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Chap.1 - EP5(9)『叛逆の剣 ―金枝篇―』

 羽根と槍の同時発動という、不可能を可能にしたアザウザの神霊の槍(マヌス・スピア)

 この空からの猛攻をかろうじて凌げていたのは、ジャンヌやラグイルの実力であるとは、正直言い難かった。

 単に本数の問題。つまり、槍の数がアザウザより多いから。

 ラグイルの神霊の槍(マヌス・スピア)は蜘蛛をシンボルとしている通り、八本である。アザウザは蛾のシンボルなので六本。この二本差によって、羽根と槍の二つを同時発動するアザウザに対し、かろうじて優位性を保てていたのだ。

 だがアザウザには氷の鱗粉もある。今は空からの攻撃を防げていても、いずれやられてしまうのは明白だった。


「まだなの?!」


 聖女兵器(アルマ・フロス)ラグイルの子宮の位置にある操縦球の中、ジャンヌが堪えきれずに叫んだ。


「まだだ。まだ我慢しろ」


 操縦球の中でラグイルの声が響く。


 チャンスはくる――とラグイルは言った。しかしそれはいつなのか。

 まだ駄目だとラグイルは言うものの、このままではジリ貧だった。


「――!」


 その時不意に、アザウザが降下をやめ、高度を取る動きをする。

 そして。



「〝凍れる息(プシケー)〟」



 と声高らかに宣言した。


「ヤベぇ、〝題付き〟だ! おい、ビッチ! こっちも聖女霊歌(フローラ・ソング)だ。最大のヤツを出せ!」


 ラグイルの声が、かつてないほど焦りを孕んでいた。これにはジャンヌも条件反射で従う。



「〝機織の業(アラクネ)〟」



 いつもの聖女霊歌(フローラ・ソング)ではない。

 〝題名〟のついた唄は、最大級の威力となる。

 空から地上へ。地上から空へ。

 それぞれの唄が空中でぶつかり、和声声楽(ハーモニー)を起こす。

 音は振動。振動は空気を伝播する。

 空と地上のあちこちで氷が生まれ、炎の糸がそれを溶かし、その上から氷が糸を凍てつかせ、それをもう一度糸が――と無限の繰り返し(サイクル)が発生していた。


 しかも威力最大の聖女霊歌(フローラ・ソング)を放ちながら、アザウザはラグイルに向けて降下を仕掛けてくる。アザウザとマーセラにすれば、歌いながら踊るような感覚かもしれない。

 それに反して、ラグイルは動けなかった。

 唄の威力が押されているからではない。下手に動けば、地上にアザウザの唄が撒かれ、とんでもない被害になってしまう可能性がある。つまりラグイル側が迎撃の形である以上、身動きが取れないというわけである。


 ――クソ!


 分かっていても、今はジャンヌもラグイルも我慢の時。


 だがその時だった。


 アザウザの動きが急に止まり、唄がやんだのである。

 反対にラグイルの唄がアザウザを捕えかけそうになった。しかし捕縛には至らず、聖女霊歌(フローラ・ソング)は防がれる。

 けれども攻撃が止んだのは間違いなかった。


「何?」


 見れば、アザウザの動きがどうにも怪訝(おか)しい。どことなく、不安定な飛び方に見える。


「今だ! 唄じゃなく、うたを歌え! 〝アレ〟を出すんだ!」


 ラグイルからの急な命令。


「え? どういう事?!」

「オヴィリオだ。あいつが、レオナルドってあの長髪を倒したんだよ!」

「それって」

守護士(ガードナー)を失えば、聖女(フローラ)に結び付いていた力も途絶えるってワケだ」


 ラグイルが待っていたチャンスとは、この事だったのか。

 まさにラグイルが言った通り、この瞬間、レオナルドが息絶え、向こうでの決着がついた時だった。


 ジャンヌが意を決して、今までのような歌詞のない唄ではなく、詞のある〝歌〟を口にする。


 それは操縦球の中だけでなく、聖女兵器(アルマ・フロス)ラグイルの巨人の口からも放たれた。が、それで糸は出ない。詞のある歌は、〝形ある力〟そのものの神代言語に、音の結び付きを与え、力を発動させるもの。この場合のそれは、己に働きかける力。


