Chap.1 - EP4(7)『霊蝕門 ―霊蟲との戦い―』
馬の手綱を操り、オヴィリオと騎士の一人は音もなく襲ってくるクラゲに似た化け物――霊蟲を斬り落とす。刃には、神霊力の力を込めて。
ジャンヌから授けられた守護士の力を出せばもっと容易いが、どれだけの数の霊蟲や屍喰人があるか分からない以上、神霊力はなるべく温存しておく必要があった。
彼が向かっているのはトナカイの牧場にある厩舎だった。
途中で、食い荒らされたトナカイの死体を、いくつも目にする。
またはかなりの日数を経ったかのように腐乱しているものも。
喰われた死体は屍喰人によるもの。腐っているのは霊蟲によるものだった。
邪霊やその眷属は、腐敗を好む。あらゆる生命を腐らせ、その腐りを養分とするようなのだ。だから人間の世界とは相容れない。人の営みの敵となるのだ。
その惨たらしい光景を横目にしながら、オヴィリオは馬を走らせた。
今はオヴィリオと護衛の騎士の二人だけ。
先ほど決めたように、それぞれが分散して楔となっているであろう屍喰人を退治する事となったからだ。
オヴィリオと騎士の一人はトナカイの小屋。
コーネリアが単騎で森の中にある祠。
残りのジャンヌ、ホランド、ギルダと騎士二人が噴水のある広場。
広場にだけ人数を裂いたのは単純な話である。霊蟲や屍喰人を相手にする場合、この中で最も強力なのは聖女であるジャンヌだった。しかしジャンヌは非力な女性である(と、いう事になっている)。
物理的な護衛は当然必要になり、そうなると騎士二人がジャンヌに付くのが最も最適だった。
そしてオヴィリオやコーネリアなら一人で行動しても何の問題もないが、ギルダやホランドを守りながらとなると動き辛くなる。反対にジャンヌの強大な神霊力であれば二人ごとその力で守れるだろうし、騎士の二人もいた。
結果、この国の王子でもあるオヴィリオには一名だけ供が付き、コーネリアのみが単身でこれにあたる事となったのである。
これに対し、コーネリアはむしろ当然とばかりに余裕で応じてみせたが、実際、彼女の異能を見た後だと、それも納得せざるを得ない。
つまり必然的に、この人員が最適解になるというわけだった。
もうすぐ小屋が見えてくるはず――。
ギルダから聞かされた道行きから、オヴィリオはそのように判断した。しかしここで不意に、オヴィリオは馬の手綱を締めた。
「止まれ!」
供の騎士にも言い放つ。
直感――というより気配。
それはトナカイの放牧地近くにある林の中。
樹々がめりめりと、いや、ずりゅずりゅと気味の悪い音をたて、強引に押し曲げられていく。
「これは……!」
二人の全身が、おぞましさに総毛立つ。
長く太い、甲羅状の外皮に覆われた前足。反対に、申し訳程度についたような歪なほど小さな後ろ足。
芋虫のようなぶよぶよとした長い胴体に、顔らしき部分には触覚に似た細長い突起が数本突き出している。
胴の左右にあるヒレ状の帯が、まるで海中にいるイカのヒレを思わせた。
何より目をひいたのが、その大きさだった。
樹々を倒した事からも分かるように、屍喰人や霊蟲どころではない。大型のヒグマよりも大きいだろうか。
一言で言うなら、四肢の生えた超巨大なナメクジ。
「な、何ですか、これは……」
「大型霊蟲というヤツだ……。まさかこんなものまで」
クラゲのような化物が霊蟲と呼ばれる低級の邪霊で、それが成長? または進化? したものがこの大型霊蟲というものらしい。オヴィリオも目にするのは初めてだった。
霊蟲だけでも極めて危険なのに、こんなものまで出現しているとなると、事態は切迫しているといって間違いない。
声に反応したのか。
巨大ナメクジが、頭部の触覚をうようよと蠢かせて二人の方を向く。
あれは目なのか。見えているのかそうでないのか、まるで分からない。だが敵意を放っているのは明らか。
左右のヒレが動く。同時に、見た目からは信じられない速度でこちらへ這いずってきた。
――!
オヴィリオが片手を翳すと、そこから蜘蛛の巣状に糸が放射された。
それが結界となり、大型霊蟲は転げるように動きを止められる。
「よし……。この力なら……!」
聖女守護士としての力に確かな手応えを感じて、オヴィリオは頷いた。
「〝遍く全て、陽光に照らされん〟」
聖言を唱えて炎を放ち、炎の糸で巨大ナメクジを焼き尽くす。
しかし――。
オヴィリオ自身はともかく、こんな巨大な異形まで出現しているとなれば、他は大丈夫だろうか。
だが、彼がそれを考えても、今すぐどうにかなるものではない。
離れてしまったジャンヌの身を案じつつ、オヴィリオと騎士は先を急いだ。




