Chap.2 - EP1(5)『復讐の旅 ―話をつけるから―』
ともあれ、半年前の事件について、ホランドからの証言は確かめられた。
真相には程遠いが極めて貴重な情報であり、何よりも重要なのは、ジャンヌの正体を知っている可能性のある者が、ホランド以外にもいたのは間違いないだろうという事。
それが誰なのか。
その正体を暴く事は、一連の出来事全ての謎を解き明かす事にも繋がるはずであった。
「その後、私はダンメルクに連行され、ほとんど尋問にも等しい扱いを受けたりしたよ。でも、レイア陛下が正式にゼーランの女王になると決まった事で、私はクローディア様より、レイア陛下を助けるようにと命じられたんだ」
「クローディア……様?」
「あ、いや……つい……」
クローディアはアムロイにとって仇であり、憎き怨敵なのだ。公の場ならいざ知らず、誰もいない二人だけの部屋でその仇を敬称付きで呼ぶのは、気分のいいものではなかったため、つい聞き咎めてしまった。
「……半年間、ダンメルクに従うようにと徹底的に〝教育〟されたんだ。つい、条件反射で出てしまうんだよ」
「構わないよ。君が僕の目的の協力者だって忘れてないのならね」
「それは――それはその、勿論」
歯切れの悪い返答に、アムロイは「おや?」となった。
アムロイの反応に気づいたのか、まるで言い訳をするように、でも――とホランドは続けた。
「君は怒るかもしれないけど、このゼーラン王国が無事でいられるのは、そのクローディア……のお陰だし、ダンメルクが栄えているのも同じだ。恨みつらみを抜きにして、教会のいち司祭として見てしまうと、どうしても否定は出来なくなってしまう」
「何が言いたいの?」
「君にとっては憎い敵でも、世の中はそうではないって事だよ……。世の大半――いや、ほぼ全ての人からすれば、クローディアが立派な聖女である事は事実なんだ。君は認めたくないかもしれないが、残念ながら間違いない。聞きたくない話なのは分かってる。でも、それが世の真実なんだ」
思いもしていなかったホランドの反論に、驚きを隠せないアムロイ。
しかし先ほど彼が自分で言っていたように、半年もの間ダンメルクで〝刷り込まれて〟いたのなら、こんな言葉が出るのも仕方のない事だと納得すべきなのか。
アムロイは、ほんの半瞬だけ戸惑った。
――いや、いいはずがない。
「君はもしかして、僕に復讐をやめろと言いたいの?」
「い、いや、そうじゃないけど。でも、その……ただ何と言うか……」
「やめて。それ以上はもう聞きたくない」
冷めた目で、ホランドを見つめるアムロイ。
気まずい沈黙が、部屋の空気を凍りつかせた。
「……君の事は分かった。今の君の考えもね。どうやらすっかり、あの魔女に取り込まれちゃったみたいだね」
「い、いや取り込まれてなんて」
「いいよ、もう」
いささか刺々しい物言いになるのを、アムロイは抑えきれなかった。
ホランドが自分を裏切るような人間でない事くらいは分かっている。そうでなければ、今もってここまで協力をし続けてくれるはずはないからだ。
けれども、それだけ信頼していても――いや、信頼しているからこそ、彼の口からこんな言葉は聞きたくなかったのだろう。
「その……君は本気なのか?」
「何が?」
ホランドの問いに、まだもやもやした感情のままのアムロイが答えた。
「レイア陛下の事だよ。聖女が別の誰かの守護士になるなんて、そんなの聞いたことがない」
聖女が別の聖女の守護士になる。
そのような話は前例がない。
教会の記録にもないはずだ。
いや、歴史上、誰も思いもつきもしなかっただろう。荒唐無稽を通り越して、教義への侮辱というか、下手をすれば危険思想扱いされかねない。
何よりもホランドを当惑させているのは、それを行おうとしているのが、よりによって彼自身が紛れもない聖女だと認めたアムロイが、それを成そうとしている事だった。
「本気だよ。じゃなきゃ、君に頼んだりなんかしないさ」
「いやでも、そもそも可能なのか? 君には既にラグイルという神霊が宿っているじゃないか。そこに別の神霊の力を入れるなんて」
「ラグイルは出来るって言ってる」
「本当なのか?」
「君に嘘を言ってどうするんだよ」
だったらそのラグイルを呼び出して聞いてみたいとホランドは言ったが、今は無理だよと否定される。
「どうして」
