Chap.2 - EP3(6)『博士と聖女 ―クローディアを殺す―』
ホランド達が部屋を出ていった後、アムロイはレイアの元へ訪れ、諸々の話を告げた。
まず、聖堂聖騎士のコーネリアに呼び出され、この儀式を中止するために協力してほしいと請われた事。だがそれはオズワルドの介入で有耶無耶になり、その後でホランドにこの出来事の相談をし、そこで儀式自体に疑問点がある事が明らかになった――そこまでを。
話を聞いてレイアは顔を蒼白にさせたが、同時に彼女の意思も固まったような気がした。
「大丈夫ですか、陛下」
「大丈夫よ、アムロイ。ううん、大丈夫じゃないけど、あなたがいてくれるから、それだけでレイアは大丈夫」
レイアは心の底からアムロイを信じきっている。心酔していると言ってもいいかもしれない。けれどもそのアムロイは彼女を利用しているのだ。それを思えば、心に痛みがないわけでもなかった。
「ねえ、アムロイ。こっちに来て。もっと近くに来て」
「は、はい……」
ここはレイアの居室で、今は二人だけである。レイアは椅子に腰を下ろし、アムロイは立っていた。
すぐ目の前まで近付くと、レイアは立ち上がりアムロイの首に手を回して抱きしめる。
「ちょっ……レイア様……! 陛下……!」
「あなたが守護士になってくれたのに、一度もこうやって二人だけの時間を作れなかった」
「いや、その――守護士と聖女は、決してそういう事になっちゃいけないはず――」
「そういうってどういう?」
抱きしめた腕を緩め、顔を目の前にする。
まつ毛の一本一本まではっきりと見えるほどに、彼女の顔が近くにあった。
胸の鼓動が大きく響く。それがどちらのものなのかが分からないほどに、二人は抱き合うように間近だった。
この胸の動悸はどういう高鳴りなのか、アムロイも突然の事に自分で自分が分からなくなる。
自分はレイアを利用しようとしているだけ。決して恋愛対象的な意味で彼女を見た事はなかったはずだった。
このドキドキは、いきなり抱きつかれたからで、少しでも顔を動かせば唇が重なりそうな位置に彼女の顔があるからであって、それは恋心ではないはず。
異性どころか同性でもこんなに顔が近くにあればドキドキする、きっとそうに決まってると、アムロイは頭の中で煩悶する。
「た、互いを慈しみあう気持ちは重要……ですが、一線を超えてはいけないと――」
「あなたを慕う気持ちは持っていても何も問題はないでしょう? 気持ちだけなら――想いだけなら――」
「その、想いだけで済まなくなる事だってありますから……。守護士と聖女も、人間です」
アムロイにとっては複雑だった。
ジャンヌと名乗って姿を偽っていた時、自分は彼女の兄と心を通わせ、もしかしたら自分は――と思ってしまうような、そんな気持ちになりかけていた。
けれど今は、その兄の妹から強い好意を寄せられ、それを拒絶をしていない。
ただ、どちらもあくまで、自分の復讐を遂げるために利用しているだけである――そう言い聞かせているが、果たして本当にそうなのかは、己でもあやふやになりつつあった。だから余計に、寄せられた好意が強ければ強いほど、一体自分は何なのか、自分の本当の気持ちは何であるのかが分からなくなってしまうのだ。
「そうよ。人間だから恋をするし愛するの――でも、そういう真面目なところ、変わらないわよね、本当に」
言った直後、アムロイの不意をついて浅い口付けをするレイア。
キスの後、レイアは体を離し、再び椅子に腰を下ろした。
「陛下……僕を揶揄わないでください」
アムロイの言葉に、むっとして頬を膨らませるレイア。
「これが揶揄ってるって、本当にそう思ってるの? そういうのは失礼っていうのよ。冗談で言ってるなら意地悪すぎて酷いし、本気で言ったんなら鈍感すぎて無神経だわ」
「す、すみません……」
どうにも二人きりになると、アムロイはレイアのペースに巻き込まれて弄ばれているような気分になってしまう。
しかしそんな戸惑うアムロイに、レイアはふっと優しげに微笑みかけた。年齢的には彼女の方が年下なのに、まるでどっちが年長者か分からなくなってしまう。
