Chap.2 - EP2(6)『蜘蛛殺し ―ヤルダヴァート―』
手の甲に当たる部分から突き出た巨大な針を、ゾウをも超える超巨大なナメクジの下半身を持った半人型の怪物に突き刺す。
レイアの聖女兵器〝ヤルダヴァート〟の一撃を受け、巨級霊蟲は不快すぎる叫びをあげながら激しく悶え、やがてゆっくりと動きを停止していった。
突き刺した回数は二回。それだけで、あの怪物は動かなくなったようである。
「分かっているとは思いますけど、僕の力は蜂でありサクランボ。サクランボには、種に毒があるのをご存知ですか? 蜂は言うまでもなく毒針を持ちます。つまり僕の力は、どれも毒によるもの。毒で枯らし、或いは毒を解く。戦い方さえ覚えれば、僕の前では如何なる力も無効になるんです」
ヤルダヴァートの声を耳にしながら、レイアは巨人の操縦球の中で荒い息をしていた。
「今のもその一つ。一度で毒を行き渡らせ、二度で死に至らしめる。二針必滅の毒です。神霊の槍や聖女霊歌を出すまでもなく、巨級霊蟲程度なら片付けられます。――まあ、あっちに出た二体は、少し厄介なんですけどね」
言葉に導かれるように、レイアは操縦球の中で視界を巡らせた。
彼女が仕留めた怪物は既に全身を崩れさせつつあり、花粉のような粒子になって消滅しようとしている。
「やっぱり……やっぱりなのね……」
「レイア? それはラグイルの事ですか?」
「ラグイル……そうだわ。あの魔女の聖女兵器……ラグイルって名前だった」
魔女に対し聖女兵器というのは使い方が違いますよ、とヤルダヴァートは訂正するも、レイアはそんな事、聞いていなかった。
「レイア、君、もしかして微笑ってる?」
「微笑う……? そう、レイア今、微笑ってるのね。貴女が言うのならきっとそうなんだわ。レイアは今、微笑ってるの。あいつが生きて、レイアの前にあらわれてくれたから……!」
「……そっか。君はそうなんですね」
「何? 何なの?」
「いや。君はもっとお嬢様してるというか、こういう事には向かないんだと思ってたけど、意外とそうでもないんですね、と思い直したんですよ。考えを改めたって言いますか」
「どういう意味?」
「だって今の君は、喜んでるだけじゃありません。踊りだしそうなほど、激しい闘争心が全身から溢れ出している。君は僕の中にいるから、僕にもそれが分かります。――君は今、戦いたがっているって」
今度ははっきりと、レイアの表情は歓喜の形をとった。ただしそれは、およそ淑女がすべき笑顔とは思えないような、凄惨な微笑みであったが。
「ですがレイア」
「分かっている。分かっているわ。頭を冷やせって言いたいんでしょう? レイアがすべき最良の行動が何なのか、それを思い出せ――とでも言いたいんでしょう?」
「……ふぅん」
レイアの返した言葉に、ヤルダヴァートは意外そうな声を出した。姿は見えないまでも、感心しているのが気配だけで分かる。
「レイアはこう見えて、馬鹿じゃないの。もし今自分の怒りに溺れてラグイルに向かっていったらどうなるか。レイアもラグイルも、あの怪物の恰好の餌食になってしまう。だってあいつらからしたら、自分の敵が仲違いしたのも同じになるから。だから先にしなくちゃいけないのは、あの四本腕の怪物を倒す事。あいつを仕留めるのは、その後」
感心どころか手を叩きたくなるような素晴らしい回答だと、ヤルダヴァートは言った。
「どうやら僕が思ってた以上に、君は大した〝人間〟かもしれませんね」
「正直言うと、あまりに突然だったから、怒りよりも先に吃驚する方が勝っちゃって……。それで逆に冷静になれたっていうか……」
「そうだとしても、大したものですよ。もしかしたら君には、〝戦う者〟の素質があるのかもしれない」
思いがけない賞賛に、レイアは喜んでいいのかそうではないのか、戸惑いを覚える。
「では――あの巨級霊蟲の相手をする前に、僕から助言を致しましょうか。助言というか、本格的な戦い方を教示すると言うべきですかね。――いいですか、僕と意識を同調させてください。心を鎮めて、感覚を委ねるように。そうすれば、自ずと僕の力が、頭の中の理解だけでなく身に付いたものとして体感出来るはずです」
己の心の中に滾る激情はそのままに、それでも怒りと憎しみだけで思考を染めないで、出来る限り頭の中を風の凪いだ水面のように平らかにしようと試みる。
まるで己に言い聞かせるようにそれを念じ、レイアはヤルダヴァートの中にいる自分自身へと意識を向けた。
やがて数秒も経たぬ内に、思考の中に、全身の感覚に、ヤルダヴァートの〝記憶〟と〝物語〟が刷り込まれていく。
細胞一つ一つに至るまでが、ヤルダヴァートと同期したような、それでいながら操縦球の中にいる自分も自覚している――奇妙な感覚。
「いくわよ、ヤルダヴァート」
「ええ」
