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僕は聖女兵器  作者: 不某逸馬
前章
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Chap.1 - EP4(12)『霊蝕門 ―浄化なる唄声―』

 敵の攻撃が届かない位置にまで空高く上昇し、街全体を見下ろすラグイル。


 巨人の操縦球の中、ジャンヌもラグイルの目となって同じ景色を見ていた。


 己の真下、街の広場では巨級霊蟲(マムート・シラルイ)がこちらを見上げて未だに叫んでいる。


 ――対象は、あの怪物と被害の全て。


 聖女兵器(アルマ・フロス)ラグイルの唇が開く。


 己が歌うように。


 力を胸に――喉に――声にこめて。


 祈りを――想いを――音にして。



 ラグイルの主演声楽(ソプラノ)



 怪物の金切り声など一瞬で掻き消す、しかし耳障りさも騒音のような感覚も一切ない、透き通った声。


 街どころか辺り全てを包み込む大音量なのに、歌声だけでそれは癒しとなり、世界への救いとなった。


 声が届いた全て、つまりは街全体を光が満たしていく。その中で、腐敗に犯された全ての箇所と場所と生命に、光の糸があらわれていた。

 当然ながら巨級霊蟲(マムート・シラルイ)だけでなく、霊蟲(シラルイ)屍喰人(ゾンビ)も、糸によって包まれてしまう。


 退避していたホランド達が、目の前で起きた奇跡のような超常に呆気に取られていた。

 見渡す限りを光の糸が包み込んでいるのだ。この唄と共に。


 けれども唄の真価はむしろここから。


 街を覆う糸の全てから、突如として白い炎が噴き上がったのである。

 オレンジでも赤でも、ましてや、より高熱の青い炎でもない。


 蜃気楼の如き純白の炎。


 火炎に灼かれ、悶え苦しむ屍喰人(ゾンビ)たち。邪霊にまつわる全てを消そうとしているかに思われたが――炎は一瞬で消え、その場に倒れ込む人々。


 そう、屍喰人(ゾンビ)が人に――元に戻っていたのだ。


「これは――」


 あまりの事に、ホランドですら絶句する。

 屍喰人(ゾンビ)の外観は、ただ腐った屍体というより、巨大な寄生虫に体を覆われた化け物という方が近い。その寄生虫の部分だけが綺麗に消え去り、最早助かる見込みのなくなった人々全員が元の姿に戻っている。腐り落ちた肉体――目玉や歯や頭髪といったものも生前のままに。戻っていないのは衣服のみ。

 倒れた人にコーネリアが恐る恐る近寄り、息と脈を診た。


「生きている……」


 最早驚きを通り越して、奇跡そのものだった。

 屍喰人(ゾンビ)と呼ぶ通り、これは助かる事のない、死に喰われたかつては人間だったモノ。

 生命の失われたものなのに。


 それを清めるだけにとどまらず、肉体を復元し、命までも戻すなど。


 これについては後にラグイルがこう説明している。


「オレは生き返らせたんじゃねえ。命を戻すなんてそんな事は、さすがにオレでも出来ねえって。どんな生き物でも一度死んだら終わりだ。じゃああれは何かって? あのな、屍喰人(ゾンビ)ってのは死んでるわけじゃねえんだ。考えてみろ。死ぬって事は動かなくなるもんだぞ。死んだ後に動く生き物なんてあるか? ねえだろ。あれは全身くまなく脳みそまで腐蝕で犯され、身体中を霊蟲(シラルイ)の幼体に乗っ取られてる状態なんだ。オレがやったのは腐敗を浄化させた事。そんで腐蝕で失った全てを超速で再生させた事。それだけだ。つまり死にかけなのは間違いねえが、死んじまうそのギリギリんとこで救った、それだけだよ。え? それが有り得ないって? 何をマヌケな事言ってやがる。その〝有り得ねえ〟をやるから、オレ達神霊(フロース)は偉いんだろーが」


 だがこの時点ではそんな事など分かるはずもない。

 オヴィリオやホランドらからすれば、死んだ人を蘇らせた神の唄声としか思えなかった。


「奇跡だ……これこそが奇跡だ……!」

「ああ……本当に。これがジャンヌの力……。ラグイルの、聖女兵器(アルマ・フロス)とはここまでのものなのか」

「いえ、殿下。ここまでの奇跡は聖女兵器(アルマ・フロス)でも聞いた事がありません。人を生き返らせる力なんて、本当に奇跡の力です。ラグイル様は自らを〝最強の神霊(フロース)〟と仰っていましたが、それはあながち誇張ではないのかもしれません」


 上空に浮かぶ太陽の巨人を見上げ、オヴィリオは思う。


 もしそれが本当なら、まさにジャンヌこそ、自分とこの国が求めた〝神聖なる乙女(ラ・ピュセル)〟なのかもしれない――と。


 ラグイルから主演声楽(ソプラノ)の響きが止んだ時、そこにはおどろおどろしい腐敗などどこにもない、人々が倒れているだけの街があった。


 ただ一つ、巨級霊蟲(マムート・シラルイ)だけはまだ残っていたが。


 しかし再び糸をひき千切るも、下半身のナメクジ部分はどろどろに溶け始め、骸骨の上半身部分もメッキが剥がれるように零れ落ち出している。今の聖女霊歌(フローラ・ソング)が明らかに効いているのだ。


