Chap.2 - EP2(5)『蜘蛛殺し ―陽はまた昇る―』
大爆発のような凄まじい衝撃が、アムロイとアクセルオ、二人を吹き飛ばした。遥か未来になれば、空から爆弾が落ちたようだと形容しただろうが、この世界のこの時代に、そんなものがあるはずもない。
濛々と煙が立ち上り、アムロイの視界を遮る。一寸先すら見えない。
感じるのは、全身を打ちつけた際の痛みのみ。しかし自分が生きている事、五体も無事だという事は、その痛みで分かった。
周囲を見渡し、アクセルオの姿を探す。
だがそれを遮るように、アムロイの頭の中で声が響いた。
「馬鹿野郎。反応が遅ぇんだよ。あとちょっとであの王子ごと潰されてたぞ」
「ラグイル?! ちょっと、君ね、今まで僕がいくら話しかけても返事もしなかったのに、いきなり何なんだよ」
「うっせえ。あの青バラのニセモンのせいで、オレが話せなかったのは知ってるだろーが! 丁度回復したんだよ! つーか、おめえは何でこうも厄介事っつーか、面倒事ばっかり背負い込みやがるんだ」
青バラの偽物とは、クローディアの聖女兵器の事であろう。
「何なんだよもう。何? 面倒事って。ていうか、何が起きたのか分かってるんなら言って」
しかしアムロイの問いに、ラグイルは答えなかった。
代わりに再び「逃げろ!」と叫ぶ。
また何が――と返すより先に、アムロイが条件反射でその場から跳躍した。
本能と直感任せだったが、宿っている神霊が神霊だからか、見事に再度の衝撃から身を守る事に成功する。
「オレが説明するまでもねえんだよ……」
半年振りに聞くラグイルの声なのに、ラグイルらしからぬ神妙さを帯びていた。
その理由そのものが、アムロイの目の前で土埃を割いて姿を見せる。
「な――」
二階建ての家屋をゆうに越す巨体。
何かの分泌液のようなものが出ているのだろうか、蠢く下半身は、てらてらとぬめりを帯びて臭気を撒き散らし、さながら超巨大なナメクジが這い回ったようにも見えた。
アムロイは、己の見上げたそれを疑った。
そんな、まさか――と。
巨級霊蟲。
二体目の、あの怪物。
出現する事自体が、異常中の異常の異形が、同じ場所でもう一体あらわれるなど。
しかもアムロイの視界には、それ以上に恐怖混じりの信じられないものが目に映っていた。
「何なんだよ、あれ……」
目の前の巨級霊蟲は、腕が四本もあったのだ。
レイアの操るヤルダヴァートが相手をしているものも、アムロイが半年前に倒したものも、腕は二本だった。なのに自分達を吹き飛ばして出現した怪物は、四本腕をしている。
「〝四つ腕〟とはまた、面倒に面倒を重ねやがって」
頭の中で響くラグイルの呟きに、アムロイは焦りを隠そうともせず問い質す。
「〝四つ腕〟って……何あれ? あんなのあるの?」
「目の前にいんだろうが」
「聞かなくても分かるだろうって言うだろうけど……あっちの二本腕の巨級霊蟲よりも、強い――んだよね」
「聞かなくても分かってんなら、聞くんじゃねーよ」
「そんなにやばいの?」
「やばいかどうかっつーと、やばくないわけはねーよな。でもそれよりも厄介なのは、この状況全部だよ」
その通りだった。
怪物はまだ本格的に動き出しはしていないものの、この〝四つ腕〟までもがヤルダヴァートに襲い掛かれば、戦闘初心者で聖女兵器にも慣れていないレイアにとって非常に危うすぎる。
だからといってアムロイが聖女兵器のラグイルを呼び出すのは、それこそ鴨が鍋の具材を背負って自ら火中に飛び込むようなもの。
「と、とりあえずアクセルオ殿下を探して、一旦ここから離れるよ。考えるのはその後だ」
「お前、分かってねーな」
「は?」
「状況全部って言っただろ、オレは。もうすぐ霧が晴れるから良く見てみろ」
ラグイルの声に反応してアムロイが周囲を注意深く見つめると、確かに怪物によって起きた土煙が風に流され、徐々に視界が開けてくるのだった。
やがてアムロイの瞳に、アクセルオの姿が映る。
だが「良かった」という言葉は発されず、喉を鳴らして絶句してしまう。
何故なら、アクセルオは浮いていたから。
いや、正確には何かの上に乗せられ、それで宙を浮いているように見えたのだ。
アクセルオ本人は気を失っているようで、横になったままぐったりとしている。
「そんな……」
アクセルオが乗せられていたのは、巨大な手の平の上。
それは、あの四つ腕のものではない。五本目の腕。
即ち――。
「巨級霊蟲が、三体……?!」
アクセルオを捕まえたのは、もう一体の四つ腕の怪物。
このまま食べようとでもいうのか。いずれにしても捕らえられたままにはしておけない。
「ラグイル……!」
アムロイの声と共に、アムロイから光が昇り、具象化されたラグイルが姿を見せる。
「出来るよね?!」
「お前正気か? この状況全部が厄介だって意味、分かってんのか?」
「分かってるよ! でもそれよりも、殿下を助ける方が大事だから!」
「いいや分かってねえな。いいか、問題なのは――」
「話は後! 僕とラグイルならどうにかなる。どうにか出来る。だって君は、最強の神霊なんでしょ?!」
「ぐっ……」
アムロイの迫力に押される恰好で、ラグイルが言葉を詰まらせる。
人間が後頭部を掻くような仕草をした後、苦虫を噛み潰した顔で「ったくよお」と呟くラグイル。
それを了承と受け取り、アムロイが二体の怪物に向き合った。
半年ぶり――あの日以来の顕現。
自分でも理解不能な恐怖めいたものが湧き上がってきそうになるが、目の前で囚われている王子を想い、アムロイは恐れを強引に塗り潰した。
「善業 悪業 余さず照らせ! 此処に開花を〝戦〟言する――〝ラグイル〟!」
光が空に向かって迸る。
天から大地に注がれる陽光ではなく、地上から空への黄金と茜色の柱。あらゆるものを照らしだす、地に満ちた太陽の眩しさ。
光が晴れた時――。
そこにいたのは茜色の巨人。
地上でこれを見た騎士達、聖堂聖騎士のリカードは絶句するのみ。
同じく離れた場所にいたホランドも、呆然となる。
「ラグイル……? 何がどうなって……?」
立て続けにあらわれた三体の巨大邪霊の怪物に、二体の聖女兵器。
この地はまさに、神話の巨人戦争の様相を為さんとしていた。




