Chap.2 - EP3(8)『博士と聖女 ―双子の塔―』
ダンメルク王国の王城オーデンセは、ゼーラン王国の王城であるゲーリック城より遥かに広い、倍するかそれ以上の面積を誇っていた。王都のオールフス自体が広大な平地にあるため、城もほぼ起伏のない平野にあり、その城は王都をバツの字型で交差する二つの河川の南側にあった。
これにより、王城の敷地内にも巨大河川から分かれた支流の、更にそこから枝別れした一つが流れる構造となっており、城内の建築群も、この川によって東の本館と西の離殿に大きく分けられた。
アムロイ達にあてがわれた居室は東の本館側で、この夜、忍び込もうとしている双子の塔は西の離殿の一つになる。つまり塔に忍び込むには、城を分断する河川を渡らなければならないという事。
だが川を渡る事もそうだが、東の本館から西にある塔までの移動にかかる時間が、この場合の一つ目の大きな問題になった。
隣の建物に行く――という距離感では到底なく、ほとんど街の一区画分にあたる広さを移動しなければならないからだ。
またこれは、塔への侵入とアクセルオ救出が仮に上手くいったとしても、その後で別の大きな問題へと繋がる。
ようは、これほどの広さなのだ。見張りの兵や誰かに全く気付かれず、身を隠しながら城の外にまで逃げ出すには、夜陰に紛れるだけでは極めて困難だという事。つまり侵入ルートだけでなく、逃げ出す際の抜け道のようなルートの確保も必要になるのだ。
しかしこの移動と脱出に関して、ギルダが安全で最短のルートを見付け出していた。
しみじみとアムロイは思う。
ただの付き人にしておくには、本当に勿体ない有能さだ――と。
その抜け道とは、下水路である。
オーデンセ城は広大であるため、この時代ではきわめて高度な用水機能が敷設されていたのだ。またこの下水路は、川の下を通る構造のいわゆる水底トンネルになっているため、渡河をどうするかの問題も同時に解決する事になった。
アクセルオを救出後に逃げ出す際にも、これを伝って城の外にまで行くのは当然、それだけでなく、途中で下水から城内の川へと出て、そこから一気に城の外へと抜け出す事も考えていた。つまり城の中を通る川を利用し、水の速さを借りて一気に外へと下るのだ。そのための小舟も――どうやったのかは知らないが――ギルダは既に用意してあった。
移動も脱出もこの下水路。
見張りの目を掻い潜っていく。
ラグイルの能力である身体強化を使い、アムロイは長い距離を一気に走り切った。
やがて予定の時間になる前には、塔の近くへと到着。下水から地上へ、注意を払いながら外に出た後、アムロイは身を隠せる茂みの中に屈んで塔の様子を見た。
まず、塔の外にいる見張りは二人。
これは定期的に塔の周囲をぐるりと巡回する警備なのだが、塔が大きいため、隙をつく事は難しくなかった。
だが問題なのは、塔の中に二名の警護兵が常駐している事である。
いくらギルダが有能でも、たった一、二日の調べで塔の内部までは分かるはずもない。そのため、内部で警護の動きが読めない以上、侵入と同時に発見されてしまうという可能性もあったのだ。
だから狙うのは、警護任務の交代の時であった。
交代は約二時間おきに行われ、本来は一名ずつが入り口で入れ替わる。が、今はそれも形骸化したというか規則も緩んでしまったのか、警戒して一名ずつではなく、一度に二名まとめて交代する形になっていた。
やがてその時はくる――。
交代要員の二名が、ランプを持って塔へと歩いていくのを目視したアムロイは、即座に塔の裏側へと回り込む。
塔は一階、二階までは明かり取りの窓がない構造になっている。これは外部からの侵入を防ぐためであり、三階より上にはそれぞれ窓が設けられていた。
下からそれを確認したアムロイは、腕を振り翳し、目に見えぬ何かを放り投げる動きをした。
闇世の中、不可視のそれは異能の力、蜘蛛の糸。
糸をしっかりと固定し、これを綱のようにして塔の壁面をほぼ垂直に崖登りのような要領で駆け上がる。壁を駆け上がるなどという超人的な動きを可能にしているのは、勿論糸だけでは不可能で、身体強化の力もあったからだ。
そうして三階の窓に取りつくアムロイ。
「ラグイル、お願い」
ここで具象化したラグイルを出現させ、内部から窓を開けてもらう。
具象化した神霊は霊体のようなもののため、自身の意思で物体をすり抜ける事が可能なのである。
態度の悪い事には定評のある(?)神霊なので、当然ながらぶつくさと文句を言ったが、事前に説得してあったので一応はこちらのお願いを受け容れてくれた。
音もなく素早い動きで、塔の中へと入る事に成功。
塔の内部にいた警備兵は、今まさに一階の入り口で交代をしているため、まさか三階から侵入されているとは露ほども思わないだろう。
塔の中は、薄暗くはあるものの火の灯った明かりがあるため、結構はっきりと見る事が出来た。
各階には螺旋階段が二つずつあり、構造的には四区画で部屋が分かれていた。いわゆる天守構造であり、それなりの広さがある。
塔自体は五階建てで、とりあえず三階から上に上がり、探っていく事にする。
まずは三階。
四つの部屋はどれもが資料室になっていて、その内の一部屋には、何のために必要なのか用途がまるで分からない、謎の器具が整然と並べられていた。また、器具類だけでなく薬品も薬局並に揃えられており、それらは鍵付きの棚に入れていても独特の薬品臭が鼻をつくほどであった。あとの部屋も何かの実験に用いるような道具めいたものと、資料類、本類で棚が埋まっていた。
部屋の一つに、書き物をするであろう机があり、記録なのか何なのかは分からないが、おそらくモーリス博士の記した記録帳のようなものがあった。
今は何よりもアクセルオ救出が最優先――だったが、あの博士自身についても何か分かるような記述はないかと、アムロイは書きかけの記録帳に思わず目を走らせる。
書かれた文字は金釘流というか、なかなかにクセの強い筆記であったが、読めなくはない。
しかし、その字形の事などは、この際どうでもよいと言えた。
「霊蝕門の開き方を、制御……? 邪霊だけでなく神霊の人為作成にも、成功……? 偽種神霊? ちょっと待って、これ……」
押し殺した呟きとはいえ、思わず声に出てしまう。
まさかそんな――。
神霊学や科学に通じていなくとも、アムロイにだって分かる。
ここに書かれている事が何なのか。
「霊蝕門は、あの博士の仕業……?」
こんな偶然で突然に、とんでもないものを目にするとは――。




