Chap.2 - EP3(9)『博士と聖女 ―災いの元凶―』
双子の塔の中。
モーリス博士の研究室の一つであろう部屋のノートに記されたとんでもない内容。
それについて、専門的な詳細までも分かるはずがない。しかし断片的な単語や言葉さえ分かれば、それだけで何とはなしに察しがつく。
ここに書かれている事は、もしかしたら――。
「これってまさか……自分達の手で霊蝕門を開いたって事?」
「ああ、そうだ。しかもこの偽種神霊ってのは、前にオレが言った小聖霊を結合させたものの事だな。こいつ、その式をここに書いてやがる」
いきなりの声に、思わずアムロイの口から「ひっ」という上擦った悲鳴が漏れそうになった。が、咄嗟に両手を口にあてて己で自分の声を封じる。
アムロイの後ろから声を発したのは、いつの間にか勝手に具象化していたラグイルだった。
「ちょっ……! いきなり出てこないでよ。びっくりするじゃないか」
「いちいち驚くな。さっきはてめぇの都合でオレを呼び出しておいて、今度は勝手に出るななんて、生意気な事言ってんじゃねーぞ」
「いや、出るなって言ってんじゃないでしょ。……ほんとにもう」
「てめぇのタワゴトは今はどうでもいい。つーかそれよりこれだ。それ、ちょっとめくってみろ」
ふわふわと浮かびながら、具象化ラグイルがアムロイを顎で指図する。アムロイは若干ムッとするも、今は堪えて言う通りに紙をめくった。
次のページにも、書かれてあったのは何かの数式と図式。更に引き出し線で、注釈が細かく記されている。
「こいつは魔女どもの術式だな。いや、オレらのも混ざって……何だこれ? 異能の結合?」
「ちょっと、この絵って――!」
アムロイが指したそれは、石碑のようなものに埋め込まれている屍喰人の姿。そこには〝ザエボス〟とも記されていた。
「マジか」
「何? 何なの?」
「この〝ザエボス〟は、上級邪霊の名前だ。野郎……とんでもないものにまで手を出してやがるようだな」
「それって……魔女兵器……?」
だがアムロイの問いに、ラグイルは答えなかった。
答えない事が、何よりも答えを雄弁に物語っていた。
「つーかよ、この屍喰人の絵面。何つー街だったっけ、前に行ったあそこのあれだ」
「スケーエンでしょ。あの街の霊蝕門で見たやつ……! じゃあ、もしかしてあれって――」
ジャンヌとしてアムロイが討伐に行った、ゼーラン王国のスケーエンの街で起きた霊蝕門災害。その原因が、この石などに埋め込まれた屍喰人であった。
これは、謀反を起こしたゼーランの騎士団長レオナルドと、聖女候補の一人であったマーセラの手によるものとされていたが、どうしてその二人がそんな方法を見つけ出せたのかが不明となっていた。
しかし、その答えがここにあったのだ。
「成る程な。あの玉ころみてえな見た目のチンチクリン博士が諸々の元凶ってわけか。で、アザウザなんつークソザコだったはずの神霊を強化して、マーセラってあのニセモノの聖女に宿らせたワケだ。それもこれもみーんな、この博士の仕業だったってわけだな」
「そんな……ゼーラン王国で起きた事が何もかも仕組まれた事なの……? いや待って、じゃああれはどう説明するの? レイアの神霊。クローディアは僕が偽物の聖女で、本当はレイアに宿るはずだった力を僕が奪ったって言ったじゃない。けど、僕はそもそもレイアから力を奪ってないし、仮に知らない内に奪ったのだとしたら、逆に今はラグイルを出せないはず。だからレイアに関する事は、何もかもが嘘だ。なのにそれを事実だって断言してる。こんな手の込んだ嘘、クローディアやジェラルド王から出てくるとは思えない。間違いなく、あの博士が作った嘘だ。一体、何のためにそんな――」
口に出す事で己の考えを確かめるように、アムロイは小声ながらも捲し立てるように呟いた。しかしラグイルはそれに答えない。
答えないという事は、ラグイルにも分からないという事――だとアムロイは思った。けれども本当のところはそうでなかったのだが、今そこまで考えが及ぶ状況でもない。
「ゼーラン王国を乗っ取るため……? いや、事実上の支配国だから何もわざわざ乗っ取る必要もないし、そもそも支配したいのならこんなまわりくどすぎる手を使うなんて、ちょっと有り得ない」
さっきラグイルが言ったように、ゼーラン王国に頻発している邪霊の災害も、アムロイがジャンヌとして身を偽れなくなったのも、全部ダンメルク王国の――モーリス博士が原因なのは間違いないのだ。
それにしても不可解なのは、自分達の起こした災害によってダンメルク王国自体にも被害が出ているという間抜けさである。
ただこれは、単純に愚かなだけではない可能性もあった。
むしろ狙いはゼーラン王国ではなく、もっと別の何かであり、だからダンメルクすらもそれに巻き込まれているのだとしたら――。
それもこれも博士の目的が分からないからであるが、一連の出来事が繋がっていると分かった今だからこそ、アムロイには見えていない、得体の知れないおぞましい何かが息を潜めているような不気味さが感じられたのである。
続けて他の紙面もめくっていくが、あとは専門的な内容すぎてアムロイにもラグイルにもよく分からなかった。
「ねえ、元凶がモーリス博士だとして、博士はさ、僕の事を――ジャンヌの正体を知っていると思う?」
それはずっと気になっている事だった。
博士にジャンヌがアムロイだとバレているのなら、もっと何か〝それ〟について揺さぶりをかけてきても怪訝しくはないと思っている。けれど、どうにもそういった接触や脅しめいたアプローチは感じない。
なのに――あのゼーラン王パウルはジャンヌを男だと知っていた。
誰かが手紙で、ジャンヌは男だと書いて渡したのだ。
しかもその事を、ホランドにまで書いて教えている手の込みよう。
誰かがジャンヌの――アムロイの正体を知っていたのは間違いない。
果たしてその〝誰か〟は誰なのか?
ゼーラン王国での霊蝕門に関する事件の裏にいたのがモーリス博士だとしても、ジャンヌの正体を知る人物もその博士なのか。もしくは博士ではないのか。博士ならば博士一人なのか、それ以外にもいるのか。それとも博士以外の人物であるならば、二つは別々の事件なのか、何か関連しているのか、いないのか。
「さあな。今はそこまで分かるワケねーだろ。考えたってムダだ」
木で鼻を括ったような返答だが、間違ってはいない。
ここに来たのはモーリス博士の悪事を暴く事ではない。アクセルオを救い出すのが目的だ。
ただ、あまりに衝撃的な証拠を目にした事で、目が眩んでしまっただけ――。
「……だね。よし、ここはもういい。上に行こう」
謎を解きたいという欲求も、ある意味において足元をすくわれる原因に成り得るのだ。
だからアムロイは、頭を左右に振って、後ろ髪を引くような未練を断ち切ろうとする。
欲求は欲望と変わりなく、増えていく欲望は重なった重石と同じで、いずれ己自信すら潰してしまいかねない。
そうならないように。




