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僕は聖女兵器  作者: 不某逸馬
前章
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Chap.1 - EP5(1)『叛逆の剣 ―聖女の子―』

 ゼーラン王国の王都とダンメルク王国の王都は、直通する街道で繋がっている。

 これはゼーランがダンメルクの支配下に置かれるずっと前に敷設された幹線で、かつて大陸全土を支配していた古代の大帝国時代の名残であった。


 その道を、物々しい護衛に守られた一台の馬車が進んでいた。ダンメルク王国からゼーラン王国へと。

 護衛もそうだが、馬車の装飾の華美さで、中にいるのはかなりの貴人だと伺える。

 その街道の途中で、馬車の一行は予期せぬ停止をした。


「何? どうしたの?」


 馬車の中から、貴人であろう若い女性の声。

 その声に、護衛のダンメルク騎士が答える。


「はっ、ゼーランからの出迎えのようでして」

「こんな所で? まだ王都にも着いてないのに?」

「はっ、左様ですが……」


 返事をする騎士に、別の声が重なる。どうやら行手を遮った張本人のようである。その声に記憶を呼び起こされ、馬車の中にいる女性は、「まあ」と喜んだ。


「その声はもしかして――」


 馬車の扉が開き、中から赤毛の少女が顔を出す。

 僅かに緑味を帯びた琥珀の瞳。

 南国の小鳥を思わせる、愛らしくも華やかな姿体。髪の赤に合わせた鮮やかなドレスが、小柄な体と共に軽快に動く。


「嬉しい。来てくれたんですね」


 男は微笑む。見る者に安堵を抱かせる笑みで。


 その指が、既に剣の柄にかかろうとしているなど誰にも思わせないような、柔らかで温かい眼差しを向けて。



 これが、はじまりと終わりを告げる事件の、第一幕となった――。 



※※※



 そのほぼ同時刻――。


 王都クヴンハウから遠く離れた、ノーユラン地方・スケーエンの街。


 王都のあるゼーラン王国の北部とは違って、この南部では厚い雲が空を覆い、小雨が降り出していた。

 屋根が抜けて無惨な有様となったスケーエンにある教会で、雨に打たれぬよう庇の残った場所に移動したジャンヌ達は、しばし呆然とならざるを得なかった。


 白亜の巨人が飛び去っていった雨空を見つめ、あの少女の言葉を思い起こす。


 ――貴方がたの罪に苦しむ人が、わたくしに協力を申し出てくれたのです。


 果たして、誰がマーセラを手引きしたのか。

 そもそも、マーセラを手引きして何をどうしようというのか。この国を滅ぼす? 訳がわからない。そんな事をする意味も理由も。


「恨みのある人間は、いる――」


 ぽつりと呟いた、誰に向けるでもないオヴィリオの言葉に、ジャンヌがはっとなった。


「それは一六年前の事と関係ある方なのでしょうか」


 声には出さず、オヴィリオは頷く。


 どこか虚ろな、灰色の瞳。その目が物語っている。思い当たる人物が誰であるかを。

 その〝彼〟が、ジャンヌの思い浮かべた人と同じだと。


 一六年前――。


 この国の聖女フランチェスカが自殺した。

 パウル王に手を出され、その事で心を傷め、己と世界を責め病んで――。


 いや。


 ただ手を出されただけではない。

 彼女は子を身籠り、産んだのだ。となると――もしかすると――。


「それってつまり……フランチェスカ様のお子様は……」

「――生きている」


 生きていれば一六歳。オヴィリオの三つ下。

 パウル王と聖女フランチェスカの子供は――きっと息子。


 オヴィリオの姿を見て、ジャンヌは確信する。

 項垂れる彼の髪を見て。

 何故なら、パウル王とオヴィリオ王子は黒髪だから。


「殿下の母上は――亡くなられたお妃様の髪の色は、何色でしたか?」

「……黒髪だ」

「フランチェスカ様の髪の色は、覚えていらっしゃいますか?」


 ジャンヌの問いに、顔を引き攣らせるオヴィリオ。


「……褐色だ。明るい……茶色に近いが……褐色の髪だ」


 両親が黒髪であるにも関わらず、王家の中で明るい髪色。

 王子のすぐ側にいる人物。そして一六年前と一六歳。


 ――全てが符合する。


 何故ならその〝彼〟こそ、マーセラが世に出るきかっけを作った一人なのだから。


 そもそもだ――〝彼〟はいつ、どういう経緯で、あのマーセラの推薦人になったのか?

 王族が聖女候補の推薦人になる事は決して珍しくないが、頻繁にあるわけでもない。

 とはいえ――あんな風に心に闇を抱えた女性マーセラが、どういう理由で聖女候補になれたのか。いや、もしかすればそんな心の暗部すら、〝彼〟は知っていたのではないだろうか?


「……俺は許せなかったんだ。あの女は……俺の母を死に追いやり……そのうえ幼いあいつを残して一人で勝手に死んだ。産んでおいて、自分勝手に……! 俺はそれが……! だから俺は聖女など――」


 オヴィリオが聖女を憎む本当の理由――。

 何もかもを奪われたからと〝彼〟は言っていたが、そうではないのだと、この時になって初めてジャンヌは気付いた。

 オヴィリオは守りたかったのだ。

 聖女という存在を意識する時、必ずその〝彼〟も、自分の生い立ちについて意識せざるを得ないだろうから。

 だからオヴィリオは、聖女を認めないと言い、聖女を忌避した。


 〝彼〟を――アクセルオを――守ろうとして。


 言った後、オヴィリオは己の口走った言葉に気付き、慌ててジャンヌを見る。

 けれどもジャンヌも、彼を咎めるような顔はしない。いや、出来るはずもない。


 自分だって、偽りの存在だと自覚しているのだから。


「そんな事より、マーセラは何処に向かったんだろう……。王国の滅びる様とか言ってたけど……まさか……」

「ジャンヌ、貴女がここにいる。それが何よりの答えでは?」


 口を挟んだのは、話を凝っと聞いていたダンメルクの聖堂聖騎士(サンクトゥス・ナイト)コーネリアだった。

 ついさっきまで、このコーネリアこそが何か罠のようなものを仕掛けたのではと疑っていただけに、予想もしない人物の登場と告白に、いささか申し訳ない気持ちが湧いてくる。けれどもそんな事を考えている時でもなかった。


