Chap.1 - EP3(1)『聖堂聖騎士 ―予期せぬ来訪者―』
複数の足音が、城の石畳に響き渡る。
しかし大人数ではない。むしろ大国からの来訪者にしては、少なすぎる人数だと言えた。
けれども百人千人の精兵を引き連れるよりも、遥かに剣呑で危険な四人の男女。
「相っ変わらずシケた城だぜ。辛気臭ぇっつーか、ショボいんだよなぁ。あとさぁ、暗ぇんだよ、雰囲気が」
紅毛金髪を後ろでひっつめた男が、砕けた口調で嘲笑う。
「いつも言ってるだろう、いちいちデカい声を出すな。頭に響く……。ハァ……ダルい。つうか、俺にはこっちぐらい静かな方がいいわ。オーデンセは何かとやかましいんだよ。ここは静かでいい……」
白金の短い髪をした眼鏡の男が、病的な顔色でそれに反論した。
二人の言い様に対し、黒味を帯びた茶色の髪色をした女性が嗜める。
「相変わらず、お前達兄弟はまったく……。いい加減、非礼にすぎるぞ」
「え〜、別にいいじゃんか。属国だろォ? こんな城の事をどう言おうが、オレ達はご主人様なんだからよォ」
「どこまで愚昧なんだ。この城やこの国に対して言ってるのではない。わざわざこんな僻地にまで足をお運びになられた、クローディア様の労苦に対して非礼だと言っているのだ」
むしろそちらの方が非礼すぎるとしか聞こえない、女性の言葉である。それに対して分かったのか分かってないのか、兄弟と呼ばれた二人は「へぇ〜い」と下賤な言葉遣いで生返事をする。
三人は全員、騎士の出立ちであった。
紅毛金髪の男は痩身に似つかわしくない大剣を履き、短髪の眼鏡は鞘越しでも分かる反りのある曲剣を腰に帯びている。一方で女性騎士は、左右の両腰に二本の剣を差していた。
共に形状の似た身なり。明らかに同一の所属になる騎士。
しかもかなり高位の者であるのは、衣類の仕立てだけで分かった。
この三人を引き連れているのが、一際高貴な服装の女性。
彼女が身に纏うのは、深海のような濃い青のドレス。胸元や二の腕飾りには、この世には存在しない青い薔薇のあしらいがあり、シンプルなようで複雑なラインが、王侯貴族以上の品格を見る者に与えた。
艶のある黒髪に、紫がかった深い紺色の瞳は、深沈として底の見えない思慮を思わせる。
この女性こそ、ゼーラン王国を事実上の支配下におく、ダンメルク王国の聖女。
クローディア・クローグであった。
そして彼女の引き連れている三名の騎士が、彼女から神霊の力を分け与えられた三人の聖堂聖騎士。
聖堂聖騎士――それは平たく言えば聖女との契約者である守護士の下位的存在。
守護士と比べれば力は劣るし使用出来る能力も限定的だが、聖女と神霊由来の異能を扱える特殊な騎士の事を指す。
「静かなのは――」
先頭を歩くクローディアが口を開いた瞬間、三人はぴたりと会話をやめた。
「私達が来たからでしょう」
「怖れているという事でしょうか?」
三人の内、双剣を差す女性騎士が尋ねる。
「それも勿論ですが、我々を警戒している、という方が正しいでしょうね。城に満ちている神霊力に、そんな香りを感じます」
クローディアは光を映さない瞳で、無表情に告げる。
満ちている――と言ってもそんなものを感じ取れるのはクローディアだけである。
聖堂聖騎士の三人は勿論、普通の聖女でさえ神霊力から感情を読み取る事など出来はしない。
巨大なのに精緻。まさに万能の力――それが彼らが仕える聖女の神霊力。
配下なのに、今更ながらにゾッとする――。
〝蒼穹の聖女〟クローディアの底知れなさに、三人は改めて慄然とした。
そもそも――。
大国であれ一国の聖女が、聖堂聖騎士を率いているなどという事があり得ないのだ。
通常の神霊との契約は、守護士と一対一でしかない。
聖女は、神霊の力を契約者である守護士に与える。
その代わり、聖女兵器の顕現をした際には、守護士に力の触媒になってもらう。
いわば持ちつ持たれつの関係が、聖女と守護士なのである。
そのため、通常であれば守護士との契約を済ませた聖女に余剰な神霊力など有るはずもないのだが、聖堂聖騎士を持つ聖女というのは違っていた。
彼女らは触媒となる守護士がいなくとも、一人だけで強引に聖女兵器を呼び出せるほど、強大なのは勿論、性質すら変化可能な特殊な力を持っているのだ。
しかも力が大きすぎるが故に、有り余った神霊力を他の者にも分け与えられるのである。
その余った力を与えられたのが聖堂聖騎士。
それほどの強大な力を持っている聖女は、テルス教中央教会直属の使徒聖女以外では聞いた事がなかった。それは最早、一国家の下にいるには過ぎる力。
まさに規格外。
比類なき力を持つ、聖女クローディア。
それほどの存在である彼女が、わざわざゼーラン王国に足を運んだのは、誰がどう見ても明からさまな脅しであろう。
ゼーランにも聖女があらわれた? だからと言って余計な考えは持つなよ――。
そう言いに来たのだという事は、露骨なほどに明白。
王城の玉座の間に通されたクローディアらは、まさにそのような振る舞いでパウル王達と接見をする。




