Chap.2 - EP3(7)『博士と聖女 ―囚われの王子―』
翌日になり――。
疲れからの深い眠りにより、昼の少し前になってやっと目を覚ましたアムロイが、大急ぎで身支度を整えたすぐ後の事。
息を切らしたホランドが、焦りを隠そうともせずに部屋を尋ねてきた。
「何、何? 慌てて」
「いいかな、ちょっと」
ホランドにしては珍しく、半ば強引に部屋に入ってくる。
「ちょ、ちょっ、どした? 何かあったの?」
しかし城の中は静かなので、騒ぎのようなものでない事だけは確かだった。
「見たんだ」
額に汗をかいている。何かの冗談や悪ふざけではなさそうだし、そもそも冗談も悪ふざけも口にするようなホランドでもない。
「見た? 何を?」
「アクセルオ殿下だよ。今日の朝、見たんだ」
聞いた瞬間、アムロイの表情も一変する。
「何処で?」
「早朝からモーリス博士に呼ばれて、あの人が研究場所に使っている西にある双子塔へ招かれたんだよ。昨日言っていた儀式に協力するための手引き書を渡すから、そこで、簡単な説明もしたいから来てくれって。丁度いいと思って、私は昨日の相談の時に言った門を閉じる件について聞こうと思ったんだ。ところが塔に入った時、本当は左の塔に入らなきゃいけないのを私が間違って右の立ち入り禁止の塔に入ってしまって。入ったって言っても、塔にの中にいた警護兵にすぐ追い出されてしまったけど――。でもそこで、ほんのチラリとだけど、塔の中にアクセルオ殿下がいるのを見たんだ」
入るべき塔を間違ったというのはわざとだろうと疑われでもしたら、ホランドは即座に捕らえられていたに違いない。しかしテルス教への信仰篤いダンメルク王国で、そのテルス教の司祭であるホランドは、ある種の中立的立ち位置が認められているのもあり、注意を受けるだけで見逃されたのだという。またそこには、彼の生真面目で憎めないような人柄もあったであろうが。
「どんな感じだったの? 間違いなくアクセルオ殿下だったの?」
「本当に一瞬だったから何ともだけど、殿下だった、あれは。塔に入った一階の階段を、誰かの付き添いで登ろうとしていたんだよ。体にはローブのようなものを羽織っていて。それが妙に目について咄嗟に顔を見たんだ。そしたら殿下だって思って」
「本当に殿下が……やっぱりそうなんだって……でも何で? どうして殿下がここに? それに、モーリス博士の研究塔って……」
「ロスキレの街で君は殿下を助けたけど、助けた後で行方が分からなくなっていたんだよね」
「うん」
「助けた時には、巨級霊蟲の出現で気を失っていた。でも、戦いの後にはいなくなっていた……。そうなると、君が聖女兵器で戦っている間に、殿下は意識を取り戻し、それで今の内にと姿を消した。おそらく、そう考えるのが自然なんだろうけど――」
「何?」
「そんな簡単に、気を失った人間が意識を取り戻す事ってあるかな? もしかすると倒れた殿下を誰かがそのまま連れ去ったとかならどうだろう」
ホランドの意見にアムロイは想像を巡らせる。充分に有り得る話ではある。
巨級霊蟲という巨大な怪物が三体も出たあの混乱の中だ。あの場にはダンメルクのリカードもいた。彼が何らかの手配をしておくか、もしくはリカード自らがそれを密かに行ったのだとすれば辻褄は合う。
目的はさっぱり分からないが、それならばアクセルオがここにいる理由の説明はつくだろう。
「つまり自分の意思でここに来たわけじゃないって事?」
「あの博士の塔にいたって事は、囚われているって考える方が自然だと思う」
「……今はそれが最大の手がかりだね。だったら、どうにかして殿下を助けるか、それかせめて話だけでも聞かなきゃいけない。もしかしたら昨日話した色んな謎にも繋がってくる可能性もあるよ。いや、間違いなく繋がっている」
