Chap.1 - EP6(10)『犯した罪 ―蒼穹の聖女兵器―』
「ジャンヌ!」
アクセルオに呼ばれ、ジャンヌは無言で頷く。
城が砕けても構わない、力を使えと、言下に伝えている事を理解した。
「善業 悪業 余さず照らせ。此処に開花を〝戦〟言する――ラグイル!」
聖女兵器顕現の開花令。
光の柱が、城の屋根を吹き飛ばす。
アクセルオ達に降り注ぐ、欠片となった屋根や石の雨。
しかしアクセルオは、無数の瓦礫がどういう風に落ちてくるかを完全に予見していた。どのタイミングで、どれだけの数、どういう風に――その全てが。
それがアクセルオに与えられたジャンヌからの異能。マリーゴールドの花を由来とする、騎士的な力。
〝花騎聖力〟。
その力は、未来予知。
数秒先でしかないが、どういう事象が己に起きるのかが、幻視として脳内に浮かぶというもの。
一方で、ジェラルド王とクローディアは、瓦礫を全て弾き返していた。
王の周囲に浮かぶいくつもの光の玉。
それがくるくると飛び回り、雨のように注ぐ瓦礫を一つたりとも二人に当てさせないのである。
――何だ、あれは。
おそらくジェラルド王の守護士としての異能であろうが、どういう類いのものか、アクセルオが見ただけではまるで分からなかった。
だが異能の底知れなさも恐ろしいが、それ以上にあの王は戦士として超一流。
無敗の騎士――〝剣聖〟なのだ。
自分如きがあの〝剣聖〟相手にどれだけの事が出来るのか――考えるだけでアクセルオの背中に嫌な汗が噴き出てくる。
やがて王の光の玉に守られたクローディアが、瓦礫が降りやむのと同時に、一歩前に出た。
「こちらは私にお任せを」
「頼んだぞ」
一言、ジェラルドと言葉を交わした後、紅のひかれた形のよい唇を開く。
「我が願いは神の救済。此処に開花を〝戦〟言する――〝ミトロン〟」
緑青の光が、碧さを強めて柱となり、天に昇った。
あまりに美しい、まるで巨大な青色水晶の塔が、突如出現したかのような輝き。
それが一瞬で消えると、まず最初にアクセルオの目に飛び込んできたのは、茜色の女性型の巨人。
聖女兵器ラグイルだった。
マリーゴールドを思わせる、橙色の色彩。さながらそれは、炎色の蛋白石を連想させる美しさ。
その巨人が城の屋根を突き破り、空の上で浮いている。
そこに対峙して浮かんでいる、もう一つの巨体。
薔薇の花びらを思わせる丸みを帯びた四枚の羽根。
緑青の全身は、翠玉か水宝玉を思わせ、美しく優雅な肢体は、ラグイルよりも女性的に見えた。
「あれが……」
近隣諸国に美しさと恐怖をばら撒く、ダンメルク王国の絶対武力。
今の空色が曇りではなく青く晴れていたら、神秘的な美しさをもっと感じ得たであろう。
蒼穹の聖女の駆る――〝蒼穹の聖女兵器〟。
〝ミトロン〟。
それがクローディアの聖女兵器の名前だった。
ジャンヌはラグイルの操縦球の中、何とも言えない感慨を覚えていた。
起きた悲劇、犯した過ちは拭い去れないし、己のせいでこの国がかつてない悲劇に巻き込まれたのだから、許されざる身なのは分かっている。
けれども罪とは別に、結果的にジャンヌの目的は、今まさにその時を迎えたのであった。
例え望んでいたような形ではなかったにせよ。
――遂に、この時がきたんだ。
空で向かい合う、太陽色の巨人と蒼穹色の巨人。
「ねえ、ラグイル。もう話せるんでしょ、ラグイル?」
操縦球の中で、己に宿った神霊に話しかけるジャンヌ。
「――ったく。やっと回復したと思ったら、厄介そうな相手に喧嘩ふっかけやがって。てめぇもあのガキも、馬鹿の極みかよ」
あのガキとは、アクセルオの事だろうとジャンヌは解釈した。
本当は違っていると、気付かないまま――。
「そんな事より、やっとこの時がきたんだ。あたしの――いや、僕の敵に、やっと復讐出来るんだ」
「僕の敵、ねえ」
「何だよ」
「ったく、どうしておめえは、いつもいつも面倒クセぇのばかり相手にしやがるんだ。何なんだよ、アレは」
