Chap.2 - EP1(10)『復讐の旅 ―嵐の剣―』
七体の分身。七人の騎士。
それらが実体を伴う同じ武力ともなれば、それは最早一つの部隊と考えるべきだろう。
率いる本人の実力も剣豪と呼ぶに相応しい使い手で、しかも残り七人がそれと完全に同等なのだ。それどころか七人に感情はなく、つまり恐れもなければ本体の意のまま自在に戦闘を行うという事でもある。
それだけを考えると、ここまで脅威的な異能も他にないだろう。
どれだけ武術や戦闘において天賦の才に恵まれていようと、この数の論理を前に戦って勝てる者など、いるとは思えない。
一対一なのに数の論理というのも、矛盾した話ではあったが。
「オレは守護士じゃなく、聖堂聖騎士だ。言ってみりゃ、アンタより格下って事になる。そんな格下相手に遅れを取るなんてあるわけねえよな? 何せただの守護士じゃねえ。女王陛下にしてゼーラン王国の聖女レイア陛下の守護士なんだからよ。だったら、それに相応しい実力を見せてくれ」
本体以外の七体が、一瞬で消える。
かと思えば、円陣で取り囲むように、アムロイをぐるりと包囲していた。
――!
消したり出したりが、ここまで自由自在とは――。
リカードがオヴィリオと戦った際に手も足も出ず敗北したのは、糸の力でリカードの神霊力が乱されたからである。勿論、オヴィリオ自身の剣技も大きな勝敗の要因ではあったが、それでも万全な形で使うリカードの能力とはここまでであったかと、見る者の驚きを強くしていた。
だがアムロイとて、当然ながら糸の力を出そうと思えば出せる。
けれどもそんな力を使えば、アムロイがジャンヌだとバレるのは言うまでもなかった。それだけは、絶対に避けなければならない。
となると、今発動している身体強化の力だけで、何とかリカードを倒してしまわなければならないという事。
「いくぜ」
七体のリカードが、一斉に攻撃を仕掛けてきた。
七方向からの大剣。
しかも剣速が、そして斬撃の種類がそれぞれに異なっていた。
正面斬り下ろしもあれば斜め斬りもあり、横の薙ぎ払いもある。厄介な事にそれぞれの剣がタイミングを変え、ズレた速度で斬りつけてくるわけだから、どこかを躱しても別の方向からの剣が必中となってしまう。
まさに剣による竜巻。
嵐そのものの斬撃だった。
しかし。
嵐であり竜巻であるなら、それは渦である。渦というのは必ず中心があるもの。そして渦の中心は、巻き起こる回転の中で唯一静止している箇所でもある。
これは比喩ではあるが、比喩ではなかった。
つまり回避不能かと思われたこの攻撃の、唯一の逃げられるポイントは。
――上だ。
最初の刃が届くより先に、アムロイが異能による身体強化を足に集中させ、その場で真上に跳び上がる。
助走も何もない垂直跳びだが、今のアムロイの跳躍力は、通常の人間のそれではない。
自身の背丈をゆうに超える人間業とは思えない跳躍で、七本の剣全てから逃れてみせたのだった。
――着地と同時に反撃を。
かけるべく体勢を取ろうとするも、
「見え見えなんだよ。その動きは」
落下するアムロイの動きをに合わせ、そこから予測された着地点に、リカードが跳躍をかけていた。
七体の分身のリカードではない。八体目――即ち、本体のリカードである。
反撃するはずが、逆に迎撃される恰好となった。
己の体は空中。逃げ場はない。
しかしここで――
アムロイは剣を逆手に持ち替え、突き下ろしの体勢を取る。
リカードはそれを攻撃の意思と捉えた。ならばその剣ごと、大剣で吹き飛ばしてやろうと全霊の力をこめる。
直撃の瞬間。
アムロイの剣がリカードの剣とぶつかった。
「何?!」
突き下ろしではなく剣を斜めにして、真正面から刃をぶつけたのだ。
金属音が凄まじい音を響かせた。
同時にアムロイは、打ち合った衝撃を反動にし、まるでリカードの力を利用するように空中へ再度跳び上がる。
一回転。
さながら雑技のような軽やかさで地に降り立ち、即座に反転。虚をつく突進をかけた。
――何だ今のは。まるでオレの動きを分かってたみてぇな動きじゃねえか……!
リカードの感想は正しい。
今の動きは、アムロイに宿るラグイルからの異能の一つ。
至近未来の予知である。
これにより、アムロイはリカードの動きを完全に読み切り、どうすればいいかを即座に体現してみせたのだ。
アムロイの刺突がリカードの頬を掠める。
「チッ」
刃引きしていても、薄皮は裂け、鮮血は飛ぶ。それだけの威力があった。直撃すれば頬骨は砕けていただろう。
しかし躱されてしまった――。
アムロイにとっては必中になるはずだった一撃。今のカウンターで終わりにする予定であったのに。
当然ながら、攻撃の後には反撃がくる。
だが、アムロイは予知を働かせてかろうじて大剣を躱す。
「全身に目がついてんのかよ」
リカードが悪態を吐いた。確かにそう言いたくなるアムロイの身のこなし。
けれども。
――!