「クローディアとの戦いで、ラグイルはかなりの大怪我を負ったんだ。回復には時間がかかってるみたいだし、僕の中で声はするけど、まだ具象化出来るほどにはなってないみたいなんだよ。当然だけど、聖女兵器の姿では一度も呼び出しちゃいない」
しかしだ。そもそも何で、聖女なのに他の聖女の守護士になるなんて考えたのか。
クローディアへの復讐のためというのは分かっているが、それとこれが復讐にどう結びつくのかが分からないと、ホランドは言った。
「僕はもう、ジャンヌには戻れない。世間的にはジャンヌは死んだって事になってるし、もしも実は生きてましたってもう一度世に出たとしても、二つの国からお尋ね者扱いされてるんだよ。だから元の――本来の僕で目的を果たすしかないって考えたんだけど、それじゃあやっぱり、かなり難しいなって思ったんだ。僕にどれだけ神霊力があっても、クローディアにはあの三人の強力な聖堂聖騎士がいるし、何よりジェラルド王がいる。復讐どころか近付く事さえ出来ないだろうって。だったらやっぱりどうにかして、聖女っていう対等の存在を利用するのが一番の近道で、一番確実な方法なんだよ」
「それで、まだ守護士のいないレイア陛下を」
「半年間、未だに守護士を決めずにいる聖女っていうのは有名だしね。それに僕は、レイアからずっと想われ続けていた事を覚えていたから、もしかすると自分なら……って思ったんだよ。自惚れって言えばそうだけど、確信はあった。で、やっぱりその勘は当たってたって事さ」
まさか再会したら、直後にあんな事をレイアが言い出すなど、ホランドですら想像もしていなかった。初恋の人に会った事に大喜びはするだろうと思っていたし、その気持ちをアムロイが利用するのも分かっていたが、よもやアムロイを守護士にすると言うとは……。
「待ってくれ。まだ――まだ私はいまいち呑み込めていないんだけど、仮に、仮にだ。仮に君が守護士をになれたとして、それが可能だとして、その場合、二つの神霊の力をその身に宿す事になるよね。そして聖女と守護士は、強い結び付きを持つ」
「そうだね」
「そうなったら、君が聖女兵器も出せる聖女だって、レイア陛下にバレてしまうんじゃないのか? 君の中に別の力があるっていうのは、向こうにも当然分かるだろう」
「ああ、それね」
「それね、じゃなくって……! そしたら君がジャンヌだってレイア陛下に気付かれてしまうよ。いいか、君は知らないかもしれないけど、レイア陛下はジャンヌを心底憎んでるんだ。もしもジャンヌが生きていたなんて知ったら、一体どうなってしまうか……」
「それなら知ってるよ。ていうか、国中の人間が知ってるんじゃないかな。だって、ジャンヌについての流言は王都から出ているって専らの噂だしね。反対に、スケーエンみたいな離れた場所に行けば、その影響が薄まるくらいなんだから」
「だったら――」
「あのさ、根本が間違ってるんだよ」
「え?」
「確かに君の言う通りなら、僕が聖女だってバレてしまうだろう。そんな事、僕だって分かってるよ。でもそれをラグイルに聞いたらさ、あいつはこう言ったの。〝オレが話をつける〟って」
「話を……つける……?」
「そう。向こうの――つまりレイアに宿ってる神霊に、ラグイルが話をつけるから大丈夫だって言ったんだ」
一瞬、アムロイの言っている意味がホランドには分からなかった。しかし反復している内に徐々に意味が思考に浸透していった。
「そんな事……本当に可能なのか? 神霊同士で話をつけてどうにかするなんて」
「さあ」
「さあ、って――」
「でもラグイルがそう言うんだから間違いないと思うよ。だって前にラグイルが言ってたから。神霊は――」
その時、部屋をノックする音が響いた。
誰だろうかとアムロイがホランドを見るも、彼も首を傾げる。
「給仕か何かじゃないかな。もう日も落ちかけてるし」
気付けば、窓の外は闇に近い色になっていた。
じゃあ私は燭台に明かりをつけるよと言ってホランドが立ち上がり、アムロイが扉を開ける。
背の高いスカートが目に入り、ああ、やはり女給だったかとアムロイが納得しかけたが、その表情が固まる。
自分より高い目線。顔を上げたそこにあった女性を見ての反応だった。
けれどもそれ以上の驚きが、この直後に起こる。
「ジャンヌ……様……?」
そこにいたのは、かつてのアムロイの付き人、ギルダであった。




