Chap.1 - EP4(6)『霊蝕門 ―壁の死人―』
飛来する霊蟲を斬り伏せ屍喰人を蹴散らして見張り塔へ到着すると、塔の壁面に体をめりこませている屍喰人を見付けた。めり込んでいるというより、まるでそこから屍喰人が生えているようにも見える。
全員が目を合わせた。
ジャンヌが、ラグイルを呼び出す。
「ねえ、貴女の感じた力の源って、ここからなの?」
指し示したおぞましい異形に、ラグイルは顔をしかめながら「ああ、こいつだ。間違いない」と返す。
「しっかし何だこりゃ。つーか、こんなので門が開くのかよ」
「ちょっと待ってください。この屍喰人、何か頭の後ろに、ありませんか――」
そう言ってホランドが屍喰人に近づこうとした瞬間――。
「危ない!」
壁に体を埋め込んだままの状態で、その屍喰人が、口から触手のようなものを何本も放ったのだ。
叫んだのはコーネリア。
すわ、ホランドの顔に触手が当たる――かと思われた瞬間。
おぞましいそれらが、一斉に地面に墜落したのである。
まるで目に見えぬ重石を被せられたかのように。
何が起きたのか。
ホランドが後ろを見ると、そこには片手を翳したコーネリアの姿。
籠手を嵌めたその手が、青く光っている。
「これは……」
「何をしている、不用意だぞ!」
コーネリアの叱責に、ホランドが反射的に「す、すみません」と謝りを口にした。
「これは……貴女の力か」
地面に貼り付けられたようになっている触手を見て、オヴィリオが問いかけた。
「ああ。私の力――クローディア様の〝花理法力〟だ」
聖女から授けられた異能を操るのが、聖女守護士であり聖堂聖騎士である。
コーネリアの力は、重力。
任意の場所に、過重力を加えるというもの。
「ふんっ」
気合いを発し、そのまま壁の屍喰人全体に重力を加える。これでもう、この屍喰人は身動きが取れなくなってしまう。
「すごい……」
ホランドが感嘆の声を出すのも当然だった。
聖女の異能は数あれど、これほどまでに強力な力は、滅多にないからである。
いや、力の種類としては最強のそれに並ぶのではないだろうかとも思えた。
「私の事は後にしろ。それより司祭、貴方はさっき、その屍喰人に何かがあると言ってただろう。私が抑えつけている間にそれを確認しろ」
「え、あ……は、はい」
ホランドがすぐさま屍喰人の首の後ろに目を向ける。
そこには、焼印のような文字が刻まれていた。
「これは……神代文字」
「何だと。教会のあれか。何故そんなものが?」
「いや、それは――」
するとホランドの言葉を聞きつけてか、ラグイルも宙を飛んでそれを覗き込んだ。
「〝道は力によって生じる〟か。こいつは呪文だな。それもタチの悪いヤツだ」
「呪文?」
「ああ。この聖言――いや、呪言か。こいつが邪霊の力と結び付いて、力場を発生させる楔になってるみてぇだな。間違いねえ。この屍喰人っつーか、この屍喰人に刻んだ呪言が、霊蝕門の原因になってるんだ」
それを聞くや否や、コーネリアは翳した片手に力を込め、そのまま手を振り下ろす。
ぐしゃり。
このうえなく不快な音をたて、壁ごと屍喰人が潰されてしまう。
「ちょ……っ、何を――!」
「何をではない。この屍喰人が原因なら、これで門が閉じるのではないか。そうだろう」
「し、しかし――」
決断が早いというか早すぎるとホランドが抗議しかけたが、その前にラグイルが今の言葉を否定した。
「いや、こいつを潰したところで門は閉じねえだろうな」
「何?」
「オレは呪言によって門が開いてるなんて言ってねえぜ。いいか、この呪言は門を開く鍵であるのと同時に、門を移動させる道標の役割になってんだ」
「どういう事ですか」
「さっき四つの場所から力を感じたって言ったよな。つまりこの楔を囲いにして、霊蝕門は絶えず移動しているって事だ。しかもご丁寧に、門が視認出来なくなるような細工までしてな。だから門が何でどうやって開いてるのかは知らねえけど、こいつは門にとっての通過点のようなもんなんだよ。――いや、もしかしたら四つの楔そのものが門を発生させてる可能性もあるな……。いずれにせよ、一つを潰しただけじゃ門は閉じねえ」
