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僕は聖女兵器  作者: 不某逸馬
前章
6/85

Chap.1 - EP1(5)『聖女兵器 ―聖別式―』

 聖女(フローラ)が本物かどうかを確かめる儀式を、聖別式と言う。


 これを行うには教会より派遣された聖女調査官、または神霊力(フロース・ウィース)を持つ人間が必要となる。

 式には四つの手順があり、その内の三つに、神霊力を用いた見極めがいるからだ。



 

イェンセン教会の中央にある内庭。


 顔合わせたした翌日、教会の司祭や数人の修道士の他、ゼーラン王国からの立会人であるアクセルオ王子も加わり、儀式ははじまった。


 テルス教の聖書を手にし、聖言を唱えるホランド。

 その前で、聖女候補の二人が跪いて祈りの姿勢を取っている。


「それでは聖女の証〝聖印〟を開いてください。まずはジャンヌ様から」


 ホランドの言葉に、ジャンヌが祈りの姿勢を解いて胸元のボタンを外しはじめた。

 昨日既に見ているが、あれは儀式とは関係ない不意の出来事だったし、何よりもただ模様を確認するだけが儀式ではなかった。


 大っぴらにではないものの、周囲にも見える恰好で彼女の薄い胸元が開かれる。


 昨日とは違い、照れた顔など微塵も窺わせずにそれを見つめるホランド。さすがに神聖な儀式な場において、狼狽えた姿を見せるはずもないのは当然か。


「開花を」


 ホランドの言葉で、ジャンヌは祈るように目を閉じた。


 光る刺青のような花模様が、発光を強くする。


 それはやがて花の形を歪ませていき、マリーゴールドの花からまるで違う形に変わっていった。さながら花が満開を過ぎて、果実が実るように。

 形を変えたそれは、八本の足を持つ異形。



 即ち――蜘蛛。



 聖女候補の胸元に、光る蜘蛛の形象が輝いていた。


 神霊力に呼応して、形を変化させるシンボル。

 それが聖女の証、聖印。


 その聖印の前に、ホランドが手の平を翳した。己の手に、内に眠る力を籠める。



神霊よ、我に真(フロース・ミヒ・ウェ)実を語りたまえ(ーリタース・メモラー)



 聖言と共に、光る蜘蛛から上に向かって、光が伸びた。

 光の中から、マントのような羽を背負った人型が浮かび上がる。


 額に小さな輝きを持つ妖精の如きそれこそが〝神霊(フロース)〟。


 光の中にあるせいか、半透明というよりほぼ透けている幽けき姿ではあったが、確かにはっきりと見えていた。


「汝が聖なる御使いならば、その名を聞かせたまえ」


 ジャンヌから出現した神霊に、ホランドが呼びかける。

 頭に直接響くような、音ではなくそれぞれの内側に語りかける声で、神霊は耳にした事のない不可思議な音声で答える。



 ――Raguil



 ホランドは翳した手を神霊に向け、円字を切る。


 輝きを強くする神霊。

 眩い光が弾けると共に、その姿は消えていた。


「ジャンヌ・ジャンセン。其に宿りしは紛れもなく神霊(フロース)


 厳かなホランドの言葉に、周りが「おお」とどよめく。

 声の後、ジャンヌが己の胸元を元に戻して一礼をした。


 聖印の確認。これが聖女調査の儀式における一つ目。


 そして神霊が宿っているかどうかの確認。それが儀式の二つ目である。


 次にホランドは、マーセラの前に立つ。

 マーセラは清楚でありながらも、女性らしさを強調するような胸元が見えるドレスを元々着ているため、ただ祈るだけ。


 その胸元に見えたのは、五つの花弁の慎ましやかな花模様。


 その花模様は、蝶のような姿へと変化をする。

 ただ、象形とはいえ蝶にしては体が大きく、どちらかといえば蛾のように見えるシンボルだった。


 そしてホランドの聖言の後で、ジャンヌと同じように神霊が浮かび、その名を告げた。



 ――Azaûza。



「マーセラ・スタイン。其に宿りしは紛れもなく神霊(フロース)


 ホランドの宣言に、一同は先ほど以上のどよめきを起こした。


 通常、複数の聖女候補が出た場合、この段階で早々に真贋がはっきりするからだ。中には複数人の候補全員が、神霊を宿すに至らず――などという事も珍しくはない。


 それだけに、いよいよこれは本当に二人の聖女が同時に出るという珍しい事態になるのでは、と期待が高まったが故の驚きだった。


「それではジャンヌ・ジャンセン。神霊の力を以って、大地に福音を、奇跡なる恵みを顕し給え」


 再びホランドがジャンヌに向き直り、次の儀式を促す。


「はい」


 跪いていたジャンヌが立ち上がり、宙に円字を切る。

 両手を広げた瞬間、その手から光の糸が網のように広がった。


「おお」


 アクセルオ王子を含めた司祭や修道士達立ち会い人らも、思わず声を漏らす。


 糸は大地に広がり、それは光と共に地面へ吸い込まれていくと、やがて糸の広げられた場所の中央から、小さな芽が顔を覗かせた。

 その芽は奇跡のようにみるみる内に大きくなり、人の背丈ほどにもなる一本の樹木へと成長する。そして繁茂させた枝から果実を一つ、これまた瞬く間に生やしていった。


 薄緑色の皮をした実を手に取り、手にしたナイフでホランドはそれを二つに割る。


 咽せかえるような甘い香りが広がった。


 中の果肉はオレンジ色をした、メロンに似た果物。霊妙な力で実ったからか、瑞々しさに満ち溢れている。

 滴る果汁を指先ですくい取って舐めた後、ホランドはしばしの間沈黙をした。


 やがて瞑目を解き、彼は顔を上げて宣言する。


「紛れもなく――聖餐の果実です。ここに〝奇跡〟を確認しました」


 一同は息を呑んだ。


 これが三つ目の儀式。


 聖女は神霊の力で大地を奇跡の〝土〟に変え、食した者に聖なる力を与えると言われる〝聖餐果〟を生み出す事が出来る。これはその確認である。

 何もない土地から木を一本出現させて果実まで出す時点で超常極まりないのだが、実った果実が〝聖餐果〟かどうかは神霊力を持った者にしか判断出来ない。それも、ある程度の訓練を受けた神霊力でなければ不可能。


 つまりジャンヌの起こした大地の奇跡は、紛う事なき本物だと認定されたのだった。

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