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僕は聖女兵器  作者: 不某逸馬
後章
96/111

Chap.2 - EP2(7)『蜘蛛殺し ―四つ腕―』

 ラグイルが地面を蹴ると、その反動で街の一角が爆発したように弾けた。

 二〇メートルの巨体が跳躍をかけるのだから、当然だろう。


 それと動きを合わせて、ヤルダヴァートも空から滑空をする。凄まじい速度のそれは、傷を負った方の巨級霊蟲(マムート・シラルイ)へ攻撃を仕掛けた。

 必然、ラグイルはまだ無傷のもう一体の相手となる。


「チッ、あんのクソ陰険野郎、元気な方をこっちに押し付けやがって」


 ラグイルの呟きに、操縦球の中のアムロイが反応した。


「どういう意味?」

「ヤルダヴァートのクソだよ。あいつ、オレ達が先に唾をつけた獲物の方を横取りして、まだ無傷なのをオレらに仕向けやがった」

「ヤルダヴァートって、あのレイアの聖女兵器(アルマ・フロス)? まさか、そんなの偶然でしょ」

「偶然なもんか。アイツはクソ真面目なフリをした、陰湿でネチっこい事が大好きな、ひねくれ神霊(もん)なんだよ。大体、てめえが守護士(ガードナー)になった時だって、あの野郎、ニタニタ笑いながらオレにつまらねー事言いやがって……。っとにムカつく」


 いつもは尊大で傲慢とも言えるラグイルなのに、今は何故か焦りというか、普段はない感情が滲み出ているような気がした。


「もしかして、知り合いなの?」

「前に言っただろ。オレ様並に強ぇ神霊(フロース)を、このオレが知らねえはずはねえって」

「て事は……」

「うるせえ。それは後だ。それより目の前の四つ腕に気をつけろ。あいつの腕は――」


 ラグイルが言い終わるより先に、〝それ〟は空気を炙るような音をたて、茜色の巨人に襲いかかってきた。


 ――!


 咄嗟の反射神経と、ラグイルの異能、運動能力の超強化との掛け合わせにより、かろうじてこれを回避。しかし何が襲ってきたのかは分からない。


 すぐに体勢を立て直し、巨級霊蟲(マムート・シラルイ)本体に目を向けると、その姿に違和感を覚える。


「……腕が?」


 四本あった腕の内、二本の腕の前腕部分が消えていたのだ。巨大な、まるで盾のようになった前腕部分がごっそり消え、人間でいう肘から上だけが残されていた。


「また来るぞ!」


 そこへ、ラグイルからの警戒の声。

 即座に反応し、巨人は宙を飛ぶ巨大な塊を再度避けた。


 それは、怪物から消えた、二本の前腕部分。


 巨大な腕の半分が、まるで鳥のように空を舞い、独立した生き物のようにラグイルを襲っていたのである。


「何だよ……あれ……?」

「見たまんまだ。四つ腕は腕の二本を分離させ、個別に攻撃出来るんだよ。それと、あれを下手に撃ち落とそうなんてせずに避けたおめえの判断は上出来だが、あの飛んでる方の腕のトゲトゲには触るなよ。あれの先端は掠るだけでこっちがバックリいかれちまう。しかも傷口から腐敗が侵入してくるって反吐の出そうなオマケまで付いてるシロモノだ。対抗するには、装甲に覆われてない部分を、神霊の槍(マヌス・スピア)で斬るか裂くしかねえ」

「斬るか裂くって、あんな素早く動くものを――?」

「だから最初に言ったじゃねえか。厄介だって」


 聖女兵器(アルマ・フロス)の姿を出現する前、ラグイルはまるで顕現を躊躇うように、状況全部が厄介だと言った。

 その意味が、やっと実感をもってアムロイにも分かった気がした。だがそれは、気がしただけではあったが。


「ヤルダヴァートの奴が相手をしてる方は、おめえの斬った腕がその分離する二つの内の片方だったんだよ。さっき言った柔い部分をざっくり斬ったもんだから、あっちの巨級霊蟲(マムート・シラルイ)は腕を一本しか飛ばせねえ」


 弱っている獲物を己に、強く無傷な方をこちらにあてがう――。


 それでラグイルは、向こうの神霊を陰湿だと言ったのかと、アムロイは納得する。しかし分かったところで、状況が良くなるわけではない。


「これ、〝題付き〟の聖女霊歌(フローラ・ソング)とか、あの奥の手の聖伝化(トラディティオ)とか出した方が確実なんじゃない?」


 聖伝化(トラディティオ)とは、背中にある八本の蜘蛛の足に似た武装、神霊の槍(マヌス・スピア)を巨大な一本の槍に変えて放つ、ラグイルの最強最大の攻撃技の事である。


 しかしラグイルは盛大に溜め息をついて、それを否定した。


「アホか。だからおめえは何も分かってねえって言ったんだよ。いいか? あのな、向こうのヤルダヴァートはオレらを殺す気まんまんなんだよ」

「え?」

「おめえも分かってるだろ。あのレイアって小娘は、おめえの変装したジャンヌに復讐したがってるって」


 それはアムロイも分かっている。だけど逃げるなり何なり方法はあるだろうとアムロイは思っていたのだ。それを聞いて更に呆れた声をラグイルは出した。


「だから分かってねえって言ったんだ。あのヤルダヴァートはな、その……」

「何?」

「その……オレが最強の神霊(フロース)なのは違いねえぜ。オレが最強なんだからな、そこんとこは誤解すんじゃねえぞ」

「だから何なの?」

「苦手なんだよ……」

「え? 何? 小さくて聞こえない」

「だぁかぁらぁっ! このオレの唯一の、苦手な相手なんだよっ!」


 意外な回答に、アムロイは操縦球の中で目をぱちくりとさせている。


 ちなみにそうしている今も、ラグイル、ヤルダヴァートの双方はそれぞれの巨級霊蟲(マムート・シラルイ)との戦闘をしている真っ最中だった。


「アイツはオレの動きすら止める厄介な毒を使う。しかもこっちの糸とかそういったものも全部無効にしちまうなんて毒も持ってる。このオレが唯一手を焼く、相性最悪のヤツなんだよ」