「それってつまり――」
「残り三つの楔も全部、潰さなきゃいけないって事だ」
一同は押し黙る。
異様なまでに大仰な仕掛け。しかも、明らかに人の手によるもの。
一体誰が、何のために。
しかしそれを論じている時ではない。今はそれよりも、一刻も早くこの邪霊による災害を消してしまわねばならないのだ。
「……成る程な。わかったぜ」
「何? 今度は何なの?」
「ったくおめえはいっつも……」
まるで敬う口振りではないジャンヌだが、それを咎める者は、ラグイル本人しかいなかった。
「何で屍喰人をこんな風にしたのかっつー事だよ。こいつはおそらく、この文字に邪霊の力を注ぐ事で特殊な結界を発生させるためだ。屍喰人に文字を彫ったのは力と連結させ、絶えず邪霊の力が呪言に注がれるようにするためだろうぜ。だが、そのままじゃあ屍喰人がうろついて力場として不安定になっちまう。門を形成する力場にするには、屍喰人を動けなくする必要があった。だから壁に埋めたり噴水に埋めたりしたんだろうぜ。縄とか鎖なんかで縛りつけるだけじゃあ、千切れる可能性があるからな。その点こうすりゃあ、この場から永遠に動かないで力場を発生させ続けられるっつー寸法だ」
「埋め込ませるって……そもそもこんな事、どうやって」
「そこまで知るかよ。オレは霊蝕門の発生原因が分かったってだけを言ったんだ。何でもかんでもオレに聞くんじゃねーっつーの。ちったぁ自分のアタマを使って考えやがれ」
最初はラグイルの言動に驚いたものの、今いる空間があまりに異常すぎるためか、ジャンヌやホランド以外の人間も、段々とこの不良じみた神霊の言葉遣いに違和感を覚えなくなりつつあった。
「……どちらにせよ、はっきりしたな」
数瞬の間を空けて、オヴィリオが言った。
「残り三つの場所にある同じような屍喰人を倒す。そうすれば門は最後の一箇所で固定され、これを閉じる事も出来るようになる、という事ですよね? 理屈としてはそれで合ってるでしょうか、神霊様」
「お前はオレへの敬い方がわかってるじゃねーか。いいぜ、オレもおめぇの事、気に入ったよ。――ああ、その通り。お前の言う通りだ。ただしだ、楔を潰すなら、出来ればあまり間を開けずにしたほうがいい。こいつには何か時限的な仕掛けもしてあるっぽいんだよな。おそらくだが、楔を順番に潰していくと、何か嫌な事が強制的に発動するような、そんな仕掛けがよ」
「それはつまり、同時に潰す必要があるって事ですか……?」
「完全に同時じゃなくてもいいと思うぜ。一つ一つ間を空けて順番に潰すと、例えば門が閉じなくなっちまうとか、何かそんな罠みてえな仕掛けだ。それに、もし完全に同時に潰さなきゃいけねえんだったら、さっきその色黒ねえちゃんが潰した時点で、もうお仕舞いになってるだろうからな。見ての通り、少なくとも今んとこはまだ大丈夫だ」
ラグイルの言う色黒ねえちゃんとは、コーネリアの事らしい。
思ってもいなかった渾名に、コーネリアは「色黒……」と困惑気味に言葉に詰まる。あのダンメルク最強の女騎士団長が、身も蓋もない扱いだった。
しかし、目的と方法も、これで明らかになった。
こんな短時間でこんな大仕掛けなものを看破出来たのはラグイルのお陰であり、それを躊躇いなく呼び出したジャンヌの決断があったからであろう。
コーネリアという、力を最も知られたくない相手の前だというのに、それでも尚呼び出したジャンヌの思いがあればこそ。
それを汲み取ったオヴィリオが、ジャンヌの肩に手を当て、「ありがとう」と礼を述べた。
対してジャンヌは、微笑んで首を横に振るだけ。
傍目で見ていると、美形の男女なだけに絵になるというか、恋人のやりとりそのものにしか見えなかった。
その二人を、複雑な目で見つめるホランド。そしてホランドも含めた彼らの様子を、別々の視線で眺めるコーネリアとギルダ――。
いずれにせよ、一同は決断した。
ここよりそれぞれの場所に別れて、楔の屍喰人を倒す。三箇所を、同じようなタイミングで。
そんな彼らの行動を、別の場所から眺める視線がある事に、まだ誰も、気付いてはいなかった――。