 歌い出しと共に、ラグイルの背中から突き出た八本の槍が、光の粒へと変わっていく。

 目で見る事は出来ないが、光の粒自体も、実は無数の粒子から成り立っていた。その粒子の形が、いわゆる球体のそれではなく様々な文字型をしているのだ。

 それが結び付き、組み合わさって大きな形の字形となり、そこから更に寄り集まって更に大きな神代文字の形となる。

 瞬く間に、八本の槍は無数の文字の集合体へと変化した。



 それは――巨大な一本の槍。



 遠目には、古の文字が彫刻された巨大な槍に見えた。

 しかし間近で見ると文字が刻印されているのではなく、文字そのものが形を為している事が分かる。

 ここに至って、マーセラもラグイルの変化に気付く。


「何……あれ……?」


 だがアザウザは答えない。いや、答えられない。

 何故ならアザウザは、ラグイルのような神霊(フロース)ではないから。ラグイルが怪訝(おか)しいと看破したのは、その通りだったのだ。

 アザウザとは何か。

 それは中心となる本体(アザウザ)を核に、無数の聖なる霊、神霊未満の霊的存在を寄り集めたような存在だった。


 アザウザというこの集合体を、マーセラに与えた〝あのひと〟から、彼女もそれについては説明を受けている。でも、だからといって力がラグイルより劣っているはずはないとも聞いた。むしろそれ以上だと言っていたのだ。

 その事を思い出し、尚の事マーセラは今の不調を苦々しく思う。


 ――まだあたくしを虚仮にしようと言うの……いい加減にして!


 マーセラは、己が選ばれし聖女なのだと自負している。信じて疑っていない。

 その理由こそ、〝あのひと〟に選ばれたのが自分だから――であった。


 なのにこんな思い通りにいかない事が、どうして自分ばかりに起こるのか。彼女にとっての理不尽さ、世の不条理さに、苛立たしさを抑えきれない。


 そのマーセラの脳内に、うっすらと言葉のようなものが流れ込んでくる。


 ――ニ・ゲ・テ


「何? 今のは……アザウザ……?」


 ――ト・ラ・ディ……ティ……オ


「え? トラ……トラディ? 何? 何なの、何を言ってるの?」


 ――ダ・メ……ニ・ゲ・テ


 急に聞こえてきた声が、何故発現したのか。それは遂に自分も本物の聖女の力に目覚めつつあるんだと、この時のマーセラは勘違いした(・・・・・)


 だから出遅れた。


 一方で地上のジャンヌは、ラグイルからの説明を聞き終えようとしていたところ。


「これが〝聖伝化(トラディティオ)〟――神霊の槍(マヌス・スピア)の本当の姿――」

「だからそうじゃねえっつってんだろ。聖伝化(トラディティオ)ってのは神霊の槍(マヌス・スピア)を再構成したモンだ。だから失敗すれば、最悪もう一度同じ形に戻せなくなるし、それだけにこいつは正に奥の手なんだよ。オレら上級神霊(フロース)の最終手段だ」


 最終手段と聞いて、ジャンヌは表情を改める。


「詳しい説明は省くが、こいつはオレを構成する言語を、〝物語〟化したものだ。それが形となったもの。そして〝物語〟には必ず名前がある。オレのその名を――」



「〝金枝篇(ミストルテイン)〟」



「そうだ。全てを貫き、世界の果てまで届く神殺しの物語。それがこいつだ」


 天空の彼方までも届く、直線距離では無制限の槍。この槍はどこまでも伸長するのだ。

 ただし絶対の兵器ではない。当たれば必殺だが、それは直線距離においてのみ。回避されたらそれでお仕舞いになる。しかも一度放てば、戦闘中に二度は出せない。

 だからこそラグイルは、この時を待っていたのだ。

 アザウザの動きが鈍る今を。


「さあ、歌え、オレの物語を。お前が歌う限り、オレの〝金枝篇(ミストルテイン)〟はあらゆるものを無限に貫く」


 ジャンヌは操縦球の中、高らかに歌い上げた。

 歌詞は知らずとも、脳内に勝手に流れてくる。それを己の感性に従って歌うのみ。


 これは唄ではなく、(うた)


 世界を書き換える、この世の非理を貫く聖なる乙女の歌だった。

 その歌と共に、光の速度で巨大な槍が突き出された。



 一直線。



 光射すような閃光(フラッシュ)