 唯一手を焼くと言うものの、半年前にはクローディアの聖女兵器(アルマ・フロス)に敗北してるじゃないかという疑問が浮かんだが、ややこしくなりそうなので、アムロイは口にしないでおいた。


「そんな相性最悪のクソがる気まんまんで目の前にいるんだぞ。巨級霊蟲(マムート・シラルイ)に力を使い切ってみろ。その後どうなるかなんて言うまでもねえだろうが」


 確かに――と言う他なかった。


「つまり力をあまり使わないで温存したまま、この邪霊を倒すしかない、そういう事だ」

「そう言ってんだろうが」


 躱すだけで精一杯な速度で飛ぶ、巨大な二本の腕。

 ラグイルも羽根を出して飛べば回避はそう難しくないだろうが、そうすると今度は神霊の槍(マヌス・スピア)が使えない。この二つを同時に使用する事は出来ないからだ。


「ねえ」

「ああ?」

「ラグイルの言った鋭い装甲部分だけどさ、あれ、神霊の槍(マヌス・スピア)でも負けちゃうほどなの?」

「んなワケあるか。神霊の槍(マヌス・スピア)の刃ならどっこいどっこいだ。とはいえ、負けはしねえけど貫いたりも出来ねえ」

「……そっか」

「何だ? 何か考えがあんのかよ」

「まあね。ね、ここは僕に任せてみない? 半年前なら別だけど、今の僕なら、何とかなりそうな気がするんだ」


 アムロイの声に、自信のようなものが含まれているのに、ラグイルは気付いた。それが何を根拠にしたものかは分からないものの、アムロイという人間が無闇に大言壮語を吐くような性格でない事くらいは、ラグイルも分かっている。

 むしろ相棒として、誰よりもアムロイを理解しているとさえ言えたかもしれない。


「だったらやってみろ。ただし、このオレの体に、ほんのちょっとでもクソ邪霊の汚物みてえな攻撃を掠めさせるんじゃねえぞ」

「分かってるよ」

「へっ――言いやがるぜ」


 アムロイが、ラグイルの視点になり、巨級霊蟲(マムート・シラルイ)を睨む。


 既に何度か攻撃を回避しているので、空飛ぶ腕の軌道や動きは読めつつあった。


 何度目かの飛来。


 変わらない速度。必ず同じ方向からはない、複雑な二本の軌跡。


 しかし動きはそこまで変則的ではなかった。飛ぶ腕はその巨大さゆえか、直線的な飛び方にならざるを得ないのかもしれない。それが狙い目だと、アムロイはこの短時間で見抜いていたのだ。


 見抜けたのは、この半年間続けた、鍛錬によるものだろう。


 レイアの守護士(ガードナー)となるため、アムロイは剣や武術の修行を重ねてきた。たった半年といえど、されど半年である。


 ――それにこっちの刃は、八本もあるんだ。


 飛んできた腕それぞれに二本ずつの神霊の槍(マヌス・スピア)で刃をたてる。

 凄まじい金属音をあげ、槍の穂先と腕の装甲が火花を閃かせた。

 この反応自体が高速の弾丸を刀で弾くようなもので、およそ尋常な技とは言い難い、超絶技巧な剣技とも言えたが、アムロイはラグイルを操り、これを為したのである。

 それを可能にしたのはラグイルの身体強化の異能もあったが、もう一つ本人でさえ気付いていない副作用のお陰でもあったのである。


 それは、レイアの守護士(ガードナー)となった事。


 これによりアムロイの神霊力が増幅され、更にその力の全てを身体強化の異能に注いだ事により、通常のラグイルの持つそれよりも遥かに能力向上した力が発揮されたのである。


 一瞬だが、四本の槍に弾かれた二本の腕は、勢いをなくして弧を描く。


 まさにアムロイの狙った通り。


 だが撃ち合った際の衝撃は相当なもの。何せあの巨岩の如き大きさを正面から弾いたのだから。

 しかし、ラグイルは蜘蛛の意匠を持つ巨人。

 蜘蛛には筋肉に相当するものはないが、血液を油圧制御のように稼働させて爆発的な力を生み出す。

 当然だが聖女兵器(アルマ・フロス)には筋肉があり、異能でそれが強化されているのだが、その原理は血液循環を加圧させる事により生み出しているのである。

 それは最早生物というより機械的とでも言えるほどの頑強さを発生させ、強化された筋力によろわれた上体は、崩れる事なく衝撃に耐えてみせたのだった。

 それどころか間髪入れず、目にも止まらぬ俊敏な反撃へと転じた。


 オレンジの閃光が巨大な軌跡となり、くうに光を走らせる。


 電光石火とはこの事。


 甲殻のない脆い部分に斬撃を受け、空飛ぶ二本の腕はものの見事に切断された。

 しかもその二本の腕が地に落ちるより先に、ラグイルはそのまま巨級霊蟲(マムート・シラルイ)本体へ肉薄。


 まさに神の速度に等しき一撃ゴッド・スピード・ストライク



「お前の存在、散らしてもらうよ」



 アムロイの声が、巨級霊蟲(マムート・シラルイ)に聞こえたかどうかは分からない。

 言い終わるのと、怪物の巨体が細切れになるのが、ほぼ同時だった。

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