 それでもまだ形は保っているし、それどころか今度は口から唾液のようなものを吹き飛ばし、まるで唾を吐くようにラグイルにこれを当てようとしている。

 当然だがそれに当たるはずもないが、それでもまだ抵抗を続ける怪物に、ジャンヌは操縦球の中で心底呆れていた。


「ちょっとしぶとすぎない?」

「まあ、巨級霊蟲(マムート・シラルイ)ってのは魔女兵器ウェルミス・ペスティスに匹敵する個体もあるしなぁ。だから言ったろ。メンドくせえって」

「じゃあどうすんのよ」

「どうって、それをどうにかすんのがオメエの役割だろ、ビッチ聖女」

「はあ? ちょっとあんたね、いくら何でも今のはどうよ。言っていい事と悪い事があるって知らないの? 馬鹿なの? 失礼すぎなの?」

「ああ? うっせえな。何でもかんでもすぐにオレに頼ろうとすんなっつってんだ。この偉大なるオレ様の力を使わせてやってるんだぞ。それなのにあんなムシケラ一匹倒せねえなんて、どう考えてもおめえのヘボが原因だろ」

「ちょっとアッタマきた……! いいわ、分かった。そこまで言うんならやってやるわ。あんなの、一瞬で片付けるから」


 ラグイルの中でまさかそんな喧嘩をしているとは、地上のオヴィリオ達は思いもよらないだろう。


 彼らからすれば、弱った巨級霊蟲(マムート・シラルイ)を確認して、ラグイルがとどめを刺そうとしたようにしか見えなかったに違いない。


 今までにない高速で、ラグイルが巨級霊蟲(マムート・シラルイ)に急降下をかけた。


 当然、それを迎撃しようと巨級霊蟲(マムート・シラルイ)も拳を固める。

 互いの巨体が攻撃範囲に入ろうとしたその直前。


 眩い光がラグイルの背中から放たれ、花びらの翼が一瞬で消える。



 同時にそれは、八本の槍に変わっていた。



 瞬きすら許さぬ刹那の変化。

 虫や甲殻類の脚部を思わせる、節のある巨大な槍。

 それは万物を貫き、或いは斬り裂く、この世で敵うものなき最強最大の近接武装。



 〝神霊の槍(マヌス・スピア)



 聖女兵器(アルマ・フロス)でさえ危険と言われた巨級霊蟲(マムート・シラルイ)の巨大な拳が、一瞬でバラバラになっている。

 目で追うことすら不可能な刃速。


 そして両者が完全に殺傷圏内に入った直後――。




「貴方の存在、散らしてもらうわ」




 ジャンヌの声と共に、巨人が着地する。


 ラグイルと巨級霊蟲(マムート・シラルイ)

 両者が背中合わせで位置を入れ替えていた。


 かと思った瞬間、ラグイルが再度空へと上昇する。

 その数瞬後、おぞましい絶叫と共に巨大人型ナメクジが、紫色の体液を全身から撒き散らした。おそらくあれが、巨級霊蟲(マムート・シラルイ)の血なのだろう。

 そして巨体が、次々にずれていき、いくつもの肉塊へと変貌していく。


 一瞬――。


 まさに有り得ぬほどの神速で、あの怪物を退治したラグイル。

 再び空に飛んだのは、おそらくあの血飛沫を浴びないためであろう。


 巨大な亡骸が転がる、吐き気を催す地獄のような光景を見やり、やがて先ほどよりは音量の下げた声で、ラグイルが聖女霊歌(フローラ・ソング)を唄った。

 そうして、巨級霊蟲(マムート・シラルイ)の死骸も体液も何もかも、汚染された腐蝕の全ても綺麗に浄化する。


 勝利だけでなく、その後始末すらも着けてしまう隙のなさ。これぞまさに、救世の巨人。


 けれどもそのラグイルの中では、先ほど以上にジャンヌとそのラグイルが言い争っていたのであるが――。


「おめぇっ! フザケんじゃねーぞ! オレの美しい槍を、あんなクソムシで汚しやがって! 言ったよな? オレの体に触れさすなって。言ったよな、オレは?!」

「はあぁ〜? 槍も貴方の体の一部なの? へー知らなかった。そんなの教えてもらってないからさぁ」

「こんのクソビッチ野郎……! んなの言わなくてもワカんだろーが!」

「いちいちオレ様に聞くな、自分で考えろって言ったのは誰様でしたっけ? あたしは人間だもん。偉大な神霊様の事なんて、教えてもらわなきゃわかんないもーん」


 ラグイルの巨体が地上に降り、やがて光と共に消えた後でも、二人はずっと言い争っていた。


「ちょ……一体何をやってるんですか……」


 ジャンヌの元へ駆け寄ったホランド達だったが、その姿に呆れた声を出す。


「何なんだ」

「聖女……様?」

「ジャンヌ……君は何と言うか……えっと……」

「あらら――けどまぁ、そんな推しの姿も滋養になりますぅ」


 具象化したラグイルはジャンヌの頬を引っ張り、ジャンヌはラグイルの羽をむしろうとしている。

 そんなあられもない姿を見て、感動に浸っていた全員の目が一瞬で冷めたのは言うまでもない事。

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