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僕は聖女兵器  作者: 不某逸馬
前章
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Chap.1 - EP4(9)『霊蝕門 ―楔の破壊―』

 却説(さて)――。


 ジャンヌはそのラグイルを、具象化状態でもう一度呼び出す。

 目の前の噴水には、水を浴び続けて喘いでいる屍喰人(ゾンビ)があった。


「どう、様子は?」

「ああ……気配から察するに、二人も着いたようだぜ。……お、南の方からは邪霊の力が消えたな」

「南っていうと殿下ね。じゃあコーネリアさんの方の気配が消えたら教えて」


 ジャンヌは振り返り、騎士の二人に頷く。

 ラグイルの合図で、騎士の一人が屍喰人(ゾンビ)を斬り倒すのだ。これで霊蝕門(エクリプシス)は固定されて見えるようになるはず。


 数えている内に――ラグイルが「消えた」と告げた。


 即座に合図をし、護衛の騎士が屍喰人(ゾンビ)の首を刎ね飛ばした。

 血飛沫と水飛沫が混ざり、腐った血と体液で、噴水の水が汚濁の色に染まっていく。


「どう――?」


 四つの楔、全部を破壊した。

 霊蝕門(エクリプシス)に供給されていた邪霊的な力は、これで断たれたはず。


 心なしか、街全体を覆っていた濃霧が晴れつつあるように思う。


 やがてあちこちで、耳障りな奇声があがりはじめてくる。

 おそらく霊蟲(シラルイ)のものだろう。

 邪霊の力が減衰した事で、こちらの世界で存在が保てなくなりつつあるのだ。いわば、魚のいる水槽から水を抜いたようなもの。


邪霊(ウェルミス)の気配が薄れていってる……。出るぞ、霊蝕門(エクリプシス)が」


 ラグイルが顔を向けた方向。噴水の上だった。


 その空間だけもやか煙が滞留したように色が変わり、大気そのものが歪んでいく。


 歪みは徐々に広がっていき、やがて色を濃く、深くしていった。光が呑み込まれ、その部分だけが夜のような闇となる。


 反対に歪みの起きている周囲には、青緑と青紫に点滅する燐光のような冷たい光が浮かびつつあった。その光は段々と形を成していき、やがて文字の象形となっていく。


「神代文字……?」


 少し形は異なっているようにも見えるが、古代文字に酷似した文字が、円鏡の縁取りのように並んでいる。鏡面にあたる部分は、どす黒い色が水面のように張ってあった。

 円の直径は五メートルぐらいか。馬車一台なら楽々と潜れそうな大きさだった。


「これが――霊蝕門(エクリプシス)……。でも何で文字が……?」


 ジャンヌが不思議そうに呟くと、ホランドが肩に手を置いて説明する。


神霊(フロース)からこちらの世界に伝えられたとされる古代の文字は、神霊や邪霊のいる世界において力を持ったそういう形(・・・・・)だったらしいと聞いています。向こうの世界では、その形に音を乗せて言葉にしたのだと。私達の使う言葉は、最初に音があってそれに文字としての形をのせていったものですけれど、神霊由来の古代文字は、元から力をもったそういう形のもの(・・・・・・・・)で、音としての言葉があったわけじゃないそうなんです。その形そのものが発現する現象や力が先にあり、音はそれを後追いで表現したもので、同時に〝形〟でしかなかった文字から力を導き出すため、音としての〝言葉〟が出来たらしい。だから霊蝕門(エクリプシス)に文字があるんじゃなく、この文字列こそが異界と繋ぐ穴、霊蝕門(エクリプシス)なんです」


 それは神霊力そのものの仕組みの説明でもあり、聖言や呪言が存在する理由でもあった。


 しかし今の説明だけでホランド以外の者が分かるはずもなく、「はぁ……」とジャンヌも呟くのみ。

 間の抜けた声に気付いたというのもあるが、肩に置かれた手をじろりと睨むジャンヌの視線にも気付き、慌ててホランドは手を離した。


「ま、まあ分からなくてもいいですよ。――とにかく、この穴が霊蝕門(エクリプシス)です。あとはこれを閉じるだけだから」

「閉じるって、どうやるの?」

「それは簡単です。神霊力を込めて、あの文字のどれかを壊せばいい。穴によって強度は異なるらしいですけど、神霊力さえあれば騎士の剣や槍で文字は壊せると聞いています」

「それでレオナルド団長がいれば、って言ってたのね」


 話を聞き、屍喰人(ゾンビ)を斬らなかった方の護衛の騎士が、剣を構える。


「それなら、私が試してみましょう。私の神霊力にはまだまだ余裕がありますので」


 構えをとったまま、騎士は慎重に門へと近付いていった。


 いくら邪霊の力が薄れつつあるといっても、これは霊蟲(シラルイ)たち怪物どもの出入り口なのだ。不用意に接近して、突如門から霊蟲(シラルイ)大型霊蟲(ラルヴァ・シラルイ)が飛び出して襲われる危険性も充分あった。そのための警戒だった。


 一同が固唾を呑む。


 誰も緊張は解いていなかった。解くはずがなかった。


 しかしその時――



「おい! 離れろ!」



 叫んだのはラグイル。

 え――と思う間もなく。


 音もなく気配もなく。



 門の中から巨大な手が伸び、騎士を掴んだ。



「――っ!」


 声をあげようとしたのだろうが、騎士は一瞬で門の中、向こうの世界に引き摺り込まれ、姿を消してしまう。


「なっ――!」


 誰もが声を失い、身を竦ませる。


 何が起きたというのか。

 やがて門の向こう、混濁した闇の中から、悲鳴が聞こえてきた。


 骨と金属の砕かれる音、肉の千切れる音も一緒に。


 その音がやむまでは、ほんの数秒ほどだろうか。全員がその場で固まっていると、


「お前ら! 全員今すぐここから離れろ!」


 と、再びラグイルが叫ぶ。

 いつもの鼻っ柱の強い生意気な態度は微塵もなく、必死で手を振り、鋭いほどの真剣な声で。


 弾かれたように、ジャンヌ達が駆け出した時だった。


 門――いや、黒々とした穴から、もう一度巨大な手が伸びてくる。


 今度は誰かを掴もうとしたのではなく、穴の縁に指をかけて。しかもそれが二つ。つまり両手で穴に手をかけていた。

 そうしてその指に力を込めると、やがて黒い穴はめりめりと音を立てそうな雰囲気で――実際は音などなかったのだが――強引に広げられていくではないか。


「何が――何が起きてるんですか?!」


 顔面を真っ青にして、後ろに退がりながらホランドが叫ぶ。


「こいつはヤベえな……。厄介なもんが出てきやがったぜ」


 ラグイルほどの神霊が言う〝厄介〟とは何なのか。


 それは彼らの想像を、遥かに超えたものだった。

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