「でもね、あなたがずっと変わらないままでも、それでもレイアはあなたが守護士で良かったって心から思ってるのよ。ううん。あなたじゃなきゃダメ。あたしは守護士じゃなく聖女だけど、兄様達もきっと同じ気持ちだったんだと思う。心から信頼して、向こうもこっちを信頼してくれてるんだって思える相手がいるのって、どんな事よりも心強いから」
心から――。
果たしてそれに「はい」と答えられる資格が自分にあるのかと、アムロイの内心は複雑だった。
今はまだ分からないけれど、いつかレイアにも真実を話さなければならない時はくる。その時、彼女が真実を知ってどんな風に受け取るか。今の信頼が深まれば深まるほど、裏切りの奈落は深さを増すだろう。しかし愛情をもっともっと強いものにしなければ、あのクローディアとジェラルド王には勝てないかもしれない。
アムロイにとってはどうやっても悲劇にしかならない、もどかしい二律背反だった。
「陛下の兄君、オヴィリオ王子とアクセルオ王子の事ですね」
話を変える意味で、アムロイは今言ったレイアの言葉の後を継いだ。
「ええ、そう。あの偽物の聖女、ジャンヌに殺された、お兄様達……!」
「ジャンヌ……」
「そのジャンヌは生きていた。あなたも見たでしょう? ロスキレの街で、あの時あらわれたあいつの聖女兵器ラグイルを」
「あの……茜色の、ですね」
見たも何も、それを動かしていたのは自分なのだから――アムロイからすれば何とも言い難い。
「その……陛下がジャンヌを憎むお気持ちは痛いほど理解しているつもりです。けれど、少なくともアクセルオ殿下の事に関しては、ジャンヌではなくクローディア様とジェラルド王こそが兄君を害し、王国に大きな被害を齎した張本人になるのではないですか? 例えばなのですが……その……陛下は――陛下はその――クローディア様の事を憎くはないのですか」
ある意味、一番聞きたかった事でもある。
「憎いわ」
ところが迷う事なく、間髪入れずにレイアは即答した。
少しは惑いを見せるかと思っていたが、レイアは何の躊躇いもなく言い切った。
「あなたの言う通り、憎いに決まってるわ。でも、憎いけれど、自分が聖女になって兄様達や父様の復讐が出来るのは、そのクローディアがいたからよ。あの人がいなかったら、レイアはただ無力なだけで泣く事しか出来なかったでしょう。矛盾してるかもしれないけど、憎いけれど感謝もしているの。だからね――」
レイアは不意に声を落とし、大きな瞳に不穏な光を宿す。
「ジャンヌを殺した次に、クローディアを殺す」
アムロイの背筋が、ぞわり、となった。
あの明るくて天真爛漫な彼女はもうどこにもない。今、目の前にいるのは、仇を討つという酒毒に思考までもどっぷりと浸されてしまった、一人の復讐者なのだ。
もしかしたら先にあったロスキレの街での戦いで、レイアは己の力と一緒に、自分の中に眠っていた本性に目覚めてしまったのかもしれない。
自分に宿った聖女兵器の力なら、ラグイルやミトロンを相手にしても勝てるという自信が、彼女の酷薄な一面を暴いてしまったのか。
ともあれ、今日のところは色々あり体を休めた方がいいだろうという名目で、まだ甘えてくるレイアをやんわりと宥め、アムロイも彼女の部屋から早々に辞去をした。
だがレイア以上にアムロイにとっての方が、あまりに沢山の事がありすぎた。考える事が多すぎたし、感情の持って行き場も見失っている。そんな気分だった。
自覚した疲労が一気に押し寄せてきたのか、アムロイは自室に戻って寝台に体を投げ出すと、そのまま泥のように眠りの中へと沈んでいった。
夢に見るのは復讐の希望なのか、それとも安寧の絶望なのか。
部屋に鍵をかけることさえ忘れてしまったようで、眠りにつくアムロイの部屋にギルダがそっと入ってくると、彼女は眠ったままのアムロイを起こさぬように毛布をかけていった。
「お休みなさいませ……」
気付かれないように小さく微笑むと、ギルダは立ち去っていく。
今度は部屋の鍵は、かけられていた。