 大気を揺らし、鼓動を置き去りにし、光が残像となる。

 かつてない、最高の光の速度(ライトニングスピード)



 認識と貫通が、同時。



 アザウザの巨体に、信じられない巨大な虚ろが、ぽっかりと空いた。


「な――」


 白い巨人の胴体が、上下で寸断されかけている。

 子宮の位置にあたる操縦球も半分が抉られ、中のマーセラが見えていた。驚愕の、その表情かおも。


 ジャンヌは歌う。歌う限り、金枝篇(ミストルテイン)の力は続いていた。

 千切れかけのアザウザの巨体から、炎が噴き上がった。


「ひっ――ぎゃぁぁぁ」


 空からの絶叫。

 貫かれた衝撃なのか、それともこれも金枝篇(ミストルテイン)の力の余波なのか。

 巨人は空中に浮いたまま、巨大な火柱と化す。それは地に落ちる事なく、空を赤く白く染め上げていた。まるで己の運命に抗うかのようで、どこまでも空にいながら燃え続ける。


 まさに一瞬の逆転劇。


 先ほどまで圧倒的に不利だった形勢が、オヴィリオの勝利を皮切りに完全に裏返ったのだ。そして光の速度でアザウザは貫かれ、燃やされていった。

 天空高く伸びる槍も、ジャンヌが(うた)を歌い終えると共に、光の粒となって消えていく。


「まさかあんな低級のクソに、オレの最大の力を使っちまうとはな……」


 操縦球の中、ラグイルが呟いた。


「あのさ、アザウザの奴、何で空で燃えてるの? これって、どういう事……? 普通、地面に落ちてこない?」

「知るか。――って言いたいとこだけど、金枝篇(ミストルテイン)で貫いた時に、ちょっと分かった事がある」

「え、何」

「見ろ。燃えたまま空を昇ってねえか? 落ちるどころか火の粉みたいになってやがる。あれはあのアザウザが軽いからそうなってんだ。普通はあんなになったら落っこちるもんだろう。でもあいつは軽いんだよ」

「どういう事?」

「おそらくあいつは、無数の低級神霊を強引に結合させて仕立てた、いわば人工的な聖女兵器(アルマ・フロス)なんだろう。その核になってんのが、オレも知ってるアザウザって事だ。まあ、神霊(フロース)の成り立ち自体が似たようなもんだしな。それでもそんなモン、見た事ねえし普通は有り得ねえ」

「誰かに作られた、聖女兵器(アルマ・フロス)……?」

「元々が低級の集まりだから、貫かれた事で自分を維持出来なくなっちまったんだろうな。だからバラバラの粒みたいになって、燃えてんのに浮いてんだろ。羽毛みてえに」


 それで空に浮いたまま燃えているという事なのか――。


 その時、ボトリ――と何かが地上へ落下してきた。


 黒い塊は、人の形をしているのがわかる。

 それを目にし、ジャンヌは息を呑んだ。


「マーセラ……」


 かつてマーセラだったモノ。消し炭となり、地上に落ちてきたのだ。


 彼女を捕縛出来れば、何か情報を引き出せたかもしれなかったが、それも叶わない。けれども、そんな余裕などまるでない状況だったのも事実だ。


 人工的に作られた聖女兵器(アルマ・フロス)


 一体誰が、何のために。

 少なくとも、マーセラとレオナルドだけで為し得た話でない事だけは確かに思えた。ただ、その証拠は何もないし、全ては炎で灼き尽くされてしまったのだが。


「……おい、オレは力を使いきっちまったから、しばらくの間は外に出れねえぞ。具象化でも当分は呼び出すなよ、分かったな」


 最後にラグイルが告げると、巨人の姿は光となって消えていった。

 平原に、茜色のドレスを纏ったミルクティー色の髪の少女だけが佇む。


 俯いたままのジャンヌ。


 己もまた偽りの存在であると自覚しながら、今一人の欺瞞を焼き払った――。

 目の前のマーセラだった黒い消し炭を見て、ジャンヌは形容し難い複雑な感情に囚われていた。


 ――いずれ自分も、こんな風に誰かに焼かれてしまうのか。


 ――聖女ではなく、魔女のように……。


 風になびく己の髪を抑え、ジャンヌの視線は地面に張り付いたまま。

 空を見上げる事は、出来なかった。

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