回避したと思ったそこに、リカードの分身。
さっきの七体がいた場所には、
――いない。
既に消して、新たに出現させたという事か。
しかも超至近距離で三体。アムロイの体勢は崩れているに等しい。
――駄目だ。
躱す術はない。捌くのも不可能。
いくら身体強化でも限界はある。これがオヴィリオやアクセルオといった元々が騎士の人間への身体強化なら、違っただろう。七体の分身に対しても互角以上に渡り合ったに違いない。
けれどもアムロイは騎士ではないのだ。
多少は体術というか、護身術のようなものの心得はあるが、元は淑女としての嗜みを徹底して覚えた〝聖女〟なのである。
アムロイの戦闘は、あくまで身体強化の異能頼みでしかなかった。むしろ異能の力だけでこれほどの戦闘が行えている事こそ脅威的と言うべきなのだが。
けれどもそんな事を言っていられる猶予はない。
迫る三本の大剣。
その後ろには、本体のリカードが控えて追い打ちの構えまで取っていた。おそらくこれを全てどうにかしても、残りの分身があるだろう。
万事休す。
が、その時。
アムロイの脳裏に、閃きが走った。
いや、それは言葉にならぬ声。
己に宿る、神霊からの何かの訴え。
頭で理解するのではなく、感覚でそれが分かった。
だからアムロイは、それに己を委ねた。
迫り来る分身体からの攻撃に対し、アムロイは器用に首をぐるりと巡らせる。
瞬間――。
まるで炎に放り込まれた氷のように、三体の分身が一瞬で溶けて消えていった。
消えた分身を、さながら視界を遮るカーテンを払うような仕草で突破し、アムロイがリカードの本体目掛けて体当たりをかける。
無茶な体勢からの無茶な動きだったが故の、ほとんど投げやりな反撃だった。
しかしこれにはリカードもどうしようもなく、全身のアムロイがそのまま直撃。息を詰まらせ後ろに吹き飛んだ。同時にアムロイも地面に投げ出される恰好になる。
見ていた観衆から、思わず悲鳴があがった。
しかし二人は倒れた直後に、再び膝をたてて立ちあがろうとしていた。
「何を……今、お前、何をした……?」
息を絶え絶えにしながら、リカードが問いかける。
両者は図らずとも、仕切り直しとでもいうように距離をおく形となった。
「聖女の――いいえ、聖女守護士の、神霊力です」
「何だと……?」
「直感があったんですよ。守護士の力が使えるんじゃないかって」
「マジかよ。じゃあお前、ただの勘だけで〝異能〟を使ったら上手くいって、オレの〝異能〟を消したっていうのかよ」
「でしょうね」
リカードはただただ驚き、立ち上がると共に呆れた声で笑った。
後に分かる事になるが、これがレイアの守護士として得た、アムロイの力。
花由来の術士の力――〝花理法力〟。
即ちそれは、毒の息。
毒――というか、正確にはあらゆる神霊力、邪霊力を打ち消すというもの。
こちらの世界の毒ではない。神霊や邪霊のみに特効を齎す、神聖なる〝毒〟。
アムロイが首を振ったのは、毒の息を吹きかけるためだった。しかも至近距離だった事がこの場合有利に働き、結果として分身が三体とも消されてしまったのである。
リカードは立ち上がった後、何かを確かめるように己の片手を開いて見つめた。
「オレの分身が、三体だけ出せなくなっちまってる……。一時的、なのか? 何をどうやったのか知らねえが」
「僕だって分かってませんよ。ただの直感で出しただけなんで。偶然、マグレみたいなものです」
「マグレだって……?」
リカードは見つめていた手を己の顔に被せ、そのまま天を仰いで大きく笑う。
カッハッハッハ――と、声を大にして。
「マグレでオレの全力が防がれたってか? いや参ったよ」
「それは褒めてくれてる、と捉えていいんでしょうか?」
「ああ、マジで褒めてる。まさか守護士になった直後なのに、説明も何もなく、準備さえもせずに直感だけでその力を使ってみせるなんてな。もしかしたらアンタ、あのオヴィリオって王子よりもとんでもねえ騎士なのかもしれねえ」
オヴィリオの名前に、アムロイの表情が引き攣る。それはレイアも同様だった。
己がオヴィリオよりも優秀? 僕が? 何を言ってるんだ――思わずアムロイはそんな言葉を吐き出しそうになるが、その衝動をグっと堪える。堪えるしかなかった。
「いいぜ、認めるよ」
不意に、リカードが剣を納める。
「え?」
「アンタの実力だよ。紛れもなく、アンタはレイア女王の守護士だ。それに相応しい騎士だよ」
一瞬、呆然となるも、言葉を呑み込んだ時、思わずアムロイはレイアやホランドの方へ顔を向けた。
彼らもまた、アムロイの反応に遅れて喜びを露わにする。
「オレが認めるってのも変だけどよ。ダンメルクの聖騎士リカードの名をもって確かに認めるぜ。アムロイ・シュミット。貴殿こそ、紛う事なきゼーラン王国の聖女守護士だ」
レイアがその場から飛び出し、アムロイに抱きつく。
アムロイもまた、喜びを抑えきれずにレイアを抱きとめた。
こうして予期せぬ形ではじまったアムロイの試練は、見事なまでの理想通りな形で幕を下ろしたのであった。