「だね。でも、殿下をどうにかしようとしても、言ってみれば牢に閉じ込められた人間を脱獄させるようなものだから、考えもなしに飛び込むわけにはいかない。だから、まずは私とギルダで探ってみるよ。その上でちゃんと準備をしてから事を起こそう」
気は焦るが、それで冷静さを失い下手を打っては元も子もない。むしろ時間のないこういう時こそ、落ち着いて事に当たるべきだろうと、二人は互いに確認し合った。
こうしてこの日を境に、アムロイ達はこの城の様々な情報を急いで調べる事にした。
期限は儀式が行われるであろう数日、ないしは一週間の間。しかし調べると言ってもそればかりにかまける事も出来ない。
レイアは外交的な形でこちらの王国の人間に会う事もあれば、何よりも儀式における準備に駆り出されてしまう。具体的には治療師による身体検査のようなものだったが、中にはまるで、聖女調査にも似た試験めいた事もさせられていた。
当然だがアムロイはそれにずっと付き添わねばならず、場合によってはアムロイも個別で検査めいた事を行なわされたのであった。
また、ホランドもアムロイらとは別に聖女調査官としての力をかわれて、神霊祭祀の諸々の準備と手伝いに時間を費やさねばならなかった。
ちなみにホランドがモーリス博士に尋ねた、神霊降誕祭を聖女の犠牲なしに終わらせる方法については、「勿論考えてあるヨ」と適当にはぐらかされてしまったらしい。
となると比較的時間が出来そうなのがギルダだが、彼女はあくまでレイアの付き添いの女官扱いである。あまり城内をうろうろとしては目立ってしまう可能性があった。
ところが、そこは要領のいい彼女だったからか――。
僅か一日半で、必要な情報の入手に成功したのだ。
この城――ダンメルクの王城オーデンセに着いて三日目の夜。
イーリオの居室に集まった三名は、ギルダからの報告をまとめた。
「つまり夜なら、周りに人もいなし塔の監視役の交代時間が決まっているから、そこに合わせれば双子の塔に侵入出来るかもしれないって事だね」
「はい。ただし、夜間の交代は五回までで、交代した後の次の交代に合わせて塔を出ないと、見つかってしまうおそれがあります」
「見張りの交代に合わせて侵入、次の交代で脱出だからその間にアクセルオ殿下に会う……か。出来れば会うだけじゃなく救い出す事も出来れば一番だけど」
見張りがいつ頃交代するかの時間だけでなく、塔に行くための安全な城内の移動ルートや、塔から脱出した後の準備なども、全てギルダが手配をしてくれた。アムロイはその手際の良さに感心するばかりで、やはり彼女を味方にしたのはいい判断だったと今更ながらに思う。
「よし、じゃあこれからすぐ、塔に入るよ」
全てを確認した後、アムロイは二人に告げる。
「え? 今?」
驚くのはホランド。
いくら何でも急すぎやしないかと戸惑いを隠せない。
「儀式までもう時間はないんだ。ひょっとしたら、明日いきなり儀式をしますって事もあるじゃないか。ギルダがここまで調べてくれたけど、だからと言っていくら彼女でも、明日明後日でこれ以上の事が調べられる保証はないでしょ。だったら、善は急げだよ」
確かにアムロイの言う通りだったが、ホランドからすれば、その決断力と行動力には舌を巻いてしまう。
「それにさ、言ってるじゃないか。僕は楽観主義なんだ。上手くいくって信じれば、必ず上手くいくんだから」
「楽観的か、悲観的か――か」
「何ですか、それ?」
ホランドの呟きに、ギルダが不思議そうに尋ねた。
「アムロイの口癖さ。この世には二種類の人間しかいない、楽観的な人間か悲観的な人間か。で、アムロイは自分を楽観的なんだっていつも言ってるんだよ」
「楽観的だから上手くいく、ですか……。いいお考えですね。私は好きです」
ギルダの返事に、アムロイはにこりと笑みを浮かべた。
「じゃあ次の交代の時間を見計らって、行動を開始するよ。二人とも、後の事はお願い」
二人は力強く頷いた。