聖女(フローラ)の出現と同時に起こった、有り得ない霊蝕門(エクリプシス)災害。あの巨大な霊蟲(シラルイ)に、何より人の手によるものとしか思われない、呪いの刻印を捺された屍喰人(ゾンビ)たち。それがあの偽物と断ぜられたマーセラとかいう女の仕業なら、何もかもの辻褄が合う。ここに貴女がいる事も、あの女の計画の一部なら、余計だ」

「それって、あたしを足止めしておこうって意味?」

「あれが偽の聖女兵器(アルマ・フロス)であれ魔女兵器ウェルミス・ペスティスであれ、聖女の守りがない街など、あれにかかれば砂で出来た模型と同じ。王の城であれ何であれ、崩すなど容易いだろう」


 だがそれを聞いた直後、真っ先にオヴィリオが疑問を口にした。


「待て。ならば貴国の為さりようにも疑問が出るぞ。そもそも霊蝕門(エクリプシス)の鎮圧に聖女(フローラ)が出る事が稀なんだ。この街で起こった事がマーセラの仕業であろうとなかろうと、だったら鎮圧に来るのはレオナルド団長か俺あたりになると考えるのが普通だ。奴が王都に、巨級霊蟲(マムート・シラルイ)が出現してると事前に知らせられたら別だろうが、その形跡はない。いきなりジャンヌがここに向かう可能性は、極めて低いと思うはずだ。けれど現実は、こうなってしまっている。となると、ジャンヌがここに来るよう貴国が仕向けた――そんな風にも捉えられてしまうぞ」

「いや。我が国やクローディア様を弁護するというわけではないが、それはない。確かに普通は、霊蝕門(エクリプシス)の鎮圧ならば騎士団長あたりが派遣される、そう考えるべきだろう。しかし考えてみろ。派遣されても、そこには巨級霊蟲(マムート・シラルイ)という化け物が待ち構えているんだぞ。ならばどう足掻こうと、騎士団長如きではどうしようもあるまい。とすれば、いずれジャンヌ様がここに来るのは必然。あくまで奴の側に時間制限がなければだが、そういったものではないように思う。何せこの場合、日数や時間はあまりに不確定要素が多すぎるからな。つまり我々が何をしようが、奴は最初からここに新たな聖女をおびき出す手筈だったのではないか?」


 確かにそちらの方が自然である。とはいえ、ダンメルク側への疑念が、完全に晴れたわけではないが、それでもこの何日かで見たコーネリアの振る舞いこそが、何よりも彼女の言葉の信憑性を強めていた。

 彼女ほどの実力があれば、ジャンヌやオヴィリオの寝首をかくなど、いつでも出来たであろうから。


「じゃあ、マーセラが向かったのって……」

「クヴンハウだな」


 皆の視線が一箇所に集まる。

 王都と断じたのは、空に浮かんだ声だった。

 小鳥のような大きさで宙に浮かぶオレンジ色のそれは、具象化されたラグイル。


「ちょっ……! また勝手に出て――!」

「んな事ぁどーでもいいだろ。つうか、アザウザの飛んでった方向の神霊力を追跡してる限り、多分王都に行ったんぜ。間違いねえな」

「ほんとなの? 王都方面って、ようは北でしょ。王都で動きが止まった気配がある――なんて事ならわかるけど、飛んでったのはさっきよ」

「話を総合的に纏めてだよ。ソーゴー的に。少なくとも王都方面に一直線なのは違いねえ。で、重要なのはそこじゃねえだろ。あいつは王国をぶっ潰すとか何とか言ってたんだぜ。そんで向かう先は王都のある北の方角。そこの色黒ねーちゃん騎士が言った通り、王都にアレを防ぐ手立てはねえ。……なら、これ以上説明がいるか?」


 皆が慄然とする。

 誰しもの脳裏にその予感はあったが、ラグイルの言葉で確定したと言っていいだろう。同時にそれは、彼らが何も出来ないという事も、意味していた。


 高速で空を移動するアザウザを追いかける方法は、ジャンヌがラグイルを完全顕現する以外になかった。けれどもマーセラが言った通り、一度完全顕現をして力を使った以上、少なくとも一日はジャンヌの神霊力が回復するのを待たねばならない。


 一日が致命的――。


 マーセラの嘲笑が、思い出された。

 今から帰路を急いでも、数日以上は到着にかかる。つまり王都へ着いた頃には、何もかもが手遅れなのだ。


 と言って、ここで指を咥えていていいはずもない。


 無駄と知りつつ王都へ向かうか。それとも王都やそこにいる人間の事は諦めて、その次の行動を取るか。


 どちらにしても絶望的な二者択一だった。


「おい――」


 苦しい表情を浮かべるジャンヌの鼻先に、ラグイルが飛んでくる。


聖女兵器(アルマ・フロス)のオレを出せねえって悩んでるみてえだけど、方法はあるぜ」

「……は――?」

「連続で聖女兵器(アルマ・フロス)を出す事は可能だ、つってんだよ」


 ジャンヌの目が、驚愕で大きく広がる。

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