花びらのような背中の羽根を震わせ、ヤルダヴァートの巨体が空へ舞い上がる。
その一方でラグイルは、顕現したのと同時に炎の糸を繰り出し、二体いる内、片方の巨級霊蟲を牽制。それを繰り出しながら、羽根を神霊の槍に変え、アクセルオを掴んでいる一体に向けて斬撃を放った。
鋭い刃先は過たずにアクセルオを掴んだ手首を切断。
悲鳴をあげる巨級霊蟲の隙をつき、素早い動きで斬り落とされた手を奪うラグイル。そのまま流れるような動きで二体の怪物から距離をとった。
巨人の姿で捕まったアクセルオを確かめるアムロイ。ラグイルを通して見る彼は、意識を失いぐったりとはしているものの、どうやら無事のようだった。おそらく巨級霊蟲が出現した際のあの衝撃で、気絶したのだろう。未来予知があっても、あれほどの破壊に巻き込まれれば、さすがに回避は難しいという事だ。
「良かった……」
それでも大事には至ってない王子の姿を見れば、アムロイとて胸が苦しくなるほど安堵をするもの。
すぐにここから離れた、安全そうな場所へアクセルオを横たえた。
そこは、開けた広場のようになった街の一角。周囲には柵があり、注意をしていればアクセルオが被害を受ける事はないはずだった。
この一連の動きを、当然ながらレイアも見ている。
上空にいるヤルダヴァートの中で、
「何をしているの?」
とラグイルの動きに不審な目を向けた。
「ふむ……拡大して、見易くしましょうか?」
操縦球に響くヤルダヴァートの発言に、レイアは「え?」と聞き返す。
「僕ら神霊にとって、視覚というのは楽しいものですからね。色んな風に見たくなるものなんですよ」
「何? どういう意味?」
「僕らの世界では、〝視〟るという概念がないんです。だからこちらの世界で聖女と契約するという事は、視覚という僕らの世界にはない感覚を味わえる、一種の楽しみでもあるんですよ。だからこんな風に、色んな〝視〟かたを試したくなるものなんです」
ヤルダヴァートの説明は一ミリたりとも分からなかったので、レイアはどう反応していいかわからなかったが、自分の視界が突如一箇所にズームされて鮮明に見えた事で、その言葉の意味を理解する。ただし、目を凝らして見つめるどころではない、そんな次元を超えたあまりの摩訶不思議な超感覚には、理解を超えてただ驚愕するしかなかったが。
「え?! ええ?」
遥か未来、科学が発達した世界にもなれば、カメラ映像の拡大という感覚で分かるだろうが、この世界のこの時代にとっては正に未知の視覚体験である。
しかしそんな超感覚よりも、拡大された先に視えたものに対し、レイアは言葉を失いかける。
「……兄……上……?」
ラグイルによって地面に横たえられたのは、死んだと思っていた彼女の義兄、アクセルオの姿。
「へえ、あれは君の兄君なんですね。とするとラグイルの中の聖女は、巨級霊蟲から君の兄を救いだしたって事ですか」
「救った?」
「そうですよ。見えていなかったんですか? 〝四つ腕〟があの男性を捕まえた後、ラグイルが神霊の槍で助け出したのを。それにここから見ても、神霊力の感知で君の兄上が無事なのは分かります。だから、ラグイルが君のお兄様を救い出したのは間違いないって事です」
死んだと思っていた兄が生きていた事もそうだが、その兄をジャンヌが助けたという事実が、レイアの心を激しく掻き乱しかける。
けれどもそれらを棚上げするように、頭を左右に振る事で、己の感情を彼女は強引にねじ伏せた。
そんな彼女の様子に、どこか楽しそうな響きを含ませて、ヤルダヴァートは言う。
「やっぱり君は面白い女性だ」
「うるさい」
「まあまあ。――それより、今なら僕らの方が有利です」
「有利?」
「君は僕の力を初めて顕現をしたばかり。一方でラグイルは、もう既にこちらの世界で何度も戦いを経験しいています。向こうの聖女もね」
この時、どうしてヤルダヴァートがラグイルのこちらでの活動を知っていたのかという疑問がレイアの脳裏に浮かんだが、戦闘中という事やこの後に続く会話で、結局それは有耶無耶になってしまう。
「つまりラグイルの方が戦いにおいては経験者という事になるわけです。だったら、初心者の僕達がより簡単な獲物を相手すべき、でしょう?」
「回りくどいわね。だから何?」
「あの、拳を落とされた傷を負った方、あちらを僕らの獲物としましょう。そうすれば当然、まだ無傷の方はラグイルが戦わざるを得なくなるはずです。有利と言ったのは、空の上にいる僕らの方が素早く動けますから、どちらを相手にするか、その選択権があるという事です」
距離と位置関係で、ヤルダヴァートが先んじれるというわけである。
「分かったわ。じゃあ、ラグイルの動きに合わせるわよ」
「ええ」
そんな会話がなされているとは知らず、アムロイは空に浮かぶレイアの聖女兵器にも注意を払いつつ、二体の怪物を倒すべく身構えた。