「は? アレが何って、クローディアの聖女兵器の事? 見ての通りだよ。前にも言ったでしょ。最強なんて言われてる、あいつの聖女兵器こそがあれだ。――いや、あいつは魔女だから、違うって意味? それを言ってんの?」
「何言ってんだ、アホビッチ。あれのどこが魔女兵器なんだよ。あれに邪霊の気配なんざ、鼻クソ一つもねえっての」
「え――でも」
「そうだよ、まさに〝でも〟だよ。邪霊の気配はねえけど、あれはオレらと同じじゃねえ。つーか、一体何なんだ……。アレは、何なんだ」
ラグイルの最後の言葉に、いつもの高慢さはなかった。
むしろ震えているような、怯えた色さえ滲ませているのでは――と、ジャンヌは感じた。
「何って聞かれても、あたしに分かるわけないじゃない。何? あんたから見て、あれは聖女兵器じゃないの?」
「だからそれが分かんねえって言ってんだろうが。――何なんだよ、ありゃあ……。そこに〝在る〟のに、どこにも〝無え〟。あんなの、まるで――」
何と言っていいか分からなまま、ラグイルが言葉を詰まらせる。
あの、ラグイルが。
それが途轍もなく不吉な事に思え、ジャンヌは自分にも感染りそうな恐怖を、軽口で吹き飛ばそうとした。
「いつもいつも適当な事ばかり言って……。あたしを脅そうとか騙そうなんて、こんな時にしないでよね」
「アホか。お前の脳みそはカビが生えてんのか」
「はあ?」
「あんな、一つ言っといてやる。オレ達神霊は、性格もバラバラだし、面倒臭えヤツもいっぱいいる。オレが言うのも何だが、オレなんざまだ遥かにマシに思えるような奴だってうじゃうじゃいるんだ。でも、どれだけ口が悪くてもヒネくれた性格をしてても、神霊は嘘だけは言わねえ。オレらは絶対、〝嘘〟だけは言わねえし、言えねえんだよ」
何を言ってんだか――と言い返しそうになるが、よくよく考えると確かにとも思った。
面倒臭いとぼやきもするし、ジャンヌに対し暴言も吐くが、騙された事はなかった。覚えてないとか忘れたとかはあるが、偽りは一度だって言ってないように思える。
「じゃあ……在るのに無いって、どういう意味よ」
「わかんねえから言ってんだよ。ついでに言っとくが、力もまるで分からねえ。つーか、あんな神霊、オレは知らねえぞ」
「知らないって……あんたは全部の神霊を知ってるの?」
「そんなわけねえだろ。オレは神霊博士かっつーの。あのな、前から言ってんじゃねーか。オレは最も偉大で最強の神霊だって」
「まさかそれも、嘘じゃないって言うつもり……?」
「そ、その……なんだ、そういう自信っつーかそういう誇りっつーか……」
それを人は嘘と言うのではと思ったが、話がややこしくなるのでそれ以上ジャンヌは言わなかった。
「と、とにかく、オレがそんじょそこらの奴より、すっげー強ぇ神霊ってのは事実なんだ。それはマジでほんとだぜ。で、そのオレからすれば、オレらの世界でオレと並ぶような強さの神霊なんていたら、そいつの事をオレが知らねえわけがねえんだよ。そんな力を持った神霊がいりゃ、必ずオレも知っている」
「それってつまり――」
「目の前の神霊――聖女兵器がお前の言う通りのすげえヤツなら、オレは知っているはずだ。でも、オレはあんなヤツ、見た事もねえし思い当たるヤツもいねえ」
「どういう事?」
「だから言っただろ。何なんだ、アレは――って」
ラグイルが知らないという未知の存在。これが最後の戦いで、復讐の終着点であればこそ、何よりも警戒すべきなのだろうとジャンヌは気を引き締めた。
やがてジャンヌ達が内部で会話していた事を気付いていたかのように、目の前の青い巨人から声がする。
「かかってこないのなら、私からいきますよ」
全身に緊張が走る。
それ以上に警戒を高めた。
だが、またたきもしていない、凝っと相手を睨んでいたはずなのに――
巨体――ミトロンが消えた。
咄嗟に気配を探り、防御の姿勢を取る。
直後。
激しい衝撃。
操縦球の中、ラグイルの叫びが聞こえた。
ジャンヌも何が起きたのか分からぬまま、理解だけはした。
ラグイルの右腕が、斬り飛ばされていた事に。




