貫く速さの糸とは如何なるものか。アムロイは想像しようにもまるで思い描けなかった。しかし以前ラグイルは、神霊は嘘がつけないと言っている。


 それ自体が本当かどうか怪しいと思ってはいるものの、それでもラグイルの真の力とは、そんな領域にまでいくものかもしれない。


 だがそうこうしている内に、ヤルダヴァートは地に降り立って、攻撃手段を変えようとしていた。

 背中の花びら状の羽根が砕けて消え、そのまま粒子が寄り集まり、昆虫の足を思わせる六本の槍へと形を変える。


「もしかして向こうの神霊の槍(マヌス・スピア)って、全部――」

「そうだ。毒の槍だ」


 空からの攻撃の方が厄介だと思っていたが、その考えは甘かったとアムロイは慄然とする。


「だがよ――」


 顔から血の気がひいたアムロイに対し、ラグイルは異なった反応を示した。


「……おめえも全然出来損ないのヘッポコだけど、戦いについては相手はそれ以上――ってぇか、よちよち歩きのヒヨコちゃんみてえだな」

「は? 何言ってんの?」

「おめえへの復讐心で我を忘れてるってのもあるだろうが……どうやら勝ちの目が出てきたみてえだぜ」


 更に攻撃特化の姿に変わったヤルダヴァートを見て、どこから勝機を見出したというのか。


 戸惑うアムロイに対し、ラグイルの声からは、自称・最強というだけの不敵な響きが漏れ出ていた。

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